第13話 専属護衛、着任


 今日は、専属護衛の着任日だ。

 サラマリアはセルフィン第一皇子と向かい合って座っている。


(き、緊張する……)


 まさかこんなに早く対面するとは。


 皇室護衛部隊インペリアル・ガードでの訓練などがあるのかと思っていたが、専属護衛は指揮系統が完全に別らしく、そのまますぐに第一皇子殿下の元に通されてしまったのだ。


「まず、生誕祭の夜に守ってくれてありがとう。おかげで、こうして生きていられるよ」


 殿下がそう感謝を告げる。

 本当にあの先客が殿下だったんだな、と実感が湧いてくる。生誕祭の時はよく見ていなかったが、白銀の髪に、目を惹く赤い瞳、噂通り整った顔立ちだ。


「いえ、お助けすることができて良かったです。お怪我はありませんでしたか?」


「ああ、君のおかげで無事だったよ。それにしても、あの時の君の動きは素晴らしかった。襲われたことは残念だったけど、サラマリア・マンノーランという逸材と巡り会えたことは幸運だったね」


 殿下がそう褒めてくれる。

 家族以外にこんなに真っ直ぐ褒めらることに慣れていなかったため、照れてしまう。


「そう言っていただけて、嬉しく思います。これからは、あのようなことが起こらないように私が目を光らせますので」


 そう、あんな無防備な状態になどさせない。


「心強いな!頼りにしているよ。

 

 ……さて、まずは今の状況を話そうか。知っての通り、私は命を狙われている」


 内密に頼むね?と前置きし、殿下が話し始める。


 殿下を疎ましく思う高官の存在や、皇帝の座を狙う皇妃など、聞けば聞くほど敵しかいない状況だった。想像以上に過酷な現状に驚き、そんな中でも民のためという姿勢を貫く殿下には好感が持てた。


「今まではかなり危険な状況だったんだけど、君のお父様であるシュトロエム殿が後ろ盾になってくれたおかげで、随分とマシになったんだよね」


 帝国の勢力図の話になったが、父様、そしてマンノーラン家の影響力が思ったよりも大きかった。


「勢力図が塗り変わることで、貴族たちは今頃対応に追われているだろう。これで敵の動きも鈍化する。その間にこちらは力をつけなければならない」


「力、ですか?」

 

「そう、力だよ。まずは、マンノーラン家のおかげで繋がりを持てそうな東部と北部について、できるだけ味方に引き込む。そのために、公務の合間に各地を巡らなければならない」


 マンノーランの影響を過信せず、自ら赴くというのだ。


「まあ、これは君がいるからできることだ。様々な場所を巡るということは、その分隙もできるからね。私一人では到底できなかったことだろう」


 マンノーラン家には借りを作りっぱなしだ、と殿下は笑っている。それほどに、味方が少ないのだろう。


「優秀な味方を見つけ出すことも重要な仕事だ。民のために力になってくれる人材を登用しなければならない」


 先ほど案内してくれたカーデンという人も殿下が登用した人物で、数少ない味方なのだとか。そんな人が増えればいいと心から思う。


「状況の説明はこんなところかな?当面の目標は、力を蓄え勢力を拡大し、正式に皇太子となる二年後まで生き延びること。そのために力を貸してもらいたい」


「お任せください。殿下を必ずや守り通してみせます!」


 出会って間もないが、それでもわかる。

 直接話を聞いて、殿下こそが皇帝になるべき人だと思った。これ以上の人などそうそういないだろう。


「それでは、仕事の話に移ろうか。君が得意とすることを聞かせてくれるかい?」


(私の得意とすること、か)


 いままで、人に誇れるものではないと思っていた才能。しっかりと説明するのは、初めてだ。


「わかりました。ご説明します。

 まず、先に伝えておきますが、直接の戦闘においては、私はさほど強くはありません」


「そうかい?あの夜には襲撃者を圧倒していたように見えたけど」


「あれは、相手の動きを予測し、意表を突くことができたからです」


 ここで、一息つく。

 ここから先は、家族にも詳しく話したことなどない。


「私の才能の根幹は、広範囲かつ高精度の気配察知、そして隠密性にあります」


 自分で言っておいてなんだが、この才能は本当に後ろ暗い事に向いている。どう考えても暗殺や誘拐などに役立つ技術だ。


 殿下は、どう思うだろうか?


