第8話
半年前の2029年6月1日、副総理兼防衛大臣兼国家公安委員長の岩倉は、東京港区赤坂のアメリカ大使館で駐日アメリカ大使ハリスに二人きりで向き合っていた。
「大使に正直に話す。このままでは日本は破産、いや破滅する。国債のデフォルト、ハイパーインフレだけではない。
恥ずかしい話だが、我々では対応できないのがはっきりした。
10年以上の間、政府、日銀が金をばらまき、金利を失くし、円安にし、株価を吊り上げ、ぬるま湯のような経済、政治を続けた。
その結果、議会も役所も企業も無能な連中が支配する状態になった。
環境が厳しいと有能な人間が必要となるが、何もせずともそれなりに運営できれば無能な連中が権力を握る。
権力を握った無能な連中は、有能な人間を排除し、ごますりに集まった取り巻きの中から、より無能な奴を後継に据え自分の権力を守る。
今の日本ではこの無能の連鎖が政治家、官僚、企業経営者の全てで進んでいる。
私は、もう、日本は自力で立ち直れないと判断した。連中を一掃し、有能な人間を登用する必要がある。
そこで、アメリカにお願いがある。1945年のようにアメリカ軍の軍政のもとで解決できないだろうか」
「いきなり大変なお話ですね。岩倉さん、今の話は、政府の決定ですか」
「いや、今言ったように、政府も無能な連中の集まりだ。私の考えだ」
「あなたも、その政府の一員でしょう。
影の実力者と呼ばれ、自衛隊や警察を握っている岩倉さんなら、御自分が全権を握り解決することが出来るのじゃありませんか」
「あなたがどう見ているかは知らないが、私は政府から排除されている人間だ。
自衛隊や警察の現場の指揮官連中の支持があるので、副総理兼防衛大臣兼国家公安委員長になっているが、誰も私の言うことなど事を聞かん。防衛省や警察の官僚どもは私など無視だよ。
いや、全省庁や日銀の官僚、各政党や法曹界、学界、大企業、マスコミ、これらの幹部、いわば無能の連鎖の連中全部がだ。
地方の三流私大出で現場たたき上げ、地位より国家を大切にする私など異物なのだよ。
名門出身で東大首席の三条首相が私を気に入っているから私にも頭を下げとるだけだ。
私が強引に事を運ぼうとすれば、奴らは結束して妨害し私を追い出すだろう。奴らは間違いなくそうする」
「それは、アメリカ軍に対しても同じでしょう」
「いや、あいつらは、絶対的な力には驚くほど弱い。太平洋戦争後の占領軍には妨害どころか下僕のようにふるまった。そういう連中なのだよ。だから、こうしてあなたに頼んでいる」
「三条首相も賛成なのでしょうか」
「三条にはまだ話していない。今の彼はとても相談できる状態ではない。
何人もの保身だけの無能な連中、国会議員や官僚や、企業経営者、学者どもが、三条の所へ押しかけてそれぞれ勝手なことを言い、三条は倒れてしまった。
ああ、三条が倒れたのは、ここだけの話にしてくれ。ともかく、私の考えをアメリカで検討してもらいたい。出来るだけ早く返事が欲しい」
「ともかく、岩倉さんからこんな話が来たと本国へ伝えます。アメリカも今の日本の状況は理解しています。
とはいえ、軍政の依頼とは驚きです。マッカーサーも生きていたら驚くでしょう。関係する各国各所との調整も必要となるでしょうから、すぐに結論が出るか分かりませんが」
「よろしくお願いする。アメリカ軍も自衛隊が手に入れば喜ぶのじゃないか。
アメリカのもとでこの国、日本を正常な国にし、再び大きく成長させたいのだ。きっと国民もアメリカ軍を大歓迎するだろう」
ハリス大使は岩倉の話をまともに受け止めなかったが、日本の実力者としてアメリカにも知られている岩倉からの話なので、本国政府に伝えることだけは行った。
しかし、この話にアメリカ政府、アメリカ軍とも乗り気になった。
アメリカ軍は自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ることで軍の大幅な増強が可能になり、増強著しい中国軍への対抗策となると考えた。
また、このまま日本経済が衰えると中国経済圏やインド経済圏がアジア太平洋地域で支配的になると危惧していたアメリカ政府も、日本の経済を立て直す機会と捉えたのである。
EU各国やイギリスも賛成した。
ここ数年、日本は経済の混乱から抜け出せず各国に支援を要請する状態になっていたが、どの国も、自国で手いっぱいであり、アジアの東端の国に関わりたくないと思っていた。
この際アメリカに任せられるならその方がありがたいと考えたのだ。
しかし、中国、ロシアからは猛烈な反対があった。
日本がアメリカの軍政下となりアメリカ軍と共に核が装備されれば、中国、極東ロシアにとって喉元に刃となる。
アメリカ軍が日本を占領するのなら、中国防衛のため九州、沖縄は中国軍に占領させろと要求した。
ロシアも北海道の占領を要求した。
アメリカ政府はそれを了承する。
日本の経済状況を調べるに従い、その負担の大きさが明らかになってきたため、軍政の地域の範囲を削減し、経済的な負担軽減を狙うとともに、防衛範囲を本州に限り陸続きに抑えることで防衛負担も抑えられると判断したのだ。
