第2話 マンノーラン伯爵家
今日は家族の集会当日だ。
会場の設営も終わったし、食事の準備もほとんど済ませてしまった。料理に関しては本邸にいる本職の料理人には遠く及ばないが、それは仕方がない。初めの頃はそれはもう緊張したものだが、家族の皆は美味しいと言ってくれている。
もちろんお世辞だろうが、まあそれはいい。この集会に一流の料理なんて求める人はいないから、楽しく食事ができればそれでいいのだ。
(あとは、みんなが来るのを待つだけね)
今日集まるのは、マンノーラン家の当主であるシュトロエム父様と、第一夫人のヘルマ
(集会といっても、近況なんかをみんなでおしゃべりしてるだけなんだけどね)
特に父様とミリ姉さんの話は、色々な所に行っているので面白い。毎回、お土産も楽しみにしている。
(さて、そろそろフィナを着替えさせて、私も少しは着飾らないと)
身内の会とはいえ、せっかくなのでオシャレを楽しむ。といっても、ミリ姉さんが贈ってくれたものを身につけることになるのだが。
「うわー……ねぇ、これを着るの??」
フィナがドレスを広げて呻いている。ところどころにフリルのあしらわれた橙色の可愛らしいドレスだ。
「私は可愛らしくていいんじゃないかと思うけど……?」
「いや、可愛いのはそうなんだけどさ。もうこんなヒラヒラしたドレスを着る年齢じゃないというか……」
うーん、と考えこんでいるフィナは今年で13歳になる。まあ、確かにもう少し大人びたドレスを着てみたい年頃な気もする。それとなくミリ姉さんに伝えておこう。姉さんにとってはいつまでも小さくて可愛い妹で、そこまでは考えていないだろうし。
少し抵抗するフィナを宥めてドレスを着せる。着たら着たでとっても可愛いのだ。普段は絵の具やインクなどで汚れている印象があるが、おめかししてしまえばとても華やかな印象に変わる。
(そろそろ私も着替えてしまおう)
自分のドレスを出してくる。深い青色の少し大人びたドレスだ。サラマリアの好む動きやすさも考慮され、洗練されたデザインをしている。
「おおーさすがミリ姉さん。サラ姉さんに似合うものをわかってるねぇ」
なのになんでボクはこんな……、とまだブツブツ言っているが、フィナも似合ってはいるのだ。本人の好みは別として。
「フィナもとっても似合ってて可愛いよ?さすがミリ姉さんね!」
お互いを褒めながら着替えを済ませてしまう。
さあ、もうじき誰かがやってくる時間だろう。
――――――
「二人とも久しぶりぃ〜!!会いたかったよぉ〜!!」
輝かんばかりの笑顔で二人に抱きついてきたのは長女のミリサントラ姉様。赤みを帯びた髪を靡かせた背の高い美女で、掴みどころのない不思議な魅力を持っている。今は妹たちに会えてデレデレだが。
「やっぱりそのドレス似合うわぁ〜!二人ともとっても素敵!!」
「いつもありがとうございますミリ姉さん。いつものことながらとっても素晴らしいドレスですね」
このドレスにかかった金額は聞くまい。一度聞いて後悔したことがある。
「いいのよいいのよぉ〜あなたたちを可愛くするためならいくらでも稼いでみせるわぁ〜!」
それで実際にいくらでも稼いでいるのがすごいところだ。定期的に珍しいものを届けてくれたりもしている。
「フィナも元気にしていたかしらぁ〜?」
「サラ姉さんやみんなのおかげで楽しく暮らせてるよ!」
フィナが元気に答えている。いい子だ。
「それはよかったわぁ〜。あなたはあなたの思うように、自由に生きれば良いのだからね?」
ミリ姉さんが優しく微笑み、フィナを撫でている。
こうして時折見せる優しさも姉さんの美点だ。
「それにしても可愛いわぁ〜!!もっとよく見せてちょうだい〜!!」
しばらく会っていなかったが、ミリ姉さんは相変わらずのようだ。
「む?来ているのはミリサントラだけか」
次に到着したのは長男のスルトザ兄さんだった。父様やカリアス兄さんと同じ栗色の髪、整った顔には眼鏡をかけており、理知的な印象のある美男子だ。帝城に勤めていて本邸に戻ることも多いため、時折サラマリアやフィナの様子を見に来てくれている。
