第15話 北部にて②


 ラグレニル殿からの誘いを受け、共に食事をすることになった。


 サラマリアは先ほどのやり取りを思い出す。


(なんだか急にご機嫌になっていたけど、なんだったのかしら)


 ラグレニル殿と殿下の会話を聞いていたが、どうにも皇室側の分が悪そうだった。しかし、唐突に自分の方に話が振られ、正直に話すと上機嫌に笑い出したのだ。


 北部の人間は強い者を好むからね、と殿下は笑っていたが、あれは強いことと関係あるのだろうか?


 自分なんて、ラグレニル殿の側にいた護衛の人と相対すれば、おそらく負けてしまうだろう。そう思えるほどに、ここにいる人たちは強い。


 なんでもありなら、勝てる見込みもあるが。


(まあ、殿下のお役に立てたならよしとしよう!)


 サラマリアのおかげで話がしやすくなったよ、と殿下は言ってくれた。殿下の負担を少しでも減らせていると良いのだが。




 正装に着替えた殿下と合流し、案内についていく。そういえば今更にはなるが、こういう時に護衛は食事を共にするものなのだろうか?


「あの、殿下。食事には私も同席してもよいのでしょうか?」


「ん?ああ、今回は君も誘われていたからね。一緒で構わないよ。……いや、そうだな。うん、今後もこういった席では君も同席することにしようか」


「え?」


 護衛というのは後ろに立って睨みを効かせるものではないのだろうか?……ただの想像だが。


「そうした方がいい気がしたからね」

 

 たまに殿下が何を考えているのかわからなくなる。悪いことになるとは考えられないので、とりあえずは、言われた通りにしておこう。


 

……


 

(……ん?これは)


 食堂に近づいていくと、異変に気づく。気のせいかとも思ったが、これはやはりおかしいだろう。なんのつもりだろうか。


「殿下、止まってください」


「……サラマリア?」


 殿下は疑問に思いつつも止まってくれた。前に出て、扉に向かって声をかける。


「ラグレニル殿、今すぐ扉を開けることをお勧めします」


 その場が静まり返る。

 やがて、ゆっくりと扉が開いた。


「ああ、その、なんだ……。すまなかった」


 バツの悪そうな表情をしたラグレニル殿が頭を掻きながら謝ってくる。その後ろには、数人の兵士が並んでいた。


「お戯れが過ぎると思いますよ」

 

 

***



 今まで聞いたことのない冷たい声と、険しい表情をしたサラマリアに、セルフィンは驚いた。そして、己に向けられたものではないのにも関わらず、身震いするほどの静かな威圧感があった。


「ほ、本当にすまねぇ!お嬢さんのことを聞いたウチのもんが、どうしても確かめたいとか言うもんで……」


「謝罪するのであれば、私ではなく殿下に。そして、兵士のみなさんがそう言ったとして、それを認めたのは貴方でしょう」


 サラマリアが己のために怒ってくれている。

 冷たく毅然とした表情も一風変わって美しい。


 こちらにその表情を向けられたいとは微塵も思わないが。


「……ああ、その通りだ。今のは筋が通らねぇな。

 セルフィン殿下、この度は失礼を働き大変申し訳ありませんでした」


 ラグレニル殿が頭を下げる。

 兵士たちも慌ててそれに倣った。


「「「「「申し訳ありませんでした!」」」」」


「いえ、害意はなかったようですし、水に流しましょう。お互いに、ね?」


 折角なので、この状況は利用させてもらう。サラマリアには感謝が尽きない。


「……だから、やめておくべきだと」

「なんでお父様はすぐにこんなことをしでかすのですか!?もっと北部貴族としての自覚をもってください!!」


 奥から若い男女が現れる。おそらくは、ラグレニル殿の子供たちだろう。


「お父様が大変申し訳ありませんでした!」


 娘の方からの礼儀正しい謝罪を受け取る。

 息子の方も頭を下げている。


「……さあ、そんなところに突っ立っていないで、お二人をお通しするのよ!これ以上無礼を重ねる気!?」


 娘が周囲に指示を飛ばしている。かなり若そうに見えるが立派なものだ。北部の女性は強いと聞いていたが、まさにこの感じなのだろうな。


 

――――――


 

「殿下、改めて謝罪する。

 そして、こちらが次男のレイバルと、長女のルイザだ。殿下の生誕祭に参加していたので、挨拶はしているはずだな」


 騒動の後は滞りなく席に通された。

 ラグレニル殿は、今も少し萎れた様子だ。


「改めまして、スーザニア子爵家長女、ルイザでございます。この度は、父の非礼をお許しくださり感謝いたします」

「……同じく、スーザニア家次男、レイバルです。感謝いたします」


「第一皇子、セルフィンです。お久しぶりですね」


 暗殺未遂事件の後なので、あまり覚えていないがなんとかなるだろう。


「マンノーラン伯爵家次女、サラマリアと申します。第一皇子殿下の専属護衛となりましたので、以後お見知りおきください」


 ラグレニル殿にはまだ冷たいが、ルイザとレイバルには笑顔で挨拶をしている。


「……さ、さあ挨拶も終わったことだし食事を始めるとしよう!あいにく長男のロンゲルトは不在だが、そのうち会うこともあるだろう!」


 ラグレニル殿がそう言うと、続々と料理が運ばれてくる。北部は畜産に力を入れており、肉料理や乳製品が絶品であると聞く。サラマリアが喜んでくれると良いのだが。


 

 

「……いやぁ、しかし、サラマリアのお嬢さんは凄まじかったなぁ。あの威圧感はヘルマの姐さんを思い出して肝が冷えたわ。血は繋がっていなくとも、親子なんだなぁ」


 食事は和やかに進んでいた。

 酒が入り酔いが回ってきたのか、先ほどの騒動についてラグレニル殿が話し出す。


「ヘルマお義母様をご存知なのですか?」


「ああ、知っているとも。軍での先輩だった。戦場では本当に頼りになったが、訓練では恐ろしかったなぁ」


 ラグレニル殿が懐かしそうに語っている。


「ヘルマ様は私の憧れなのです!もしよろしければ、お話を聞かせていただけませんか?」


 ルイザが目を輝かせて、サラマリアに向いている。やはり北部の女傑の名は有名だ。


「そうですねぇ、私にとってはとても優しい人でしたが、確かに訓練となると厳しかったですね」


 あちらは盛り上がっているようだ。

 こちらはやることをやっておかねば。


「レイバル殿、この度は皇室の者が非礼を働き申し訳なかった」


 レイバルに謝罪する。

 直接被害にあった者に会えたのだから、伝えておかなくては。


「……いえ、断りはしましたが、名誉なことではありました。自分の断り方も不味かったのかもしれません」


 喋るのが苦手なもので、と恐縮している。

 もっと豪快な性格かと思っていたが、生誕祭の時も今もこのような感じなので、寡黙な男なのだろう。父親とは正反対なようだ。


「そんなことはありません。自分の思い通りにいかないからと癇癪を起こすなど、皇族として恥ずべき行いです」


 まったくあの莫迦者はこんなしっかりとした少年に何をしているのだ。改めて怒りが湧いてきた。


「ところで、北方軍ではどのような訓練をされているのでしょうか?実は、西方軍に一時期身を置いていたていたことがありまして……」


 まあ、この際気になっていたこともいろいろと聞いておこう。今日の騒動で、己も強くあらねばサラマリアの足を引っ張ることになると痛感した。


 最近は書類仕事ばかりであったから、そろそろ身体を動かしたいものだ。


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