第4話 宴と憂鬱と


 集会の日からしばらく経った。

 いつもと変わらず、フィナとの生活を続けている。


 しかし、憂鬱になる行事が近づいていた。

 

(はぁ……毎年のことではあるけど、行きたくないなぁ)


 内心でため息をつくことも多くなってきた。

 だが、どうしようもないこともある。


 第一皇子の生誕祭。

 そのパーティーに出席しなければならない。


 ほとんどのパーティーやお茶会を避けているが、どうしても断ることのできないものの一つだ。帝国内で、未婚の女性のいる貴族家は必ず一人以上の女性を出席させなければならないという、よくわからない決まりがある。皇子の結婚相手を探す目的もあるらしいが。


 多くの貴族家にとっては皇室と近づくための貴重な機会であり、こぞって参加するパーティーである。しかし、自分にとっては憂鬱でしかない。


 マンノーラン家に未婚の女性は三人いるが、ミリ姉さんは国にいることがほとんどないし、フィナをパーティーに参加させることなどできない。必然的に自分が出席することになってしまうのだった。


(ふぅ……今年も少しだけ顔を出して、すぐに帰りましょう)


 去年もその前もそうしてきた。

 大変優秀な皇子らしいが、特に興味もないため今年も同じようになるだろう。


(まあ、あそこの庭園はとても綺麗だったから、それだけは少し楽しみね)


 生誕祭パーティーは目前に迫っていた。



――――――



「サラ姉さん、毎年ごめんね……」


 生誕祭パーティー当日。時刻は夕暮れだ。

 フィナが見送りに来てくれていた。


「いいのよフィナ。サッと行って、パッと帰ってくるだけだから」


 努めて明るい雰囲気で話す。

 フィナに責任を感じさせる必要はない。


「うん……気をつけてね」


 フィナの瞳が不安定に揺れている。

 自分が長時間離れ、アトリエに一人になってしまうことに不安を感じているだろう。精神的に回復してきたように見えたが、まだまだ完全に癒えたわけではないようだ。フィナのためにも、すぐに帰ってくるとしよう。


「それじゃあ、行ってくるね」


 フィナに別れを告げ、門まで歩く。今日はできるだけ目立ちたくないので、動きやすさを重視した地味めなドレスだ。そういえば、最近流行っているという扇子というものをミリ姉さんから贈られたから持ってきたが、なぜこんなものが流行っているのだろうか?



 門に着くと、本邸の使用人たちに用意してもらった馬車に乗りこみ、一旦帝城に向かう。付き添ってくれるスルトザ兄さんを迎えにいくためだ。


 通常の場合、当主である父様と出席することになるが、ミリ姉さんと同じく国内にいないので長男であるスルトザ兄さんが出席する。


 生誕祭パーティーの流れは、例年と同じであれば、皇帝と第一皇子からのお言葉があり、その後に家格の高い貴族家から皇室に挨拶をしていく。マンノーラン伯爵家は同じ爵位のなかでもそこそこ家格が高いため、それほど待たされることはないはずだ。


 その後は適当に庭園でも散策して、帰っても失礼にあたらない時間になったらさっさと戻ってしまおう。他の貴族家への挨拶はスルトザ兄さんが引き受けてくれている。


 つらつらと考え事をしていると、帝城がもうすぐそこであった。さあ、そろそろ切り替えなければ。





 スルトザ兄さんを迎えたあと、会場となっている皇室の所有する屋敷へと向かっている。スルトザ兄さんとはこの後の簡単な打ち合わせやお互いの近況報告などをしていた。


 このまま到着しなければなぁ、なんてことを思っていたが、それほど離れた場所ではないためすぐに会場に着いてしまったのだった。辺りはもう暗くなっている。



「さあ、サラ。気は重いだろうが行くとしよう」


 スルトザ兄さんが気遣ってくれている。

 心配をかけないためにも、気合を入れよう。


「大丈夫ですよお兄様。私もマンノーラン家の者です。これくらいどうってことありませんわ」


 ここからは気丈に振る舞おう。

 そう決めて、エスコートしてくれるスルトザ兄さんの腕をとる。


「さあ、行きましょうか」



 受付を済ませ、会場に入る。

 スルトザ兄さんは割と有名人であるため、そこそこ目立っている。幾人か知り合いもいたようで、無難に挨拶をこなす。サラは表に出ることが少ないだけで、一般的な礼儀作法は問題なく身につけていた。


