第14話 北部にて①
帝国北部地域。
北側に隣接する国からの侵略を抑え続ける帝国北方軍は精強である。常に戦場の空気が側にあり、過酷な環境下で鍛え上げられた精鋭集団。その強さは、周辺諸国にまで広がっている。
厳し環境で生きる北部の人々の結束力は強い。協力しなければすぐに死んでしまうような場所で、生き抜いてきたからだ。血縁や義を重んじる彼らは、身内には優しく、外敵に容赦はしない。
そんな、どこか余所者を排除するような空気を持つ北部地域に、サラマリアたちは足を踏み入れた。
――――――
まだ冬が到来していない時期にも関わらず、肌寒い。サラマリアは、北部に近づいていることを実感した。
(着任の日からここまで、慌ただしかったな)
これまでのことを振り返る。着任早々に北部への訪問が決まり、すぐに準備が始まった。今までそんなことはしたことがなかったため役に立つことはできず、カーデンさんに任せっぱなしになってしまった。
こんなことはやれる人間がやればいいんですよー、と言ってくれてはいたが。
馬車の中から、周囲の護衛兵士の人たちを見やる。大国の第一皇子の護衛にしては、やけに数が少ないように思う。疑問に思って聞いてみたが、毎回こんなものだという。
(さすがに、おかしいと思うけど……)
護衛についてくれている人達は、礼儀正しく、実力、経験共に申し分ない。第一皇子が遠出をする際に、何度も護衛を引き受けてくれていることから、顔馴染みになっているそうだ。
このことに関して、自分にできることはなかった。切り替えて、専属護衛の任を全うしよう。
「ふむ、そろそろスーザニア子爵領に入るところか」
馬車の中でも仕事をしていたセルフィン殿下が顔を上げる。
「さて、今回の訪問についておさらいをしておこう」
発端は、第二皇子の暴走にあるようだ。北部の若手の中で頭一つ抜けている実力をもつと噂される、スーザニア家の次男レイバル。その彼を、専属護衛として無理矢理引き抜こうとしたのだとか。
そもそも、北部の軍人は中央の貴族に対して良い感情を持っていない。その上、戦場に出たこともない皇室の者が、権力を笠にきて命令をしてきたのだから、当然反発される。
これに対し、第二皇子の態度が相当に悪かったようで、皇室に対する悪感情が増しているのだとか。
それを、なんとか宥めるために殿下が訪問することになったのだ。要するに、第二皇子の尻拭いだ。
「まったく、あの愚か者は余計なことをしてくれる」
殿下が顔を顰めている。
「まあ、北部を訪れる機会が持てたことを良しとしておこうか。……サラマリアは、北部を訪れたことはあったのかな?」
「小さい頃に、何度かありますね。ヘルマお義母様の実家がノーゼント伯爵家ですので、家族で訪れていました」
フィナの事件があった後は、行くことはなくなってしまったが。お祖父様はお元気だろうか?
「ああ、そうだったね。時間があれば、ノーゼント伯爵領にも訪問したかったところだが……」
ノーゼント伯爵領は、現在のスーザニア子爵領よりもさらに遠い場所にある。さすがに、今回の訪問で向かうことはできないだろう。
「いずれは、行ってみたいものだ」
殿下が、窓の外を眺めている。
ゆったりとした時間が流れていた。
「殿下、お伝えしたいことが」
仕事に戻っていた殿下に声をかける。
「どうしたんだい?」
「子爵領に入ってから、監視されているようです。後方に二名、両側に各三名ずつ」
馬車を囲むように陣形を取り、遅れずについてくる気配があった。
「……ここから、気配がわかるのかい?」
「そうですね。あまり、隠す気もないようでしたので」
距離があるため油断しているのか、それともバレても構わないと思っているのか。
「……そうか、流石だね。その者たちは気にしなくていい。子爵には訪問を知らせておいたから、偵察部隊に見張らせているだけだろう」
「どうしてわかるのですか?」
「今回の訪問は公にされているからね。貴族連中が襲撃するつもりなら待ち伏せなりなんなりするだろう。野盗という線もあるけど、北部ではほとんど存在しないんだ」
なるほど、そんなものなのか?
