第19話 マンノーラン邸


 マンノーラン邸を訪問する日がやってきた。

 サラマリアはいつになくソワソワしている。


(大丈夫かな?私ちゃんとやれてるかな?)


 自分が仕事をしている姿を家族に見られるというのは、どことなく気恥ずかしさがある。立派に勤めを果たしているところを見てもらいたいものだ。


「殿下、もうじきマンノーランの敷地に入ります。警備が厳しいですが、ご容赦ください」


 殿下に先に謝っておく。

 誘拐事件があってから、マンノーラン邸の警備は大幅に強化されている。サラとしては安心できるのだが、人によっては不快に思うかもしれない。


「ん?ああ、問題ないよ。むしろ、安心できるというものだ」


「ありがとうございます」


 こうやって理解を示してくれるのは本当にありがたいと思う。殿下の人気があるのも頷けるというものだ。


(後をついてくるような気配は……今のところないか)


 外出する時はいつも緊張する。城内にいる時と比べ、警戒するものが多すぎるからだ。久々に帰れるという浮ついた心を抑え、護衛に集中する。


 マンノーラン邸まで後少しだ。



――――――



 何事もなく、辿り着いたことに安堵する。

 二重三重の警備を通過して、ついに到着する。


「どうぞお入りください」


 ここまで案内してくれた使用人が優雅な仕草で扉を開けてくれる。来客側として家に入るのは初めてのことだったので、不思議な気持ちになった。


 中に入るとヘルマお義母様が出迎えのために待っていたようだ。久しぶりに元気そうな姿を見て、笑みが溢れそうになるが、なんとかこらえた。護衛として常に気を配るようにしなければ。


 ヘルマお義母様の側には執事長が並び、他にも数人の使用人が出迎えてくれている。伯爵家の使用人としては数が少ないかもしれないが、これも理由がある。


 マンノーラン家の使用人に対する採用基準は厳しい。あの事件があってからは特に厳しくなったため、数は少ないが精鋭中の精鋭が揃っている。マンノーランの使用人の経験があるというだけで、箔がつくほどだ。


「ようこそおいでくださいました。セルフィン第一皇子殿下」


「急な訪問にも関わらず、歓迎いただき感謝します。ヘルマ伯爵夫人」


 凛々しく美しい立ち姿のヘルマ義母様と、丁寧かつ堂々とした姿勢の殿下が挨拶を交わしている。その後、こちらの方を少し見て、微笑んでくれた。


「……さあ、立ち話でもなんです。客間に案内しましょう」


 流れるような動作で振り返り、歩き出したヘルマ義母様に続く。そして、客間までやってきた。


 ああ、懐かしい気配がする。


 扉を開け、中に入るとそこには、


「お帰りなさいサラ姉さん!!」


 満面の笑顔で抱きついてくるフィナがいた。


「……ただいま、フィナ」



***



(ああ、ここに来て良かったなぁ)


 セルフィンは目の前の光景を見てそう思った。家族と共にいるサラマリアのことは初めて見たが、眼福の一言だった。あの優しげな、そして慈しむような柔らかい笑顔。素晴らしい。


「フィナフラ、気持ちはわからなくもありませんが、殿下の御前です」


 ヘルマ夫人の一言で我に返る。それはフィナフラと呼ばれた少女も同じようだ。


「し、失礼しました!ボク、あ、いえ私はマンノーラン伯爵家三女、フィナフラと申します!」


「第一皇子のセルフィンだ。よろしくねフィナフラ嬢」


 慌てた様子のフィナフラと挨拶を交わす。

 ……あの事件のことは耳にしているが、己と接するのは問題ないのだろうか。


「……殿下、失礼しました」


 サラマリアが謝ってくるが、なにも問題はない。むしろ続けてもらっても構わないくらいだ。


「いや全く問題ないよ。今回の訪問は、君の休暇も兼ねているからね」


「お気遣い、ありがとうございます」


「サラマリア、良き人に仕えることができたのですね」


 ヘルマ夫人も笑顔だ。

 だが、サラマリアが帰れていないのは己の責任である。


「いえ、ヘルマ夫人。私が至らぬばかりにサラマリアには苦労をかけております。このくらいは当然のことです」


「ふむ。臣下は君主を献身的に支え、君主は臣下を気にかけ労わる。理想的な関係を築けているようで安心しました」


 あのヘルマ夫人にそう言ってもらえると安心する。もっと良き関係を築けるよう精進するとしよう。


「さあ、サラマリアの休暇が主目的とはいえ、何かあるから来たのでしょう?私でよければ話を聞きましょう」


 話が早くて助かる。

 さっそく、ノーゼント家に取り継いでもらえないかを打診した。


「……ふむ。旦那様が言っていたのはこれを見越してのことでしたか。ああ、問題はありません。先頃連絡を送っていたので。その返信がそろそろ届くはずです」


 まさか先に手を回してくれていたとは。

 流石はシュトロエム殿だ。


「ありがとうございます。それでは、夏頃伺えないかと伝えていただけますか?」


「夏頃ですね? 承知しました」


 そして、暫し考え込むヘルマ夫人。

 フィナフラ嬢のことを見つめている。


「殿下、その遠征にフィナフラを連れて行くことは可能ですか?」


「え!?お義母様!?」


 フィナフラが大いに驚いている。何も聞かされていなかったのだろう。


「いえ、フィナフラの事情はある程度ご存知でしょう?この先、外の世界に慣れるためにもちょうど良いかと思いまして」


「きゅ、急すぎるよ!殿下もお困りだし!」


 いや別に困っていないが? むしろ歓迎すらしたいところだが……。


「私としては構わないのですが、どういった名分で同行とするか……」


 己が訪問するということは、公式の訪問となる。公務として動くことになるので、同行者はむやみに増やすことができない。


「ううん、やはり難しいですか……」


 夫人が唸っている。

 ちらりとサラマリアの方を見やるが、こちらは真面目な表情を崩していなかった。


(まあ、なんとでもなるか?)


 フィナフラは芸術の才能に溢れ、音楽にも秀でていると聞く。ならば、どうせ寄るつもりだった所がある。


「いえ、ではこうしましょう。フィナフラ嬢は楽器の演奏も得意と聞きます。北部に訪問する際に孤児院に寄るつもりでしたので、そこでの慰問演奏会を行うという名目で同行するというのはいかがですか?」


 まあ、多少はこじつけであるが、そこをつついてくる者はいないだろう。これまでは定期的に孤児院への慰問は行ってきたことだ。


 ……今は、行けてはいないが。北部ならば問題ないだろうと考えている。


「え?その……えぇ?」


 そういえば、フィナフラ自身の意見を聞いていなかった。


「フィナフラ嬢はどうしたい?もちろんどちらでも構わない。君の意思が重要だ」


 フィナフラはオロオロと夫人やサラマリアのことを見ている。やがて、決心したようにこちらを向いた。


 手は、震えている。


「で、殿下、ご迷惑でなければ、同行させていただけますか?」


 ああ、勇気を振り絞ったのだろう。

 サラマリアが強い子だと言っていた通りだ。


「もちろんだとも」


 楽しい訪問になりそうだ。

 

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