第20話 稽古
(良かったね、フィナ……)
殿下とフィナが話す光景を見て、サラマリアの目は潤んでいた。こんな風に他の人とはなせるようになるなんて、数年前までは想像も出来なかった。
フィナは他の人に慣れるため、最近は本邸で過ごすことも多くなってきたと聞いている。それでも、初めて会う男性と話すことは怖かったことだろう。
殿下には本当に感謝している。
フィナを同行させるための案を出してくれたこともそうだが、たどたどしく話すフィナの言葉をしっかりと待ち、ゆっくりと丁寧に話してくれている。
「で、ですので……その、当日は、いくつかの楽器を持っていけたらと……思って、います」
「そんなに色々と演奏できるのかい?それはすごいな。子供たちもきっと喜ぶよ」
「えと、演奏、たくさん練習しておきます!」
「ああ、楽しみにしているよ」
どうやら、話はおおよそまとまったらしい。まだ夏まで時間はあるが、今から楽しみだ。
「孤児院には、何か伝手はあるのですか?」
疑問に思ったので聞いてみる。
いきなり演奏会の話をできるものなのだろうか?まあ、殿下ならば孤児院も断ることはないだろうが。
「ん?ああ、サラマリアには言っていなかったかな。私は各地の孤児院にも出資しているからね。定期的に訪問しているから、何も問題はないよ」
最近はいろんなことがあって行けてないけどね、と殿下は残念そうに言っている。確かに、暗殺騒ぎがあっては無闇に外は出歩けないだろう。
しかし、殿下は立派だ。
まさか孤児院に出資までしているとは。日頃から、民のためと言っているが、本当に様々な行動を起こしている。
「殿下、今は私がおります。他の孤児院への慰問も再開いたしましょう」
きっと、殿下のことを待っている子供たちもたくさんいるだろう。その子たちのためにも、再開すべきだ。
「……うん、そうだね。頼りにしているよ。できるだけ早く再開できるようにしていこう」
殿下の歯切れが悪い。
何か、間違えてしまっただろうか。
「サラマリア、殿下に無理をいうものではありません」
ヘルマ義母様にいつもより厳しめの声で嗜められた。
「殿下の置かれている状況はわかっているでしょう?殿下の身が、狙われるだけではないのです」
言われて、思い至る。
そうか、殿下は……。
「申し訳ありません、殿下」
「ああ、謝ることではないよ。こんなことまで気にしなくてはならない、私の弱さが原因だから」
違う、そんなことを言わせたいわけではなかった。不甲斐なさが込み上げてくる。
「ほ、北部の孤児院は、大丈夫なのですか?」
フィナが心配そうに聞いている。
「北部は、少し特殊でね。ノーゼント家が管理していて、厳重な警備があるから他よりも余程安全なんだ」
その他の孤児院は安全ではない。それは、殿下を陥れるために、子供たちが狙われる可能性があるということ。
「まあ、どの孤児院も警備は強化しておくように指示は出しておいた。そこまで心配することはないかもしれないが、一応ね」
殿下は笑っているが、どのような思いでその指示を出したのだろう。民のため、その一心で懸命に取り組んでいるその姿を見てきた。それが、このような……。
見えない敵に対する怒りと、何もできないことへの無力感。そして、自分の察しの悪さに、殿下の顔を見ることができない。
「……サラマリア、久々に稽古をつけてあげましょう」
気まずい空気が流れる中、ヘルマ義母様がそう切り出した。
***
(サラマリアにあんな表情をさせてしまうとは……)
不覚。
ヘルマ夫人の言葉を聞き、セルフィンは己の失態を悟った。その時にはもう遅かったが。
いつものように表情を隠せていなかった。気が緩んでいたのだろう。
そして、微妙な空気が流れる中、夫人の提案で、サラマリアが稽古をつけてもらうことになった。あの空気には耐えられなかったので、ありがたかった。
動きやすい服装に着替えた後、庭先に出て、向かい合う夫人とサラマリア。
「今日は、趣向を変えるとしましょう。殿下、こちらへ」
夫人に呼ばれ、サラマリアの後ろに立たされる。二人がかりということだろうか?
一応、剣は握っておく。
「それではサラマリア
殿下を守り切ってみせろ」
口調が変わる。
簡潔な説明とともに、凄まじい威圧感が押し寄せる。
(これは、闘気を使っている……!?)
初手から本気だ。
呆気にとられていると、目の前では既に攻防が始まっていた。
ヘルマ夫人が持つのは長剣。それに対し、サラマリアは両手に小剣をそれぞれ持っている。どちらも訓練用だ。
夫人の猛攻をギリギリのところでサラマリアが凌いでいた。だが、そんな戦い方はいつまでも続かない。
「それで、守り切れると思うのか?」
「くっ……!?」
徐々に押され、サラマリアは防ぎきれなくなっているようだ。致命的な攻撃は入っていないが、時間の問題だろう。
やがて、二人の動きが止まる。
サラマリアの首には、長剣が突きつけられていた。
「サラマリア、私を前にして正面から挑むとはいい度胸ですね。それで、何が守れるというのです?」
「申し訳、ありません……」
「そもそも、貴女の才能の使い方はそうではないでしょう。なぜ自らの長所を活かさないのです」
「長所、ですか?」
「隠密性と気配察知を駆使した死角を突く攻撃。それを活かせば、まだまともに戦えたでしょうに」
「ですが、それではお守りすることが!」
そこで、夫人がこちらを向く。
「殿下は、剣も相応に扱えるのでしたね?」
「え?ええ、一応は訓練していますが……」
そうですか、と夫人は頷く。
「ならば、殿下には自分の身を守ってもらい、サラマリアが撹乱して敵を仕留める方が、余程可能性がありますね」
「殿下に、戦わせるというのは……」
「では強者が現れた時に、今のように無様を晒すというのですか?生き延びるために、最も効率的な方法をとらずに死ぬというのですか?」
サラマリアが黙り込む。
なんとも厳しい物言いだ。
「殿下を逃すために足止めをするというのなら、それも構わないでしょう。ですが、状況を考えるのです」
そして、夫人がこちらに振り向く。
「殿下は、剣を持つまでは良かったですが、共闘はしないのですか?サラマリアが倒れれば、生存する可能性が下がりますよ?」
「おっしゃる通りですね」
理不尽だと思う者もいるかもしれない。
だが、訓練だからと言い訳にはならない。実戦を想定した訓練でなければ意味がないのだから。
「殿下は素直でよろしいですね」
そして、再びサラマリアに向き直る。
「サラマリアは、納得できませんか」
「護衛として、殿下に戦わせることは間違っていると思います」
「では、あなたが強くなりますか? 私や、どんな強者よりも」
サラマリアが再び黙り込む。
ほとんど不可能に近いとわかっているのだろう。強くなるにしても、途方もない時間がかかる。
「一人で背負い込むのはおやめなさい。殿下と今一度、よく話し合うのです」
そう言って、ヘルマ夫人は踵を返す。
なんとも言えない空気の中、稽古が終了した。
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