 

***


 

「ふむ……では君はあの夜、襲撃者の居場所を察知し、自らはその隠密性で気取られぬように私のそばに隠れ、襲われるその一瞬を見極めて襲撃を防いだ、ということかな?」


「はい、その通りです」


 なんと己は運がいいのだろうか。

 セルフィンはこの出会いに感謝する。


 そして、サラマリアの説明を聞き、その内容に驚いた。サラマリアが嘘をつく必要などない。


 そうなると……。


「……それは、凄まじい才能だ。例えばだが、この部屋の外の気配もわかるのかい?」


「?はい、もちろんです」


「……そうか」


(いや、それは才能という言葉だけで片付けていいものなのか……?)


 セルフィンは思うが、口には出さない。

 有用であることに違いはない。

 

 だが、これではっきりした。この才能は悪用された際の危険性が非常に高い。そして、存在を危険視される可能性も。マンノーラン家が隠そうとしたのも納得だ。


 だが、同時に思う。

 これ程、己の護衛に向いた才能もあるまい。


「ふふ、凄いな。君はその才能で、妹君をこれまで守ってきたのだろう?そして、見ず知らずの私の命でさえ、危険を顧みず救ってくれた。


 その才能は悪用もできるだろう。だが、君は人を守るためだけに行使している。才能、人格含めて、まさに、私の求めていた人材だね」


 思うことをそのまま口にする。


「ありがとう、ございます。優しい家族が、いてくれたからですね」


 サラマリアが嬉しそうに微笑んでいる。

 その可愛いらしさに、胸を押さえる。


(いかんな、これでは身が保たん)


「だ、大丈夫ですか!?」


 サラマリアが声をあげている。

 だめだ、心配させてしまった。


「いや、すまないね。まったく健康に問題はないから気にしなくていいよ」


 笑顔で取り繕う。


「で、ですが……」


「いや、本当に大丈夫なんだ。

 ……今後もあるかもしれないが、気にしないでいてくれると助かる」


 サラマリアがまだ心配そうだ。

 確かに、これでは持病か何かを隠しているように見えるか。まあ、病みたいなものではあるか。

 

 だが、こればかりは話せない。

 いずれ、打ち明ける時がくることを祈ろう。




「どうやら、カーデン様がいらしたようですね」


 帝城での行動や今後の予定について説明していると、不意にサラマリアがそう言った。


「……個人の特定まで、できるのかい?」


「ええと、ある程度、ですが。カーデン様はわかりやすいですね」


(これは、まだ甘く見積もっていたかも知れないな)


 そんな技術を持った人間が、どれほどいるというのだろうか?

 

「殿下ー、少しよろしいですかー?」


 すぐに扉の外から声がかかった。間違いなく、カーデンの声だ。


「……入れ」


「ご説明中に申し訳ないですー。至急、殿下に確認をとる必要がありましてー」


 カーデンから書類を受け取り、目を通す。

 ……第二皇子のエーゼルトが莫迦な真似をしたようだ。だが、これは利用できるかもしれない。


「この件については、こちらで処理しておこう。報告、感謝する」


「いえいえー、それでは僕はこれでー」


「ああ、待て。ちょうどいい機会だから、改めて紹介しておこう」


 カーデンを引き止める。


「サラマリア、もう知っているとは思うが、私の補佐として働いているカーデンだ。数少ない私の味方だよ」


「ああ、どうもーサラマリア嬢。殿下にこき使われてるカーデンですよー」


 やはりこいつはふざけているな……。


「カーデン様、よろしくお願いいたしますね。共に殿下をお守りいたしましょう」


「おおーいい人ですねー。でも、僕に対して様付けはいらないですよー。殿下は本当に危なっかしいので、貴女のような人がきてくれて嬉しいですー」


(そんなに危なっかしいのか?私は)


 まあ、聞かなかったことにしよう。


「数は少ないが、カーデンのような味方は何人かいる。出会った時にでも紹介しよう」


 紹介も終わり、カーデンが退室する。

 他の者たちも紹介したいところではあるが、ほとんどが帝城、というより帝都にはいない。まあ、そのうち会うこともあるだろう。


「さて、先ほどのカーデンからの報告で次の目的地が決まった」


 書類をもう一度見る。

 冬がくる前に出向こうとは思っていたが、前倒しになったな。


「我々は、至急北部に向かう」

 

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