第10話

2月2日の朝7時前、高知市桂浜に向かう幾人かの人影があった。ある者は一人で、あるいは数人が連れ立って。徒歩で、自転車の者もある。

7時前には桂浜駐車所に26名が揃った。

近藤、土方と、陸自の10名。榎本と、海自10名。そして、坂本、武市、岡田の3名。

1か月前、『みちしお』でここから旅立った26名だ。


「坂本さんの言葉で絶対に今日ここに行かなきゃと思いました」

松岡が坂本に嬉しそうに語り掛ける。

「それはさ、松岡ちゃんが、僕に会いたいってことかな」

「えっと、坂本さんも私に会いたかったですか」

「当り前じゃない。僕は松岡ちゃんに会いたくってここに来たんだから」

榎本が二人を睨む。

「さっそく、坂本が殺されるところが見られるぞ」

武市が岡田にささやく。

「冗談だよ、榎本さん。さっき、松岡ちゃんが、榎本さんの前でこれやりましょって言ったんだよ。松岡ちゃんの榎本さんへのいたずらだよ。僕は、榎本さんに会いたかったに決まってるじゃない」

松岡が榎本に向かってペロッと舌を出す。

「松岡、人をからかうな」

榎本も一応怒ったふり。


「それはそうと、結局、アメリカ、中国、ロシアの3カ国とも軍隊を引き揚げましたね。2,3日前から急に駐屯地が慌しくなって、見張りもいなくなり、すんなりと昨日抜け出せましたよ」

