第9話
1月16日の午後、坂本、武市、岡田の三人は新幹線で東京に向かっていた。
桂浜から大勢に見送られながら坂本の自動車で坂本の家に行き、そのまま3人で高知駅に直行、特急列車で岡山へ、そして新幹線に乗り込んだ。
3カ国軍に占領以降、山陽新幹線は新下関までとなり、運航も大幅に縮小、そのダイヤも乱れていた。3人は、ようやく乗り込んだ東京行き『のぞみ』の3人席に収まった。
「僕たちは有名人なんだから、この機会に就職できるんじゃないか」
窓側の席に座る岡田が、二人を見て嬉しそうに話す。
「あの歓迎を見ただろ。今や僕達は英雄扱いだから、きっと大丈夫さ」
真ん中の席の武市も嬉しそうに話す。
「だいたい、どうして俺が通路側なんだよ。俺は窓側が好きなんだ」
「うるさい奴だな。折角これからの楽しい話をしているのに文句ばっかり言うなよ。入った順に座ったんだからそれでいいだろ。普通、文句を言うのは真ん中の俺だろ」
坂本の文句に武市が返す。
「三人席の通路側が最悪に決まってるじゃないか」
「わかったわかった。後で代わってやるよ」
岡田が二人をなだめる。
「あのう、坂本さんですよね」
いつからいたのか、坂本のそばに立つ若い女性が坂本に話しかける。
「そうだけど。誰だったっけ」
坂本が、急に笑顔を作る。
「SNSで見てました。やっぱりかっこいい。そうすると、隣が武市さんで、向こうが岡田さんですね。
うわあ、3人そろってるんだ。ええっと、一緒に写真いいですか」
女性がスマホを取り出し3人に聞く。
「もちろんだよ。そんなに僕達有名なのかな」
「そりゃそうですよ。日本の英雄ってみんな言ってます」
「英雄。へえ。ほらもっと。僕に寄りなよ。僕の横に顔くっつけて」
坂本が、女性の肩を抱きよせ、頬がくっつくように顔を並べる。
女性は反対の手を伸ばし4人が入るようにスマホのボタンを押す。
いつのまにか、通路に人が集まっている。
そして、「握手して下さい」や、「写真いいですか」と順に3人に話しかける。3人共、うれしさを隠すことなく、笑顔で応じる。
一通り終わったところで岡田が坂本に話しかける。
「こんなに有名になってるとは思わなかったな。それじゃ今のうちに席代わろう」
「いや俺はここでいい」
「窓側が良いんだろ」
「いやここでいい。次に女性が来た時のこと考えるとここがいい」
「相変わらずだな。さっきの人とくっついてる写真を榎本さんが見たらどうなるか楽しみだな」
「止めてくれ。今はあの言葉を思い出させないでくれ」
その後も、時折、写真や握手に応じながら名古屋を過ぎたあたりで、3人とも眠気に襲われ出す。
「よく考えりゃ、俺たち年末からほとんどまともに寝てないんだな。眠いはずだ」
武市の独り言に合わせたように3人は深い眠りにつく。
しばらくした頃、全国のテレビ、ラジオ、ネットにニュース速報が流れる。
『駐留軍に攻撃を仕掛けた自衛隊の脱走兵の一部が、陸上自衛隊高知駐屯地を攻撃。交戦の結果、脱走兵は全員死亡』
『駐留軍に攻撃を仕掛けた自衛隊の脱走潜水艦が、瀬戸内海で海上自衛隊艦艇を攻撃。交戦の結果、脱走潜水艦は大破、乗員は全員死亡』
『駐留軍に攻撃を仕掛けた民間人3人に逮捕状。武器を所持してると思われるため近寄らないように(警察庁)』
3人が眠る車両でスマホを見た数人の乗客が怯えたように立ち上がり3人から離れ始める。
車掌とガードマンが車両の両方から入って来て、乗客に落ち着くようにと身振りで伝え、3人以外の乗客全員を無言で別車両に誘導する。
『のぞみ』が東京駅に到着しても3人は眠ったままだ。
しばらくすると、車掌の制服を着た目付きの鋭い男が近づき、3人を起こした。
「大丈夫ですか。もう東京駅に到着しました」
目を覚ました3人は車掌を見る。
「坂本様、武市様、岡田様ですよね。
