第10話 踏み出す一歩


 サラマリアはフィナと遅くまで語り合った。


 今までの楽しかったこと、面白かったこと、これからやってみたいこと、行ってみたい場所。その場に悲壮感や不安はなく、ただ、未来への希望に満ちていた。


 まだまだ語りたいことは尽きなかったが、もう遅いということもあり、今日は眠ることにした。まだ、明日だってあるのだから。


「おやすみなさい、フィナ」


「おやすみなさい、サラ姉さん」


 そう言って、二人はベッドに入る。あの日から、眠る時も一緒だった。


 しばらくして、フィナの寝息が聞こえてきた。


(私のやりたいこと、か……)


 サラマリアは、眠れずにいた。

 今日の出来事が、ずっと頭を巡っている。


 第一皇子殿下からの申し出から、全てが動き出した。顔は覚えていないが、噂は聞いている。


 大変優秀で、民からの人気もあり、皇帝になることを嘱望されている素晴らしい人物らしい。


 そんな凄い人の、専属護衛に自分がなる。

 全然、想像もできないことだった。


(そもそも、私、働いたこともないし……)


 ずっと、ここにいたのだ。

 まあ、フィナを守るために腕を磨き、周囲に警戒を巡らせ、時折現れる侵入者を掃除したりもしていたため、ずっと護衛の仕事をしていたとも考えられるが。


(でも、皇族の方を守るなんて大変だろうな……。いろんなしがらみもありそうだし……)


 マンノーランの落ちこぼれと言われているような人間が、いきなり専属護衛に抜擢されるのだ。不快に思う者も多いはず。


(だけど、これは、世の中の役に立つ立派な仕事だ)

 

 自分の才能が、世のためになる。将来の皇帝陛下を守る仕事以上に、この才能を活かせる場所などあるのだろうか。こんな機会は、この先二度とないだろう。


(それに、第一皇子殿下は、あまりにも無防備だった)


 冷静に考えると、いくら皇室所有の屋敷とはいえ、あんなところに一人でいるのはおかしい。なにか、あるのかもしれない。


(私の才能を、必要としてくれる人がいるのか)


 不思議な感覚だった。今まで、家族以外でそんなことはなかったから。しかも、悪用するようなことではなく、純粋に守って欲しいという願いだろう。


(悪用しそうな人なら、父様が止めているだろうな)


 父様の人を見る目は完全に信用している。サラに話を通した時点で、不審な人物ではないということだ。


(ふふ、父様やフィナが背中を押してくれて、もう心は決まっていたみたい)


 自分を見つめ直し、整理していくと、驚くほどすんなりと決断できた。



――――――



 翌日、父様に面会を申し入れた。

 予想されていたかのように、すぐに呼び出される。


 執務室に行くと、今日はヘルマ義母様も一緒だった。見届けにきてくれたのだろう。


「やあ、サラ。……どうやら、決断したようだね?」


 聞かせてくれるかい?、と父様が促す。


 決意は固まった。

 不安もあるし、後悔するかもしれない。でも、ここから新たな一歩を踏み出す。


「私は、第一皇子殿下の専属護衛になります!」


 言い切った。

 もう、後戻りはできない。


「うん、わかったよ。殿下にはこちらから伝えておこう。いやぁ、めでたい事だとわかっているのに、寂しいものだねぇ」


「ふふっ、そうですね。サラ、よく決断しました。専属護衛に選ばれるというのは、大変に名誉なこと。これからは殿下をお守りするために、より一層励むのですよ?」


「はい!必ずや殿下をお守りいたします!」


「その意気です。おそらくすぐに目の当たりにするでしょうが、殿下を取り巻く状況はとても厳しい。専属護衛となるからには……」


 そこで、義母様が言葉を止める。

 どうしたのだろうか?


「……死んでも守りなさい、と言いそうになりましたが、サラが死ぬことなど考えたくもないですね。いいですか?くれぐれも死なず、そして殿下を死なせることもないように」


 義母様からの言葉に、決意を新たにする。

 絶対に、家族を悲しませるような真似はしない。


「うーん、わたしの言いたいことも大体言われてしまったねぇ。サラ、危険も多いだろうが得られるものもまた多いはず。精進するんだよ?」


「はい!ありがとうございます!」


 万感の思いを込めて、返事をする。

 これからは、自分自身の責任で歩んでいくのだ。



――――――



 その日、帝城、そして貴族たちに衝撃が走った。


 第一皇子が、専属護衛を選任した。


 それも、あのマンノーラン伯爵家からである。しかも、落ちこぼれとされていた次女だというのだから驚きだ。まだ、次男と言われた方が納得できる。


 なぜ、次女なのか?