武市の言葉に、みんなが、「私もそうだった」と声が続く。

「僕たちの作戦が成功したのかな」

坂本の問いかけに、榎本が首を振る。

「違うだろう。きっかけの一つではあるかもしれないが。今回の占領計画の目的や、裏側にあるもの結果だろう。

ここに来る途中、本日0800から、岩倉臨時総理の話が放送されると聞いた。ネット、テレビ、ラジオなどで同時放送だそうだ。そこで何か分かるのじゃないか」

「岩倉って、僕たちを殺したことにしろって言った人だろ。僕たちに又何かするつもりかな」

「そうだな、聞いてみなけりゃ分からない」

榎本がそう言って、何か聞けるものがないかとみんなに聞く。全員スマホは取り上げられてしまっている。


土方が駐車場の片隅の坂本に車を見つける。

「ほら、あれ、坂本君の自動車でしょ。ラジオついてなかった」

1か月前、ここに乗り捨てた車だ。隣に止めておいた陸自のトラックは無くなっている。

「トラックは陸自がレッカーか何かで引き上げたんだな」

そう言いながら、近藤が坂本の車に向かって歩き出す。坂本や他のみんなも続く。

坂本がポケットからキーを取り出しドアを開け、エンジンをかけ、ラジオをつける。


どの局も国歌が流れている。

「あと、5分だ」

武市が車の表示を見て言う。」

やがて、ラジオから、声が流れ出す。

「総理の岩倉です。国民の皆さん。先月末、1月31日をもって、日本を占領していた外国の軍隊は全て撤退しました。

これは、全てが私の計画通り進んでいると言うことです」

坂本の自動車をのぞき込んでいた岡田が後ろを振り向き叫ぶ。

「駐車場湯のスピーカからも流れているよ」

皆は車から離れスピーカーの方を向く。


岩倉の演説が続いて流れてくる。

「この1か月の間に、これまで日本をダメにしていた連中、保身だけの無能な連中は、政界から、官界から、そして経済界から排除されました。

これからの日本は私のもとで国民の皆さんと共に再び大きく成長を始めます。

国民の皆さん、私と心一つに一致協力し、新たな成長、新たな栄光に向かおうではありませんか」

その時、ふと横を向いた坂本が駐車場の入口を指さす。

「あれなんだろう」

何百人、いや何千人もの人がスマホを耳に当てながらこちらに歩いてくる。そして26人にまわりに集まる。


その中から、一人の女性が前に出てくる。

「SNSで皆さんが、あの26人の英雄が、死んだんじゃなくて、生きて、ここにいるって流れて。うれしくって、みんな集まってきたんです」

大きな拍手、そして「よかった」と言う声があちこちから出る。女性が続ける。

「そしてね、今、流れているこの話、日本を救った皆さんがどう思うのか聞きたいです」

坂本がその女性をじっと見る。

「あれ、君、新幹線で僕と写真の人じゃない」

「うれしい。覚えててくれたんですね」

「当り前じゃない、可愛い女の子のことを忘れるわけないじゃない」

「ありがとうございます。それでね、坂本さんは、この岩倉総理の話どう思いますか」

演説が続いているスピーカーを指さして聞く。

「そうだな、なんか変だ。違うんじゃない」


坂本の前に女性はスマホを差し出す。

「坂本さん、思ったこと話してください。みんな聞きたいです」

「なんて言うかさ、成長成長ってさ、そう」

坂本は、何かを思いだそうとするように下を向く。そして、意を決したように顔を上げる。

「そうだよ。違うんだよ。成長、成長ってこの20年ずっと言ってきて、その結果が今だよ。また、成長かよ。止めてくれ。もう成長なんかいらない。

成長成長が僕らの生活、めちゃくちゃにしたんじゃないか。成長なんかいらない、僕らの生活を返してくれよ」


そこで一呼吸置き、大声で叫ぶ。

「成長いらない。生活返せ」

その声に合わせるように、集まった何千人が叫ぶ。

「成長いらない、生活返せ」

「成長いらない、生活返せ」


再び、坂本がスマホに向かい話し出す。

「それとさ、何でも、東京。東京で決めて、四国は、高知はボロボロじゃない。四国も、高知も、東京のためにあるんじゃないよ。四国は四国のため、高知は高知のためでなきゃ」

武市がぼそっと呟く。

「でも、高知も四国も東京からの交付税や補助金で何とか成り立ってるんだぜ」

坂本は武市に向かって大声を上げる。

「それじゃさ、江戸時代もそうだったのか、もっと近い、明治時代や大正時代はどうだったんだ。東京からもらう金がなきゃやっていけなかったのか」

「そうだな、成長路線と東京集中はセットなのかもしれないな」

「そうだろ、そうなんだよ。成長と東京は一緒だよ。東京いらない、四国を返せ。北海道も返せ。青森も返せ。下関も返せ、九州も返せだ。みんな、いいかい」

武市が岡田にささやく。

「地域や県や市や、なんかばらばらだな」


坂本は聞こえないふりをして、一息入れて、大声で叫ぶ。

「成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ、北海道返せ、青森返せ、下関返せ、九州返せ」


桂浜にいる何千人の群衆から「ウオー」と言う声が起こり、坂本の言葉を繰り返し叫ぶ。

「成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ、成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ」


岩倉の演説は、この叫び声に消され、もう誰も聞いていない。

坂本の言葉と桂浜の群衆の叫び声は全国に流れた。そして、日本の各地で群衆が町に溢れかえり、大声で叫び出す。

北海道では、「北海道返せ」、青森では、「青森返せ」、下関では、「下関返せ」、九州では、「九州返せ」。

そして各地で、「返せ」と叫ぶ声が響いた。

東京で「成長のため」という名目でいろいろな決定がなされ、それに合わせて、生活が苦しくなり、地域が荒廃していくのにうんざりしていたところに、外国軍の占領があり、一気に怒りが爆発したのだ。

東京でも、「成長いらない、生活返せ」を叫ぶ数十万人が町に溢れかえり、その一部は「岩倉いらない、日本を返せ」を叫びながら首相官邸に向かっていた。


 首相官邸の1階の記者会見室でカメラとマイクに向かい演説を続けていた岩倉の前に、秘書官が急ぎ足でやって来てカンペを見せる。

『外が大変な状況になっています。演説を切り上げて下さい』

予定していた演説は約1時間、まだ10分以上ある。

岩倉は演説に手振りを付けるように、秘書官に『待て』示す。


残りの10分間の予定を2分程短縮し最後の言葉に移る。

「国民の皆さん、繰り返しになりますが、全て私の計画通りに進んでいます。日本は、再び大きく成長し、素晴らしい未来が待っています。さあ、明日に向かって、将来に向かって私と共に進みましょう」