実は政府の方々がお待ちです。
皆さまをお連れするように言われています。よろしいでしょうか」
「そうなのですか。いやあすみません。ちょっと、眠ってしまっていて」
武市が答え、席から立ち上がる。
坂本、岡田も立ち上がり3人は通路に出る。
「実は、皆様を御起こしするのが遅れたものですから、この列車に合わせてお待ちの方々をお待たせしています。
申し訳ありませんがお急ぎ頂けますでしょうか。
丸の内中央出口でお待ちです。ご案内しますので、お急ぎください」
そう言うと、車掌は小走りに走り出す。あわてて3人が続く。
丸の内中央改札を出たところで車掌は3人に出口へ急ぐよう促す。
3人は出口を外へ走り出た。
その瞬間、丸の内中央出口の両脇で銃を構えていた20人の警視庁特殊部隊(SAT)の20の銃口が一斉に火を噴いた。
「暗い。ここはどこだろう。そういえば、すごい音がして、ぱあっと光と煙が出て、体中に何かが突き刺さって、」
坂本は、真っ暗な中、自分がどのような状態なのか、目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
その時、ジジジと音がして急に目の前が明るくなった。
何人かの顔が見える。
「りゅうちゃん、だいじょうぶか」
「『聞いたことのある声、目の前に榎本さんがいる・・・』え、えのもとさん、僕はいったい何をしているの」
「大丈夫そうだね。さあ、起き上がって」
榎本に抱き上げられるように上半身を起こして、坂本は周りを見渡す。
袋のようなものの中に寝転がっている自分。
上半分のファスナーが開きそこから半身を起こしている。
横に同じように二つ袋があり、上半身を起こした、武市と岡田がこちらを見ている。
坂本、武市、岡田の回りには榎本や潜水艦で一緒だった海自の全員、近藤や土方、陸自も全員がいる。海自も陸自も制服じゃなく私服だ。
「みんないるんだ。松岡ちゃん、荒井ちゃん、甲賀ちゃん、根津ちゃん、小笠原ちゃん、古川ちゃん、浅羽ちゃん、沢ちゃん、森本ちゃん、西川ちゃん、私服だとすんごくかわいい。
沖田ちゃん、永倉ちゃん、斎藤ちゃん、山崎ちゃん、井上ちゃん、藤堂ちゃん、山南ちゃん、原田ちゃん、吉村ちゃん、島田ちゃんも私服ですんごくかわいい」
「いきなり、これか。まあ、元気そうで何よりだ」
榎本がため息をつきながら呟く。
坂本が、武市と岡田を見て急に驚いたように目を見張る。
「なんだ、おまえら、服が真っ赤だぞ。どうしたんだ」
「何言ってんだ、坂本。お前も自分を見てみろよ」
岡田の声に坂本は下を向いて服を見る。
『あ、何だこれ。そうだ、駅の出口から出た時、パンパンと音がして、体中に衝撃があって、そうか、僕は撃たれたんだ。
だから血だらけなんだ。やっぱり死んでたんだ。武市も岡田も一緒に死んじゃったのか。
そうか、ここは天国なんだ。
だから、みんな制服じゃなくて可愛い私服なんだ。ん、可愛いみんなや、榎本さんがどうしているんだろう。みんなも死んじゃったのか。どうして』
坂本がいろいろと思いめぐらしている時、坂本の前に二人の男が立つ。
一人は自衛隊の制服、もう一人は警察の制服を着ている。
警察の制服が笑顔で坂本に話しかける
「坂本さん、気が付きましたか」
「あなたは誰、地獄の鬼なの」
「はは、私は警察庁長官の大久保です。こちらは自衛隊幕僚長の西郷」
「西郷です」
「坂本さん、その赤いのは血のりです。血のりの袋が付いたゴム弾が、あなたや武市さん、岡田さんに命中した結果ですよ。あなた方を射殺した証拠が必要だったので」
「死んだ証拠」
「そう、あなた方が、アメリカ軍、ロシア軍、中国軍を攻撃したので、彼らは怒り狂ってましてね。我々臨時政府に徹底的な処分を要求して来ました。
