第2話 帰郷
2024年6月
およそ17年ぶりに実家に帰ってきた。私の実家は結構、田舎にあり駅から家まで40分かかる。キャリーケースを抱え田舎の凸凹道はかなり地獄だった。
玄関の引き戸を開ける。ガラガラと年季の入った音が響く。
「お父さん?」
家中に声が響く。返事はない。
靴を脱いでどかどかと家の中に入る。
父の書斎の扉をノックしてあける。昔から変わらない埃まみれでかび臭い部屋。洋風でどこかノスタルジック。また、本が増えている。そろそろあの大きな本棚も溢れるだろう。
「お父さん!」
椅子に座って散らかった机の上で原稿を書く父は完全に自分の世界にいて娘の声は届かない。
少し腹が立って。
「お父さん!」
父から原稿を取り上げた。
「あ、野笑。おかえり。」
「あ、じゃねえよ!ただいま。
荷物、置いてくるわ。」
私は居間に向かった。居間の隅に荷物を置くと、私はお母さんに挨拶する。
おりんの音が鼓膜を揺らす。手を合わせる。遺影の中の母は相変わらず美しい。
「私、お母さんより年上になっちゃった。」
お母さんは私が7歳の頃、三二歳で死んだ。
私は今、三十五歳。気づかないうちに母より歳をとっていて、なんだか複雑な気持ちになる。
縁側の窓を西日が差す。私は導かれるようにしていぐさの上で横になって眠った。
脳の中を母の記憶が水のように染み渡る。
幼稚園や学科から帰ると母とよく昼寝をした。私を抱きしめる母の手は少し冷たくて、流れる水のように優しかった。
「ねえ、のえちゃん。もし、お母さんが急にいなくなっても大丈夫?もし、お母さんが死んじゃってもいつも通りに生活できる?
ごめんね。」
かき揚げの匂いがする。
「あっ!え、今、何時?!」
慌ててポケットの中の時計を見る。七時。大分眠っていたようだ。
ちゃぶ台の上にはかき揚げとなんかよく分からない料理がずらずら並べられていた。
するとやかんと二つの湯呑みをお盆の上に乗せて父がやってきた。
「野笑、食べよう。」
「あ、うん。」
かき揚げも美味かったが、よく分からない野菜を炒めたものも案外まずくはなかった。
「あの、お父さん。」
「ん?」
「実は私、
仕事、辞めた。あと当分働くなって言われた。だから家も金もありません。なので、当分泊めてください。」
父に頭を下げた。あの頃の自分では考えられなかった、父に普通に頭を下げられた自分が心底情けない。
父はバカみたいな軽い微笑みを浮かべて許可した。
「ねえ、お父さん。明日からご飯、私も手伝うから。今日はごめんなさい。」
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