 第一皇子の専属護衛の話が伝わってから、ある噂が流れていた。あくまで噂であるから、真偽は定かでないが。


 曰く、

 

 第一皇子の命を何度も救った。

 北部の女傑が徹底的に鍛え上げた達人である。

 マンノーラン家の警備は全て次女が担っていた。

 あの誘拐事件を解決したのは、次女であった。


 などなど。


 その噂の中でも特に目を引いたのが、誘拐事件に関してだった。


 貴族家にとって、誘拐事件など醜聞でしかない。多くの場合、ひた隠しにし、内々で処理してしまうことだろう。


 しかし、マンノーラン家は違った。

 徹底的に調査し、画策した者たちを吊し上げ、声高に非難したのだ。裏で糸を引いていたのはマンノーラン家を妬んだある伯爵家の者であったが、当主シュトロエムからの苛烈な制裁を受け、遂には当主の座を降りることとなったのだ。


 マンノーラン家に迂闊に手を出してはならない。多くの者にそう印象付けた事件だった。


 その事件を次女が解決していた?当時まだ10代になったばかりの頃だろう。


 だが、


 それだけで、ある種の説得力があった。それほどまでにマンノーランの名は、重い。


 やはり、マンノーラン家の才能は凄まじい。落ちこぼれなど、いなかったのだ。考えを改める貴族たちは少なくなかった。



 

 さらに、第一皇子を疎んでいる勢力にも大きな動揺が走る。


 皇室と確執のあるマンノーラン家が、第一皇子の専属護衛に娘を差し出した。それはつまり、マンノーランが第一皇子の勢力に加わったともとれる。


 これまでマンノーラン家は皇室とは距離を取り、帝城内の派閥争いにも関与しない中立の姿勢をとってきた。


 ここにきてのマンノーランの介入に、肝を冷やした者は多い。マンノーランの影響力は絶大であり、大きく勢力図が塗り変わるからだ。


 ガルディスタン帝国は主に、東西南北の四つの勢力と中央の皇室で均衡を保っている。帝国の支配者は皇帝であるが、それぞれの勢力を無視することはできない。


 第一皇子にはほとんど後ろ盾がなく、民には人気があるものの貴族たちからの支持基盤は脆弱であった。


 ここにマンノーランが加わることでどうなるか。


 まずは帝国随一の穀倉地帯を有する東部地域。今のマンノーラン家は中央に縛り付けられているが、元々は東部の筆頭貴族であったため、今もその影響は色濃く残っている。マンノーランに恩義のある貴族も多いことから、東部の勢力は一変するだろう。


 次に北部地域は、厳しい環境下で鍛えられた精鋭と誉高い北方軍が有名で、第一夫人ヘルマの影響が大きい。ヘルマの実家は北部の有力貴族であるノーゼント伯爵家である。北部の者たちは、武を尊び、情に厚く、義を重んじる。特にヘルマは北方の最前線で活躍していた女傑であり、今なお語られるほどの人気ぶりだ。ノーゼント家が動けばそれに続く貴族家も少なくないだろう。


 南部については、巨大な港湾を持つこともあり商業が活発な地域だ。先の災害に対する復興支援を第一皇子自ら率先して行ったことにより恩義を感じている貴族もいるが、勢力に与するほどではないだろう。損得で動く気質を持つ南部貴族には、自らの勢力が優勢であることを示し、その価値を認めてもらわねばならない。


 残る西部については、鉱山資源などを多数所有する地域だ。皇妃の実家が西部の有力貴族であるゼランゲル侯爵家であることから、第一皇子を支持する者はほとんどいない。西部戦線での活躍もあり、前線の兵士たちには人気があるが、それが果たしてどう影響してくるのか。


 

 サラマリアを専属護衛に任命したことで、第一皇子セルフィンを取り巻く環境は一変する。


 激変する世界の中、果たしてサラマリアは自身の幸せを掴みとれるのか。

 

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