そこで、ここにいる皆さん全員を我々が国家反逆罪、これは臨時政府発足に合わせて出来た法律ですが、これに基づき皆さんの捕縛に向かったところ、皆さんは武器を持って抵抗、やむなく交戦となり結果、全員死亡、と各国に報告、となったわけです」
「そうなんだよ」
近藤が話し始める。
「私達が駐屯地に着いたら、いきなり銃を突き付けられ、血のりを制服につけられて、全員寝転がされてさ、写真を撮られてそして着替えさせられて、トラック、輸送機、トラックでここまで連れてこられたんだよ。
土方だけはお前らと同じで制服じゃなかったから、ほら、服が真っ赤なままだろ」
土方が、赤く染まった服を見せる。
「私達も似たようなものだ」と榎本。
「みんなと別れてすぐに、本部から連絡が来て高知新港に着岸せよ、指示に従わない時は攻撃すると。
仕方がないので指示に従うと、そこで全員離艦、血のりを付けろ、寝転べ、写真だ、制服を脱げ、トラックに乗れ、高知空港で近藤達と一緒になって、輸送機で入間、そしてまたトラックで、ここだ」
西郷が近藤達や榎本達に顔を向ける。
「防衛省、自衛隊の発表はこうだ。陸自の隊員は、高知駐屯地で拘束に反撃し交戦の末、全員死亡。
海自隊員は、『みちしお』から下船を拒みこれも交戦となり全員死亡だ。
まあ、君たちは、国家反逆罪でなくとも自衛隊法違反で処分対象だがな」
大久保が続ける。
「そして、君達民間人は、東京駅で拘束に対し武器を持って抵抗、やむなく警視庁警官と交戦となり死亡が確認されたということです」
榎本が西郷の前に一歩出る。
「質問してもよろしいでしょうか」
西郷が頷くのを見て続ける。
「私達の攻撃に対する、外国軍を納得させるためと言うのは分かりました。しか私達は全員生きています。その理由を教えて下さい。
そして、民間人を含め私達をこれからどうするおつもりでしょうか」
「それは私から説明しましょう」
大久保が、榎本を、そしてみんなを見る。
「あなた達を死んだことにして、3カ国を納得させる。
これは、臨時政府の岩倉総理の指示です。
あなた達は知らないでしょうが、国民の間ではあなた達を賛美する声が非常に大きい。
全員を死亡させたとなれば臨時政府への反発が大きいだろうと総理は判断されました。
そこで、3カ国へは全員の死亡を写真とともに提示したのですが、国内へは画像なしのニュースだけ。そして、SNSで全員生きているらしいと流しています。
そしてあなた達は姿を隠し生死不明となっています。
国民の反発、動揺が大きいまま続くなら、3カ国の占領終了後に姿を現してもらう。それが総理のお考えです」
「国民の反発、動揺が早々に収まってしまえば私達はどうなるのでしょうか」
「まあ、その時はその時に考えましょう。とにかく、当面を第一に考えませんか」
「分かりました。それではどのように身を隠すのでしょうか」
「皆さんには、外国軍非占領地の四国に行っていただきます。いくつかの自衛隊駐屯地に分かれてです。
そこで、一人づつ我々の監視の元で当面過ごして頂きます。互いの連絡も禁止します。
また、なにか企まれると困りますから。それぞれが、四国のどこかは教えられません。理由は同じです。よろしいですか。それでは直ちに出発しましょう。
もうお分かりでしょうが、皆さんのスマホは回収済みです。
26台の自衛隊のトラックが用意してありますのでそれぞれに1人ずつ乗車ください。荷台側です。自衛隊の監視が3名ずつ付きますので。逃げ出そうとなど考えないことです。
その時は本当に死ぬことになりますから」
大久保は西郷を見る。西郷は頷き手を上げ合図をする。数十人の自衛隊員が現れ、一人ずつ連れて行こうとする。
突然、坂本が叫ぶ。
「ね、みんな。僕達バラバラになって、もう会えなくなっちゃうかもしれないけれど、僕たちの旅のことは忘れないでおこうね。
