マンノーラン伯爵家の落ちこぼれ次女が、殿下の専属護衛になるようです。
@ayayayaya0805
第1話 落ちこぼれ次女サラマリア
マンノーラン伯爵家は才能豊かな一族だ。
ガルディスタン帝国においてその地位は高く、代々優秀な人物を輩出し、帝国の発展に貢献してきた。
次世代を担う子息・息女も例に漏れず優秀であると評判となっている。
長男スルトザは、アカデミーを首席で卒業するほどの秀才である。すでに文官としての頭角を表し、将来高官になることは間違いないとされている。
次男カリアスは、剣の才に優れ将の器を持つと噂される傑物だ。騎士団長にその才を見込まれ、若くして第二騎士隊の副隊長に抜擢された。
長女ミリサントラは、商機を見極める感覚に優れている。女性の商人など世界的にも少ない中、辣腕の商人として自らの商会を率いて莫大な富を築いていた。
三女フィナフラは、芸術の才能を開花させた。幼少のころから、絵画、音楽、彫刻、劇作などあらゆる芸術で活躍する彼女は世界中で注目の的だ。
そんな綺羅星の如く輝く一族の中、ほとんど話題に上ることのない人物がいる。
次女サラマリアだ。
社交界で見かけることはほとんどない。珍しく顔を出したかと思えば、誰とも話すことなく帰ってしまう。そろそろ結婚していてもおかしくない年齢であるのに、そんな話も聞いたことがない。
あのマンノーランにも才のない者が生まれたか。
マンノーランの栄光に嫉妬する者たちや噂好きの貴婦人たちは、面白おかしくそう語る。
マンノーラン伯爵家の落ちこぼれ次女サラマリア。
そんな、華々しく活躍する兄弟姉妹の話題の裏で、ひっそりと噂されている次女はというと、
(うん、今日もおいしくできたかな?)
今日も元気に家事に勤しんでいた。
――――――
ミリ姉さんから贈られた鏡で身嗜みを確認する。
艶やかな黒髪は、亡くなったクレハ母様と同じ色。力強い金の瞳は、マンノーラン家の者によく見られる色だ。
鏡に映る自分の姿を見て、気合を入れる。
(まあ、誰に見せるわけでもないけどね)
「さて、まずはお料理からはじめますか!」
サラマリアの、いつもと変わらない日常が始まる。
「フィナー、ご飯できたよー」
妹のフィナフラに声をかける。
マンノーラン家の敷地内。
本邸から少し離れた場所にフィナフラのアトリエが建っている。住居も兼ねており、サラマリアとフィナの二人はそこで生活をしていた。
冷遇されているわけではなく、ある事件をきっかけに極端に人を恐れるようになってしまったフィナのために、このような措置をとっている。本邸の使用人達ともまともに会話できない状態であったため、特に信頼されているサラマリアが共に暮らし、生活を支えている。
「フィナー?」
再び声をかけるが、こちらに来る気配がない。また何かに夢中になっているのだろう。
(まったく、集中したら何も聞こえなくなるのよね)
これまでも度々こういうことはあったので、慣れてはいる。アトリエとして使用している部屋に向かい、邪魔にならないよう静かに扉を開けると、
鬼気迫る様子で、一心不乱に絵を描くフィナの姿があった。
芸術の天才、芸神に愛されし者。フィナを称する言葉はいくつもあるが、もはや神々しささえ感じるこの姿を見れば、誇張ではないと誰しもが思うのではないか。
(これは長くなりそうね……お料理を温め直さなくちゃ)
自分にとっては、もはや見慣れた光景になっているのだが。
「いやーごめんごめんサラ姉さん!朝起きたら急にこう、グワッときちゃったんだよね!」
早朝に様子を見に行ってからしばらく経ったあと、フィナがふらっと現れて謝っている。よく見ると、顔や服が絵の具まみれで大変なことになっていた。栗色のふわふわの髪にも何かがこびりついてしまっている。
「はいはい、それはいいから顔を洗ってきなさいな。すごいことになってるよ?」
いつものことなので特に気にしていない。
待っている間に家事もあらかた済ませておいた。
「わかったー洗ってくるねー!あとお腹すいた!」
「温め直すからちょっと待っててねー」
はーい、と言ってフィナがパタパタと顔を洗いに向かった。一時期はかなり塞ぎ込んでいてとても心配だったが、元気になった姿を見て本当に嬉しく思う。
(さてさて、お食事の準備をしましょうか)
普通ではないのかもしれないが、こんな穏やかな日々を気に入っていた。
……
「そーいえば、父様達が帰ってくるのって明日だっけ?」
食事をしていると、フィナがそんなことを言い出した。明日は家族が揃う大事な集会の日だというのに、忘れていたのだろうか?
「そうよ?だから今日と明日はしっかりと準備して、あなたもおめかししなくちゃね!」
マンノーラン家の者たちは皆、多忙を極めている。
特に外交官の父様や商人のミリ姉さんは世界各地を飛び回っているため、あまり帰ってくることはない。そんな一族の者達が揃うことなど年に数回しかなく、とても貴重な日であった。
「あー、おめかし、おめかしかぁ……」
フィナは見るからにめんどくさそうだ。
芸術家ではあるが、服にはさほど興味がないらしい。
「ミリ姉さんが贈ってくれた服があるでしょう?あれを着ないと姉さんが悲しむよ?」
「そうだよねー……でも、ミリ姉さんはセンスがなぁ……」
そんな様子を微笑ましく見つめる。
まだブツブツとなにか言っているが、毎回ちゃんと着てくれるのがフィナの良いところだ。ミリ姉さんが気にかけてくれていることもわかっているのだろう。
「あ、そういえばね。今日描き始めた絵なんだけど……」
フィナとのとりとめのないおしゃべりは続く。まあ、あのフィナフラの新作についてなんて、その界隈の人たちからするとまったくもって普通の話題ではないのだが。
「さあ、明日の準備をしましょうか!フィナも手伝ってね?」
「おー……」
やる気なさそうにフィナが声をあげている。
食事を終えた二人は、アトリエへと場所を移した。
明日の家族の集会は、このアトリエで行われる。もともとはもちろん本邸で開催されていたが、フィナの件があってからはここに集まることになっていた。
使用人もいないため、サラマリアたちで準備をしなければならない。アトリエに散らばっている作りかけの彫刻や完成前の絵画、転がっている楽器などを適当に飾っていき、スペースを空ける。あとはテーブルと椅子を運び込めば、ある程度は完成だ。
伯爵家の集会としては些か適当に見えるかもしれないが、見るものが見れば驚きに目を見開くことになるだろう。
今をときめくフィナの作品の数々、ミリ姉さんが各地から取り寄せた最高級の楽器などが並べられている。さりげなく使用されている調度品も高価なものが多い。この部屋にあるものを売り払えば、一生遊んで暮らせると言っても過言ではないかもしれない。
(あとは、花でも飾りましょうかね)
「つかれたーサラ姉さんもういいかな……?」
フィナが情けない声をあげている。気づけば結構な時間が経っていた。普段から身体を動かすことは少ないため、これでも頑張ってくれた方だろう。
「ありがとねフィナ。あとの準備は私がやっておくから」
今日の食事の準備と明日の下拵えをして、早めに休むとしよう。
明日は久々の集会なのだから。
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