第16話 北部にて③
(どうして、こんなことになったのかしら?)
食事会の翌日。
目の前で、セルフィン殿下とレイバル殿が模擬剣を持ち、向かい合っている。
昨日はなんだか色々とあったが、食事会は楽しかった。ラグレニル殿から現役時代のお義母様の話を聞けて新鮮であったし、ルイザとはたくさんお喋りして意気投合してしまった。ラグレニル殿には思うところもあるが、本人に悪気がないのはわかっている。一旦は、忘れるとしよう。
その間に、殿下とレイバル殿も盛り上がっていたようだ。そして、お互いに火がついてしまったらしく、今この状況になってるそうだ。
(火がついてしまった、とは?)
よくわからないが、殿下は楽しそうだ。レイバル殿はあまり表情が変わらないが、どうだろう?
「レイバルお兄様があんなに楽しそうなのは久々に見ましたわ」
隣で一緒に観戦しているルイザがそう言っている。わかりにくいが、家族がそう言っているのなら楽しんでいるのだろう。
「そうなのね。楽しんでいるのなら良かった」
「それにしても、殿下ってお強いのかしら?少し軍にいたとはいえ、流石にレイバルお兄様と打ち合える程では……」
ルイザは殿下の心配をしているようだ。
まあ、それはわかる。どう見てもレイバル殿は強そうだ。だが、殿下は…。
「あ、そろそろ始めるみたいですよ!」
ルイザは興味津々な様子だ。
自分もどんな結果になるか気になっている。
殿下とレイバル殿が一礼して模擬剣を構える。
模擬戦が始まった。
最初は二人とも様子見していたが、レイバル殿が仕掛けた。鋭い猛攻だが、殿下はその全てを捌いている。
「まあ、殿下ったらあんなに動けますのね!」
ルイザが驚いている。
そう、殿下は真っ当な試合では自分よりも強いと思う。特に守勢の剣はかなりのもので、打ち崩すのは困難だ。
「どちらも様子見といったところですね」
「そうですわね!お兄様も全然本気を出してないみたいですし!」
そうこう言っているうちに動きがあった。
レイバル殿が一度距離をとり、深く息を吸う。
雰囲気が変わった。
あれは……。
「闘気……ですか」
闘気とは、鍛え上げた才能ある武人が辿り着ける境地であり、肉体の強度を一段階上げる技法。自在に操ることができれば、その強さは別格となる。まだ不安定ではあるようだが、あの若さで発現できているだけで賞賛されるものだ。ちなみに、カリアス兄さんとヘルマ義母様は扱える。
「まあ、闘気まで使うなんて!模擬戦でそこまでする必要があるのかしら?」
「そうですねぇ。まあ、すぐに決着はつくでしょうね」
レイバル殿が攻勢に出る。対して、殿下はあくまで守勢の構えだ。レイバル殿が雄叫びを上げながら剣を振り下ろし、殿下がそれを受けた。
そして、模擬剣が砕け、決着がついたのだった。
***
呆気ない幕切れにセルフィンは戸惑う。
(模擬剣では、耐えられなかったか……)
久々の強者との闘いに熱くなっていたが、こればかりは仕方がないだろう。戦場では剣が折れようと戦闘は続くが、これは模擬戦だ。
「……ありがとう、ございました。お強いのですね」
レイバルと握手する。
「いや、守るので精一杯だったよ。特にレイバル殿の闘気には肝を冷やした。その若さで闘気を発現しているとは、北部の未来は安泰だね」
まさか闘気まで習得しているとは驚いた。あのまま続けていたら、十中八九負けていただろう。
「……殿下の守りは相当なものです。実戦で磨かれた粘り強さを感じました」
「レイバル殿にそう言ってもらえると自信になる。次があれば反撃に転じられるよう鍛えておくとしよう」
己の剣は生き残るために身につけた剣だ。今はサラマリアがいるため楽になったが、これまでは、身を守るために力をつけるしかなかった。
(最近は訓練ができていなかったからな。戻ったら時間を作ることにしよう)
「……皇室の者は、戦場を知らず、戦いを知らず、安穏と生きているのだと思っていました」
レイバルの言葉に苦笑する。
まあ、そう思われても仕方がないだろう。
「……同じように考える、北部の者は多いと思います。ですが、殿下を見て、その考えを改めました」
レイバルが真っ直ぐに見つめてくる。
「……今回の件で、北部の若者は、皇室に不信感を持ったでしょう。ですが、セルフィン殿下のような人もいるのだと、伝えていこうと思います」
「ありがとう。その信頼に応えられるよう、精進していくとしよう」
レイバルからこの言葉が聞けたことが、今回の一番の収穫だろう。北部に来られて良かった。
「殿下!素晴らしい腕前でした!」
サラマリアが近づいてきて、笑顔で褒めてくれた。
(……ふむ、一番は塗り変わってしまったか)
まあ、なんにせよ実りのある遠征だった。こうして各地を巡り、現地の者と触れ合うことで得られるものは多い。
「ありがとう。いやはや、剣が折れてくれたおかげで、負ける姿を見せずに済んだよ」
「そんなことありませんよ?闘気の一撃にも合わせられていましたし……。それに、レイバル殿の闘気はまだ発展途上であったので、それほど保たなかったでしょう。守りきれば、勝機はありました」
「……そこまで、見破られていたとは。流石は殿下の専属護衛ですね」
レイバル殿が驚いているが、こちらも驚いた。闘気にまで詳しいとは。
「ああ、ヘルマ義母様やカリアス兄さんと訓練しているうちにわかるようになりました。その若さで、あそこまで使いこなせているのは素晴らしいことです」
そうか、マンノーランには闘気の使い手が二人もいるのか。その二人と訓練していたということは……。
「もしかして、サラマリアは闘気も扱えるのかい?」
「いえ?そこまでは。部分的には扱えるのですが、私には才能がなかったようですね。習得できていれば、殿下をお守りするのに役立ったのですが……」
サラマリアが申し訳なさそうにしているが、部分的には扱えるとは、なんだろうか?まだまだ知らない一面がありそうだ。
「そ、そうか。いや、今でも十分に役に立っているよ」
とりあえず今はおいておこう。レイバルと、そばに来ていたルイザが不思議なものを見る目でサラマリアを見ているが、気にしないでおく。
「ハッハッハ!殿下もレイバルも見事な闘いであったぞ!どうだ?ここは一つ、サラマリア嬢も模擬戦を……」
「お断りします」
近づいてきたラグレニル殿の言葉を、サラマリアがバッサリと切り捨てる。対応がまだ冷たい。
当初の謝罪という目的を達し、スーザニア家の者とも打ち解けることができた。上々の結果をもって、今回の北部訪問は終わりを迎えたのだった。
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