疑問はあったが、殿下の言うことを信じよう。
もし、襲撃があった場合にはすぐに対応できるように警戒はしておくが。
***
帝都から出発し、4日ほどかけて目的地のスーザニア子爵邸に到着した。セルフィンは、道中何事もなかったことに安堵する。
この辺りまでは道路もしっかりと舗装されており、馬車での移動は比較的楽であった。馬車内でサラマリアと二人でいるのは気が気ではなかったが。
サラマリアについては旅慣れしていないのではないかと心配していたが、特に問題はなかった。小さい頃にヘルマ夫人から訓練されていたそうだ。
(なんにせよ、ここからが本番だ)
外に出て、体をほぐす。
やはりこの地域は、この時期でも肌寒い。
(エーゼルトめ、俺が専属護衛を任命したことに対抗してきたか)
しかも、北部の軍人を引き抜こうとするとは。北部の人々は生まれ故郷への愛着が一際強い傾向にある。信頼関係も結べていない状態で、上からの命令のように引き抜こうとすれば反発されるのは火を見るより明らかだ。
(帝都から出たこともなく、過保護に育てられたとはいえ、あまりに稚拙な行動だ)
周りに止める者はいなかったのだろうか。まあ、そんなことを考えても仕方がないが。
「さあ、サラマリア、行こうか」
「はい、殿下」
サラマリアを伴い、屋敷へと向かう。
敷地内に入ったが、出迎えや案内はなかった。
(これは、相当に怒っているな……)
皇室に対してかなり無礼な対応だが、これくらいされてもおかしくないことをしたとも言える。
どうしたものか、と考えていると扉が開いた。一応、通してはくれるようだ。
(まあ、いいさ。こんな状況は慣れている)
全ては民のため。そして今は、それに加えて己の望みのために、全力を尽くそう。
……
「入るがいい」
当主の部屋の前まで来た。
まるで、入れるものなら入ってみろ、と言わんばかりの声音だった。まあ、入るのだが。
中には、正面に座る大男と、護衛らしき者が二人立っていた。
「お初にお目にかかる、ラグレニル殿。第一皇子、セルフィンと申します。お見知りおきを」
「……はっ、いけしゃぁしゃあとよく顔を出せたものだ」
ラグレニル・スーザニア。
スーザニア子爵家の現当主だ。かつては北方軍に所属しており、その大きな体と太い腕で敵を粉砕していたとか。確か異名は<大熊>だったか?
今回引き抜きにあったレイバルは、この男の次男にあたる。
「……それで?一体全体、第一皇子ともあろう者が、このような辺鄙な土地になんのご用で?」
先ほどからわかりやすく煽ってきている。顔の厳つさも相まって、凄まじい威圧感だ。
「この度は、皇室の者が大変な失礼を働いたと聞きおよび、当人に代わって謝罪しに参りました」
いや、なんで己が謝罪しなければならないのか、とは思うが。
「……おいおい、それは当人が謝罪しにくるのが筋ってもんじゃないか?」
まったくその通り。
だが、それでは話が進まないからここに来た。
「いやはや、まったくその通りですね!ですが、ご存知の通りあの莫迦者には話が通じない。そこで私が参りました」
「……」
「どうか、落とし所を見つけるため、話し合いの場を持つことはできないでしょうか?
私としても、勇猛で知られるスーザニア家との関係が悪化することは避けたいのです」
話さえできないと言うなら、それはもう諦めるしかない。だが、屋敷には通されたことから、可能性はあると踏んだ。
「……まだ、礼儀は弁えているか。わざわざここまで来たんだ、話くらいは聞いてやろう」
「ありがとうございます」
良かった。話し合いには持ち込めるようだ。
安堵していると、ラグレニル殿の目線がサラマリアに向いた。
「時に、後ろのお嬢さんが噂の専属護衛とやらかい?」
サラマリアのことだ。
なにかあっただろうか?
「あの莫迦者が、名誉ある専属護衛がどうのこうのと騒いで、うちの息子を引き抜こうとしていたが……こんな華奢なお嬢さんでも務まるようなもんなのかい?」
……あの莫迦者め。
明らかな挑発だ。サラマリアにまで迷惑をかけるとは許し難いな。
「……サラマリア、ここまで来る道中で、監視していた者がいると言っていたね?何人だったかな?」
何故今そんなことを?と言いたげな表情をしていたが、答えてくれる。
「ええと、馬車の背後から二名と、両側に三名ずつですね」
ラグレニル殿が驚いた顔をしている。
ふふふ、サラマリアは凄いだろう。
「そこにいらっしゃる方は、背後についていた人ですね」
今度は己も驚く番だった。
確かに個人も特定できるとは言っていたが……。
ラグレニルの側に立つ護衛が驚きに目を見張っている。それは驚くだろう。
「……おい、あの娘が言っているのは事実か?」
「……はっ、事実で、あります。俄には、信じられませんが」
ラグレニルが考え込んでいる。
馬車の中にいたと伝えたら、もっと驚くだろうな。
「……ハッハッハッハァ!!面白い!面白いなぁ!試すような真似をして悪かった!流石はあのマンノーラン!恐ろしいほどの才能よ!」
ラグレニルは心底おかしいと言わんばかりに大笑いしている。側にいる護衛は顔が強張っているが。
「ああ、いいもんが見れた!さあ、旅での疲れもあるだろう!共に食事でもしようじゃないか!」
どうやら、正式に迎えられたようだ。
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