あの旅の始まりと終わりは覚えておこうね。絶対だよ」
全員が、思い出したように目を開いた後、互いにかすかに頷く。
それに構わず、自衛隊員が、一人一人順に連れていく。最後に、武市、岡田、坂本が連れられて行き、大久保と西郷だけが残る。
「今の最後の言葉は何か意味があるのか」
西郷が大久保に尋ねる。
「さあ、あの男の言うことに意味があるとは思えませんね。それより、死体の搬出が完了したと、岩倉さんに報告しなければ」
大久保は西郷を促しその場から去って行く。
3カ国の占領から1ヵ月もたたない1月下旬、突然、北海道からロシア軍が撤退を始めた。
ロシアはアメリカ軍に対応するため中国軍の誘いを受けて北海道占領に踏み切ったのだが、ウクライナとの戦争や旧ソ連諸国との領土紛争、国内の混乱などで経済も軍も疲弊しており、北海道の占領は現実的な利益目当てでもあった。
しかし、日本で20年前から続く、政府、日銀による人為的な円安は、一部の企業を潤しただけで、輸入物価の高騰が国民を苦しめており、中でも畜産農家の疲弊は、北海道の地域経済を破綻させていた。
ロシアは、北海道の公的機関や金融機関から現金を拠出させたり、農業関連の倉庫から農産物を運び出したりしたが、軍の駐留経費が賄えなくなり、かき集めた農機具を船に積み込み突然撤収した。
驚いた中国は、ロシアを引き留めようとしたが、駐留経費を要求され、あきらめざるを得なかった。
実は中国も、占領を続けることに躊躇し始めていた。占領の目的には、米軍や自衛隊の兵器の調査や、先端産業技術の取得があったのだが、米軍の最新兵器はどこにもなく、自衛隊の兵器も残されているのはガラクタばかり。
九州の自動車工場や半導体工場も中国から見れば世代遅れのものばかりで得られたものは何もなかった。
中国はアメリカに、「アメリカが引き上げるなら中国も引き上げてもよい」と伝えた。
これは、アメリカにとって渡りに船だった。占領後の調査で、日本政府の負債は公表されているどころではなく、簡単にアメリカが助けられるレベルではないと分かる。
日本国民はアメリカ軍を歓迎などせず、自衛隊、警察も非協力的。
1月9日の自衛隊員脱走兵によるアメリカ軍への攻撃時も、国民は脱走兵を応援した等、現地の部隊の不満も高まっている。
なにより、岩倉だ。
政界、財界、官界から保身目当ての無能な連中を一掃するため、アメリカ軍の占領が必要と言ったにもかかわらず、いざ臨時政府の首班となると、占領軍に相談なく、政界からは明らかに有能と思われる者も含む政敵を一掃、財界へは多額の献金を求め拒否した経営者は追放、官界もすり寄ってきた者を優遇、結局、有能な人間はさらに減り、保身だけの無能な連中がより増えたように見える。
何度も占領軍は岩倉に体制見直しの経緯や予定の説明を求めたが、いずれ報告するとの回答しか返ってこない。
アメリカ占領軍司令官はアメリカ政府に報告書を送った。
「この国がダメになったのはなるべくしてなっており、今後も改善の見込みはない。
国民の一部に変化の兆しはあるが、我が国にとって良い変化となるか分からない。
多国間の秩序維持のためであれば別だが、この国の要請による占領は我が国にとって利益にならない」
アメリカ政府はこの報告を受け、日本からの撤退を考え始めていた。
そこにロシア軍の撤退、それに続く中国からの同時撤退提案があり、中国との協議を開始、2月1日までに両国軍を引き上げることで合意した。
それを聞いた岩倉は、「そう決めたのなら仕方がない」と特に驚く様子もなかったと言う。
そして、「2月2日の朝8時から全国に向けて演説をするのでその準備するように」と担当部署に命じた。
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