一礼し、その場を離れて歩き出し、カメラとマイクの放送が終了していることを確認し、秘書官を呼ぶ。

「演説中になんだ。重要な演説と言うことくらい分からんのか」

「申し訳ありません。日本中で大変な事態が」

「私の演説で、占領が終わったことを知り喜んでいるのだろう。考えられることだ。それ位で騒ぐんじゃない」

「そうではありません。こちらに近づいている群衆の声をお聞き下さい」

そういって、岩倉を1階からの4階に連れて行き外を見せる。


首相官邸の回りの道路を群衆が埋め尽くし、大声で叫んでいる。

「成長いらない、生活返せ。岩倉いらない、日本を返せ」

岩倉は群衆をじっと見る。彼らの叫びも聞こえてくる。

「あいつらは何者だ。そうか、俺が追い出した政治家の連中が集めたのだな」

そう言った岩倉に秘書官がスマホを見せる。

「そうではありません。ここだけではないのです。全国です。これが北海道、これは九州です。名古屋も大阪も関東の各地もです。テレビも、これらの中継です。総理の演説中もでした」

秘書官はそう言って壁のスクリーンにテレビを映し出す。

テレビ局も始めは岩倉の演説を中継していたが、全国で群衆の騒ぎが始まると、上層部の指示を無視して、岩倉の演説を画面の片隅に置き、騒ぎの中継をメインにしていた。


岩倉はしばらくスクリーンに映し出されるテレビ画面を見ていた。

テレビからは群衆の叫び声と、アナウンサーの「全国で国民が立ち上がってます。総理の演説は誰も聞いていません」を繰り返している。

岩倉は、秘書官に、首相官邸の別室に待機させていた、自衛隊の西郷と警察庁の大久保を呼ぶように命じた。


現れた西郷と大久保に鬼のような形相で命じる。

「西郷、大久保、官邸の回りでそして全国で騒いでいる連中を、国家反逆罪ですぐに排除しろ。徹底的にだ。多少の犠牲が出ても構わん。いや、どれだけの犠牲が出ようと構わん。すぐに取り掛かれ」

岩倉はそう言うと、怒りにまかせた足音を立てながら、5階の執務室に向かう。秘書官が後を追う。


残された西郷と大久保は顔を見合わせる。

「どうする西郷さん」

「排除せよと言うが、自衛隊は岩倉さんの私兵じゃない。国民に銃を向けるわけにはいかない。それに、彼ら群衆は国家に反逆をしていると判断できるのか」

「警察も罪のない国民を取り押さえることは出来ませんよ。ただ、岩倉総理は我々に指揮命令権をお持ちですからね。」

「岩倉さんも日本を支配する無能な連中を排除するためと言いながら、結局、自分の邪魔者を追い出しただけだな。これが外国軍に日本を占領させてまでの目的だったのかと思うと正直納得できない。大久保はそう思わないか」