「サラにフィナ、いつも集会の段取りをしてくれて感謝する。必要なものがあればいつでも言いなさい」
律儀にお礼を言ってくれるスルトザ兄さん。一番会う頻度が高いこともあり、頼ることも多い。
「今日のお仕事は早く終わったんですか?」
いつもならもう少し遅い時間のはずだが。
「いや、仕事は多少残っていたのだが、カリアスがやってきて急かすものでな。急ぎの仕事でもなかったので早めに切り上げだのだが……」
そう言って、アトリエを見回すスルトザ兄さん。
「あやつはまだ来てないようだな?」
呆れたように呟いている。
「まあ、いいだろう。私としても今日の集会は楽しみだった。皆が揃うまでフィナの新作でも見せてもらうとしよう」
「あ、じゃあ案内するよスルトザ兄さん!」
そう言ってフィナがスルトザ兄さんの手を引いていく。それを見たミリ姉さんが「ズルいぞ!」と言いながらついていった。せっかくだし、他の皆が来るまで自分も見て回ろう。
「おや?遅くなってしまったと思ったが、わたしたちが最後ではなかったようだね」
「カリアスが来ていないのですか?真っ先に到着していそうなものですが」
アトリエを見回っていると、父様とヘルマ
シュトロエム父様は物腰の柔らかい、常に笑顔を浮かべているような紳士だ。見かけでは判断できないが、こう見えて帝国でも一目置かれている外交官である。諸外国との交渉ごとにめっぽう強く、近隣諸国ではシュトロエム・マンノーランの名は恐れられているのだとか。全くそうは見えないが。
凛々しい物言いをしているのはヘルマ義母様だ。帝国北部にこの人ありと謳われた女性騎士であり、引退した後もその立ち姿は凛として美しい。赤みを帯びた髪色にスラリとした長身と、ミリ姉さんと似ているところは多いが、力強さを感じさせる佇まいは、飄々とした姉さんとは対照的だ。
他の子供たちには優しいが、自分と同じく騎士となったカリアス兄さんには少々厳しく接している。
父様は仕事柄なかなか帰ってこれないが、戻ってきた際は仲睦まじく二人で過ごすことが多い。
「父様、ヘルマ義母様。ようこそ、おいでくださいました」
フィナと共に両親を出迎える。
二人とも、優しく微笑んでいる。
「ああ、いつもありがとう二人とも。帰ってくるたびに素敵なレディになっていくね」
「ええ、本当にそうですね。ふふっ、近くで娘たちの成長を見られないのはつらいでしょう?」
まったくだね、なんて肩をすくめながら父様が笑っている。相変わらず仲がいい。
「さて、カリアスがまだ来てないようだが、少し時間も押しているだろう?先に始めてしまっても……」
父様が言いかけたその時、微かにこちらに走ってくる気配を感じた。
「遅くなり!大変!申し訳ありませんでしたぁ!」
ほどなくして、大きな声で慌ただしくカリアス兄さんが入ってきた。
マンノーランの者は比較的背は高いが、カリアス兄さんはそこからさらに大きく、鍛え上げた体格も相まってかなりの威圧感がある。
「カリアス!騒がしいですよ、落ち着きなさい!」
「はい!すみません母さん!」
カリアス兄さんが直立不動になる。ここの力関係も変わらないようだ。
「カリアス、私をあれだけ急かしておきながら、なぜこんなにも遅れたのだ?」
スルトザ兄さんが疑問を口にしている。
カリアス兄さんが時間に遅れるなど、今までなかったことだ。
「……それが、仕事を手早く片付けて少し早く出発してしまおうとしたところを、騎士団長に見つかりまして……」
そこからみっちり扱かれたらしい。
なんともカリアス兄さんらしいというか……。
他の面々も呆れているようだ。
一番大きいカリアス兄さんが、身体を小さくさせている。
「はっはっは、カリアスらしいじゃないか!さてさて、なんにせよこれで皆が揃ったわけだから、早速始めようじゃないか」
父様がそう仕切り、各人がテーブルにつく。
マンノーラン家が勢揃いし、集会が始まる。
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