第21話 語り合い


(こんなつもりじゃ、なかったのにな……)


 サラマリアは呆然と義母様を見送る。


 家族に立派な姿を見せたかった。


 殿下の力になりたかった。


 ただ、それだけだったのに。


 訓練でなければ、殿下を守り切ることはできず、自身も倒され、全てを失っていただろう。


 もちろん訓練だ。実戦とは違う。

 

 だが、義母様が言ったような場面も想像できる。その場合、本当に殿下に戦ってもらうことが正しいのだろうか?


 わからない。


 殿下に危険なことをさせず、お守りすることが護衛の仕事ではないのだろうか?


 わからない。

 

 


「さて、サラマリア。話し合うとしようか!」


 殿下が地面に座り、声をかけてくる。

 その声は、いつもと変わらず前を向いている。


「殿下は……お強いですね……」


 心が、強い。

 今も既に切り替えていて、これからどうすべきかを考えているのだろう。


「私は……」


「サラマリア、君の今の気持ちも含めて、話し合おう。おそらくそれが、ヘルマ夫人の言いたいことだろう」

 

 そう、きっとそうなのだろう。

 弱い自分を見せたくなくて、私が意地を張っているだけ。


「……サラマリア、最初に会ったあの夜を覚えているかい?」


「……もちろん、覚えています」


 あの夜から始まったのだ。

 あの夜がらあったから、私なんかが殿下の専属護衛になってしまった。


「実はね、あの日……」


 殿下が、少し躊躇いを見せる。

 



 


「私は、死んでいいとさえ思っていたんだ」




 


「……え?」

 

 上手く言葉が飲み込めない。

 殿下が、死んでもいいと思っていた……?


「私を狙う敵は強大で、生き抜くことを諦めていた。民のため、そう言いながら、それ以上足掻くことを辞めていたんだ」


 恥ずかしいことにね、と殿下は苦笑いしている。そこまで、追い詰められていたなんて。


「でもそこに、君が現れた」


 殿下の赤い瞳が真っ直ぐに向けられる。

 その力強さに、惹き込まれる。


「君が意図したわけではないだろうけど、あの時くれた君の言葉に私は救われた。生きようと、思ったんだ」


 殿下が微笑む。

 それはとても澄んだ笑みで。


「さあ、考えようサラマリア」


 殿下がこちらに手を差し出す。

 

「私たちにできる最善を」



 


(私は、自分のことばっかりだったな)


 立派に見られたい、ちゃんとした護衛と思われたい。そんなことは重要ではなかった。


 大事なことはたった一つ。


 殿下を守ること。


「……はい!!」


 どんな形でも構わない。

 自分なりのやり方で、殿下を守ろう。


 殿下の手をとり、そう強く誓った。



***

 


(なんとか、凌ぎ切ったか……)


 気づかれないようにしているが、セルフィンはこの状況に冷や汗が止まらなかった。あまりにも手厳しい夫人の叱責、そしてサラマリアの動揺に。


(サラマリアが、護衛を辞めるなんて言い出さなくて本当に良かった)


 サラマリアの責任感は強く、そんなことは言い出さないだろうとは思う。ただ万が一、重責に耐えかね、自信をなくし、辞めたいと申し出られた場合はおそらくどうしようもない。


「私としては、いざという時に戦うことは問題ないと考えているよ。基本的には逃走する方針でもちろん構わないけどね」


「そう、ですね。戦闘にならないに越したことはないですが、想定はしておかないと。そうなると連携が重要になってきますが……なにか合図でも決めておきましょうか?」


 何食わぬ顔で話し合いを続けているが、内心はそれどころではない。いかにしてサラマリアを繋ぎ止めるか、その一点を考えている。


「それはいいね。いくつか考えてみよう」


 まずは、自信をつけてもらうことだろう。ヘルマ夫人は厳しいことを言っていたが、サラマリアがもつ才能は破格だ。というより、それだけで護衛としては最上級に位置するのではなかろうか。


「まずは、襲撃者を察知した場合ですか。人数、方角、距離を手振りで表しましょう」


 ほら、この時点でおかしいのだ。普通そんなものはわからない。サラマリアの前では、奇襲など通じない。


「……そうだね。その辺りを決めておこうか」


 あとは、以前から考えていることだが、護衛を増やさなければならない。もう一人、信頼のできる強者が護衛として付いてくれれば、ほとんどの問題は片付く。


 しかし、こればかりは適任がいなければ任せられない。声をかけている者も、今すぐには着任できない事情がある。


(通常の護衛を増やせればいいんだが……)


 この前のスーザニア領への移動の時もそうだったが、第一皇子にしては護衛につく兵士の数が少ない。敵勢力に軍部にも手を回されていることもあるが、信頼できる者が少ないのだ。


「……では、合図は一応これで良しとしましょうか」


「いいんじゃないかな。あとは、実際に使ってみて修正していこう」


 話し合いがまとまる。

 有意義な時間であったことは間違いない。

 

 


「……殿下、謝罪させてください」


 突然、サラマリアが頭を下げる。

 どうしたのだろうか?


「私は、これまで立派な護衛になることを目指し、それなりに職務をこなせていると驕っていました」


 いや、驕ってなどいないだろう。

 サラマリアにしかできないことをやってのけている。


 ……ただ、真剣に話すサラマリアを遮ることはできない。黙って聞くにとどめる。


「私は、結局のところ自分のことしか考えていなかったのではないかと思います。……家族に、世間に誇れる自分になりたい、と」


 それは非難されるような思いだろうか?

 サラマリアは自分に厳しすぎる。


「今回、思い知りました。私にはできないことが多い。その上で、私に何ができるのかを考えます」


 サラマリアが顔を上げた。

 金色の瞳が真っ直ぐに向けられる。


「殿下をお守りします。私なりのやり方で」


 サラマリアの言葉は純粋だ。

 この世で一番、己に効く言葉だろう。


「至らぬことの多い護衛で申し訳ありません。ですが、これからも力を尽くします。今後とも、よろしくお願いいたします」


「ああ、もちろんだとも。私も至らぬことは多い。共に生き延びるため、最善を尽くそう」


「ありがとうございます!」


 やっとサラマリアの笑顔が見れた。


 一時はどうなることかと思ったが、これで良かったのかもしれない。なんというか、心の距離感が縮まったような気がする。


 ヘルマ夫人に感謝しなければ。



――――――


 

「良い表情になりましたね」


 セルフィンたちは話し合いを終え、ヘルマ夫人の元へ向かった。夫人は、サラマリアのことを見てそう切り出す。


「それで、どうするのですか?」


「私なりのやり方で、殿下をお守りすると決めました」


 揺るぎなく、サラマリアが答える。


「よろしい」


 夫人は満足そうだ。

 答えはなんでも良かったのかもしれない。


「もしよろしければ、もう一度稽古をつけてもらえませんか?」


 サラマリアと話していたことだ。ヘルマ夫人との稽古で得られるものは多いはず。


「構いませんよ。可愛い娘のためなら、いくらでもこの剣を振るいましょう」


 夫人は快く引き受けてくれた。

 この貴重な機会を、最大限に活かすとしよう。


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