「ええ、私もそう思います」

外の声はますます大きくなる。

「成長いらない、生活返せ。岩倉いらない、日本を返せ」

西郷が祖声の方向を見ながらつぶやく。

「同じことを叫びたい自衛隊員が多いだろうな」

「国家を国民の集合体とするなら、国家を国民から奪い私物化し、国民に銃を向けろと指示する者こそ、国家反逆者と規定できるかもしれません」

大久保の言葉に西郷がゆっくり頷く。


西郷と大久保は、二人に同行していた陸自10名、警察官10名と、官邸警備隊、首相SPを呼び集める。

大久保が警察部隊に指示する。

「警察官10名は、国家反逆罪容疑で岩倉総理を確保すること。官邸警備隊は官邸を目指している群衆を阻止、首相SPは首相警備任務を解除、官邸警備隊に協力。

なお、岩倉総理確保において秘書官等の抵抗がある時は実弾使用を許可する」

続いて、西郷が陸自に指示する。

「自衛官10名は、警察官の岩倉総理確保を援護。抵抗者に対して実弾使用を許可。以上」

警察官、自衛官は、互いに顔を見合わせた後、西郷と大久保を見る。

二人が大きく頷くと、全員が整列し敬礼する。

警察官10名は拳銃、自衛官10名は自動小銃を抱え5階へ、官邸警備隊と首相SPは1階へ向かう。


西郷と大久保の二人が残る。

「大久保、この後どうする」

「外国の軍隊に国土を占領させてまでやろうとしたことを、西郷さんと私でやるしかないですね」

「岩倉さんは、結局私欲に走ったが、我々はそうはいかんな」

「そうですね。自衛隊と警察で、まず、私欲と保身だけの連中を官界と経済界から排除しましょう」

「政治家はどうする」

「岩倉さんでも結局私欲に走った。政治家は全部同類でしょうから、中央、地方を問わず権力から外します。自衛隊と、警察が直接統治することで」

「全国で騒いでいる群衆への対応は」

「元をつぶせば、収まるでしょう。我々が殺さずに置いたあの連中を、利用するか、潰すか、いずれにせよ、それで完了と考えています」

「分かった。それは大久保に任せる。私が必要な時は言ってくれ」

「はい、その時は御願いします」

しばらくすると、5階から拳銃のパンパンと言う銃声に続き、ダダダダという自動小銃の銃声が響く。


桂浜では坂本竜馬像の下に、武市と岡田が座っている。

桂浜の駐車場にいた群衆は人数が増え、やがて『成長いらない、生活返せ。東京いらない、四国を返せ』と叫びながら高知市街方面に向かって行った。

武市と岡田はこっそり抜け出してきたのだ。

岡田が疲れた口調で口を開く。

「1か月前も俺たちこうしたよな」

武市が海を見ながら応える。

「そうだよ。今までの人生で一番変化ある1か月だったな」

「1か月前から全て夢で、気が付いたら1か月前に戻ってたりして」

「そうそう。そんな気がするよ。ところで、坂本はどこ行った」

「スマホを差し出していた女性がいただろ。新幹線で写真を取った。

あの子と二人でどこかへ消えちゃったんだよ。

そしたら、それを見つけた榎本さんが鬼の形相で二人を追いかけて行ってさ。今頃坂本は殺されている頃じゃないか」

「相変わらずな奴だな。こんな騒ぎを起こした張本人なんだけどな」

二人は思わず笑う。

そこに、坂本が駆け込んでくる。

「やっぱり、ここにいたのか。いやあ、大変だったよ。榎本さんに本当に殺されるかと思った。もし、拳銃持ってたら間違いなく撃たれてたな」

「よく逃げられたな」と武市。

「逃げ足は速いもんでね」と坂本。

武市が岡田に冨野分屯地攻撃の時の坂本の逃げ足の話をする。岡田が笑いだし、やがて3人で笑い合う。


岩倉の演説の後静かになっていた駐車場のスピーカーから音声が聞こえてくる。

「臨時ニュースです。岩倉総理が、国家反逆罪で逮捕に向かった警察官に抵抗し、射殺されました。

繰り返します。岩倉総理が警察官に射殺されました」

「岩倉総理が死んだってよ。国家反逆罪で抵抗して」

岡田が興奮して言う。


「俺たちだって、もう死んだことになってるんだろ。国家反逆罪の逮捕に抵抗して。マスコミの発表なんか信用できないって。ずっと前からそうだよ」

坂本の言葉に岡田も落ち着く。

「そうだな。それじゃ死んだはずの俺たちはこれからどうする」

「実際は生きているからな。就職活動に戻るしかないだろ。四国でさ」

武市の言葉に坂本が反対する。

「四国、東京の方が良いよ。女の子も多いしさ」

思わず武市が叫ぶ。

「お前、よくそんなことが言えるな。東京いらない、四国を返せって言ったの坂本だろ」

「そうなんだよな。どうしてあんな事言ったんだろ」

「その言葉は他で言わない方が良いぞ。お前今度は国民みんなに殺されるぞ」

「そうだよな。多分疲れてるんだ。これからのことを考えるの後にしてさ、ここでしばらく休まないか」

「そうだな。ここで、休んでりゃ、また何か起こるかもしれないな。それまで休もう」

岡田の言葉で3人は黙って海を見る。


桂浜の大きな波が3人に向かい、寄せて引いていく。そして、さらに大きな波が寄せて来る。


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