そして、占領開始までに九州、沖縄、北海道から米軍基地を撤去し、この地域の自衛隊の隊員、兵器を秘密裏に本州に移すと決めた。
アメリカは、中国、ロシアと、両国の要求を認める前提で交渉を続け次の内容で合意した。
・本州をアメリカ、九州、沖縄を中国、北海道をロシアがそれぞれの軍の軍政下に置く。互いに他占領地域に侵攻しない。
・各国の軍政は2030年1月1日に開始する。
・日本の警察他統治機構はそれぞれの占領地域軍の指揮下に入る。
・自衛隊は2029年12月31日、一時的に解散し、2030年1月1日各占領軍のもとで再編される。
四国について話題にはならなかった。アメリカも中国も、地政学的にも、経済的にも興味を示さなかったのだろう。
アメリカ政府は、これを岩倉に告げる。
岩倉は、北海道がロシア、九州、沖縄が中国に占領されることに驚き、見直しを求めたが、アメリカは応じず、この案がだめなら一切手を引くと脅した。
岩倉は「私の依頼であることを伏せる」と条件を付けて承諾した。
そして、2030年1月1日を迎えた。中国軍とロシア軍は前日の自衛隊の一時解散を信用せず、自衛隊基地を攻撃した後、それぞれの担当地域を占領した。
アメリカ軍は1月1日に本州の全ての自衛隊基地、駐屯地に進駐、自衛隊員を撤去させた。あわせて、同日中に警視庁、各府県の警察本部も指揮下に置いた。
そして、翌日には、首相官邸、国会議事堂、主な政府機関、マスコミ各社に米軍が進駐、全閣僚の辞任、国会の解散、マスコミの報道規制を命令、引続き、岩倉を首班とする臨時政府の樹立を指示した。
臨時政府は、2030年1月8日に発足、当日の午後8時から、岩倉が、今回の経緯、目的を北海道、九州、沖縄を含む国民にテレビ、ラジオ、ネットで臨時政府樹立の演説を始めた。
「国民の皆さん、今回、日本を立て直し、再び成長させるため、一時的な非常手段を行いました。
現在の日本は皆さんもご存じの通り、これまでの政府、日銀の大きな失政や、大企業経営者の怠慢などにより、大変なインフレ、大不況に陥っています。
日本だけの力ではとても立て直しが出来ない状況です。
そこで、一時的に、アメリカ、中国、ロシアの力を借りることにしました。
繰り返しますが、これは、この国を立て直し、再び大きく成長する国にするためです。国民の皆さんは今まで通りの生活を続けて下さい。
彼らの力を借り、この国を衰退させた輩から国の運営を取り戻します。
占領軍が国民の皆さんを攻撃することはありません。間違っても彼らに反抗しないでください。もしそんなことになれば、内乱となり、新しい国作りが出来なくなります。
皆さんの将来、国の未来のため協力をお願います。皆さんと一緒に、この国を再び大きく成長する正しい国に戻そうではありませんか」
その翌日の1月9日午前4時過ぎ、青森県海上自衛隊竜飛警備所駐留米軍から、ロシア軍の攻撃を受けていると東京の米占領軍本部に連絡が入る。
同時刻山口県海上自衛隊下関基地駐留米軍からは中国軍の攻撃と緊急連絡。
両駐留米軍は北海道のロシア軍、九州の中国軍への反撃許可を求めてきた。
米占領軍本部は急遽全占領米軍に攻撃準備を指示すると同時に、ワシントンの国防総省へ連絡、攻撃許可を求めた。
米国防総省はその頃、ロシア政府、中国政府双方から、北海道の駐留ロシア軍、九州の駐留中国軍が、日本の駐留米軍から攻撃を受けている、約束違反のため、反撃し本州に進軍も辞さないと強い申し入れがあった。
急遽、日本の占領米軍に事態を確認しようとしていたところ、逆に、ロシア軍、中国軍から攻撃を受けたため反撃許可を求める連絡が来たのだった。
アメリカ国防総省は、このままでは、核保有3カ国の戦争に発展しかねないと判断、アメリカ国防長官が、ロシアの国防相、中国の国防部部長にホットラインで連絡。
3カ国とも自ら攻撃する意思のないことを確認。
それぞれ反撃を行わず、事態を拡大させず、状況を確認することで一致した。
この結果、各国から日本の駐留軍に反撃中止の指示が出たが、各現地軍は臨戦態勢を継続した。
それから1時間もたたないうちに、3カ国の日本占領軍は、SNS上に自衛隊の制服の数人が、松前警備所、竜飛警備所、下関基地、冨野分屯地を攻撃した後、逃げていく画像や動画を見つけたのだった。
それが6時。
米占領軍は、7時に岩倉をアメリカ占領軍本部のあるアメリカ大使館に呼びつけ、動画を見せ、「この反乱部隊を拘束し、しかるべき処置を行いなさい。
あなたたちで出来ないなら、アメリカ、中国、ロシアの3カ国軍が実施する」と書かれた米中ロ3軍連名の通達文を突き付けた。
岩倉は、警察庁長官の大久保と自衛隊統合幕僚長の西郷を呼んだ。
大久保は京都府警本部長からの抜擢、西郷も中部方面隊総監からの抜擢である。岩倉は、地盤の京都で、大久保、西郷と今回の計画を練ってきた。
岩倉は二人に小声で指示を与えた。
頷いて出て行こうとする二人を呼び止めた。
「いいな。アメリカ軍や国民にははっきりとわかるようにするのだ。
その後の処理は直接お前たちがやれ。他に絶対に漏れないようにな」
「分かりました」
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