 しばらくすると、静かになってきた。そろそろ皇室の方々が現れるのだろう。


 やがて、壇上に二人の人物が登った。


 ガルディスタン帝国の頂点に君臨する者たち。

 


 皇帝   イエルゼン・ガルディスタン

 第一皇子 セルフィン・ダン・ガルディスタン



 まず初めに、皇帝からのお言葉だ。


「皆のもの、よく集まってくれた……」


 長い話が始まったが、興味がないのであまり聞いてはいなかった。続いて第一皇子の挨拶が始まったが、こちらはかなり短くまとまっていた。その方がありがたい。


 皇帝の長い話の間さりげなく周りを見回していたが、熱心に聞いているのは全体の三割くらいだろうか?まあ、そんなものなのだろう。


 二人の話が終わり、パーティーの開会が宣言される。ここから挨拶の行列となっていくのだろう。自分たちの番まで少し時間があるので、壁際で休んでおく。


(はぁ……みなさん暇なのかしらね?)


 こうしてある程度自由時間になると、話し声が嫌でも聞こえてきてしまう。あるいは、聞かせようとしているのだろうか。



『ねぇ、あちらがマンノーラン家の例の……』

『あら、わたくし初めて拝見しましたわ』

『スルトザ様はあんなに優秀ですのにねぇ……』



 他に話すことはないのだろうか?

 直接落ちこぼれとは言わないようだが、見下すような発言を隠す気はないようだ。


 早く順番がこないかなぁ、と思っていると挨拶などがひと段落したのか、スルトザ兄さんが来てくれた。


「サラ、大丈夫か?」


「ええ、もちろん。お兄様に挨拶を任せてしまって申し訳ありません」


 気にしていないように振る舞う。

 実際、もう言われ慣れてしまったのでそれほど思うことはない。


「そんな些細なことは私に任せておけばいい。もうすぐ順番が回ってくるから、早めに向かうことにしよう」

 

 スルトザ兄さんがそこから連れ出してくれる。

 周りの声は兄さんにも聞こえているだろうが、触れないでいてくれるのはありがたかった。





 いよいよ自分たちの順番となった。

 とはいえ、定型の挨拶をして、皇帝と第一皇子から一言ずつもらって終わりのはずだ。


 「マンノーラン家当主代理スルトザが、皇帝陛下ならびに第一皇子殿下にご挨拶申し上げます。殿下の誕生を祝福する機会に恵まれたことに感謝し、謹んでお祝い申し上げます。帝国に更なる栄光のあらんことを」


 スルトザ兄さんが卒なく挨拶をこなし、自身もそれに続く。顔を伏せ、陛下と殿下からの言葉を待つ。


「大義である。今後も帝国の発展に貢献することを期待する」


 陛下からの言葉は短い。何人も挨拶を返しているのだから当然そうなるのだろうな。


「スルトザ、貴方の評判は聞き及んでいる。当主であるシュトロエム同様、帝国を支える忠臣となることを願っている。マンノーラン家には期待しているよ」


 おや、殿下からの言葉は思いの外長かった。名前を呼ばれるとは、スルトザ兄さんはかなり期待されているのだろう。


 最上級の礼をし、その場を後にする。なんにせよ、これで今回の主目的は達成した。これで一息つける。


 しばらくはスルトザ兄さんについていたが、どうやら皇室の方々は休憩のため中座するらしい。今ならば、庭園に出ても問題にはならないだろう。そこで帰るまでの時間を過ごそう。


 スルトザ兄さんに休憩する旨を伝え、そばを離れる。やるべきことも終わり、唯一の楽しみだった庭園に向かうので足取りも軽い。



 美しい庭園に足を踏み入れようとしたところ、どうやら先客がいるようだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る