第3話 才能溢れる家族


 まずは食事にしよう、ということで準備していた料理を並べて、集会が始まった。


「うーん、また腕を上げたねぇサラ。とっても美味しいよ」

「うんうん、これを毎日食べてるフィナが羨ましいねぇ〜」


 父様とミリ姉さんがそう褒めてくれる。

 他の皆も美味しく食べてくれているみたいでホッとした。


「ミリ姉さんがいろんな食材を送ってくれているおかげで、毎日料理が楽しいんです」


 よくわからない果物やら野菜やらも送られてくるが、それもまた面白い。異国のレシピも送ってきてくれるので、いろいろと知らない料理も作っている。


「ボクはあの、青い色の甘い果物が好きだったなー」


「ブロガのことかなぁ〜?今度また送るわねぇ〜」


 青い見た目は食べるのに躊躇したが、食べてみると爽やかな甘さが広がり、とても美味しかった。




「そういえばスルトザ。結婚式の段取りは進んでいるかい?」


 父様が問いかけている。

 そうだった。今回の集会で聞きたかった話だ。スルトザ兄さんが近々結婚するのだが、どうなっているのか全然聞けていない。


「結婚式ですか?特に問題なく進めておりますよ。

 父様が戻って来た際にお見せしようと資料も作成してありますので、後ほど確認していただければ」


 さすがスルトザ兄さん抜かりない。ただ、資料ではなく兄さんの口から聞いてみたいこともある。


「お相手はアカデミーで出会ったお嬢さんでしたっけ〜?どんな子か楽しみねぇ〜」


「ふむ、近々顔を合わす機会を設けようと思っていた。皆に会わせることも考えると次の集会がちょうどよいか?」


 なんと、次の集会で会うことになるかもしれないのか。大丈夫だろうか。


 そこで、スルトザ兄さんがフィナの方を見る。


「…………フィナのことを考えると、別の機会にしてもよいが」


「……ううん、大丈夫だよスルトザ兄さん!兄さんが選んだ人なら問題ないと思うんだ!」


 フィナは不安そうな顔をしていたが、そう言い切った。妹の成長に涙が出そうになる。見回すと他の面々も似たようなものだった。


 カリアス兄さんは普通に涙を流している。


「フィナ!元気になってよかったなぁ……!本当に!

 でも無理はするんじゃないぞぉ!」


 泣きながらカリアス兄さんがフィナを誉めている。


「み、みんな、おおげさだよぉ……。でも、ありがとね」


 少し照れたように笑うフィナは世界一可愛いのではなかろうか。




 家族の団欒は続いている。

 食事もあらかた食べ終え、自分とフィナ以外はお酒を飲み始めていた。そのお酒はミリ姉さんからのお土産で、もちろん高級品なのだろう。



「カリアス、副隊長になってからしばらく経ちますが、しっかりとやれているのですか?」

「はい!誠心誠意、粉骨砕身、全霊をもって取り組んでおります!」

「言葉ではなんとでも言えます。いいですか?騎士としての心構えとは……」


 お酒が入りヘルマ義母様の話に熱が入っている。実戦を幾度も経験した騎士の言葉には重みがあるのか、カリアス兄さんは真剣に話を聞いている。



「ミリサントラ、最近の情勢はどうだい?なにか気になったことはあるかな?」

「う〜ん、どうもヘルイズ王国を中心に西の方がキナ臭い感じがしてるねぇ〜。なんだか資金の流れに淀みがある気がするのよ〜」

「ふむ、西か……。何事もなければいいが、少し詳しく聞かせてくれるかい?」


 父様とミリ姉さんは難しい話をしているようだ。世界を巡る二人はこうして互いの情報を擦り合わせながら、今後の世界情勢を占っているのだろう。



「フィナ、ピリアテ共和国のレグナスの新作は読んだか?感想が聞きたい」

「あー、今流行ってるよね。まあ、斬新であるのは確かなんだけど、奇を衒うことに重きを置きすぎてる気がするんだよねぇ」

「ふむ……それには同意するが、最近の停滞していた作風に一石を投じるという点では評価できるのではないかと……」


 スルトザ兄さんは意外にも芸術への造詣が深く、特に書物に関してはフィナと話が合う。スルトザ兄さんの知識の源泉は本から得た知識であり、難しい論文から大衆娯楽の小説までなんでも読み漁っているそうだ。フィナも楽しそうに語り合っている。


 




 

 こういう時に、ふと思う。

 思ってしまう。


 私にはなにもないのだな、と。


 皆がそれぞれの分野で活躍し、功績を残していく中、自分一人この狭い世界で時を浪費している。


 そんな気分になることがある。


 いくら社交界に出ることが少ないとはいえ、いくつかは出席しなければならない会もある。


 そうすると、聞きたくない噂話も聞こえてきてしまう。

 

 

 マンノーラン伯爵家の落ちこぼれ次女。

 


 そんな者達の陰口など気にしなくてもいい、と珍しく父様が強い口調で言ってくれた。


 ただ、自分でもその言葉に少し納得してしまったのだ。


 もちろん家族の皆から愛されていることは実感できる。フィナからは信頼され、放っておくことなどできない。


 ただ……、なにか人に誇れる才能があれば。

 私の大好きな家族と、あんな風に語らうことができれば。


 こんな惨めな気分になることもなかったのだろうか。


 そして、そんな風に考えてしまう自分もまた、たまらなく嫌だった。


 

――――――


 

「そろそろいい時間だし、この辺でお開きとしようか」


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 もうすでに普段は眠りについている時間だった。


「今回も皆の元気な顔を見ることができて嬉しかったよ。健康で、元気でいることが一番だ。


 わたしはね、皆に会えるこの集まりをいつも楽しみにしているんだ。なかなか帰ってこれない自分が言うのもなんだがね」


 父様が微笑みながら、皆の顔を見回す。


「これからも、家族仲良く幸せにやっていこう。そのためなら、わたしはなんだってやってみせようじゃないか!」


 各々がグラスを持つ。


「それでは、マンノーラン家に幸福あれ!」


『マンノーラン家に幸福あれ!』


 七つのグラスが掲げられる。

 こうして、今回の集会はいつものように終わった。

 




「今日は本当にありがとう。サラのおかげでいつも助かっているよ」


 去り際に、父様が声をかけてくれる。


「フィナのことも、苦労をかけっぱなしで本当に申し訳ない。そのほかにも、いろいろと……」


 父様が辛そうにしているのがわかる。

 でも、それは…………。


「いいえ、父様。私は家族の皆とこうして暮らせて、とても幸せなんですよ?」


 父様に向かって微笑む。

 ちゃんと笑えているだろうか?


「……そうか、なにかあったらすぐに近くにいる家族に伝えなさい。わたしも全力で駆けつけるから」


 そう言って、私を抱きしめてくれる。


「……名残惜しいが、また会おうサラ。元気でな」


「父様も、ご自愛くださいね?」


 父様が去っていく。

 集会の後はいつも、楽しかったという気持ちと、ほんの少しの自己嫌悪が残ってしまう。


 今日は寝つきが悪そうだ。

 少しだけ、お掃除でもしておこう。

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マンノーラン伯爵家の落ちこぼれ次女が、殿下の専属護衛になるようです。 @ayayayaya0805

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