第4話

折戸海岸に上陸した4名は、暗闇の中、武器弾薬を抱え身をかがめ海岸から道路へ出る。人の気配が全くないのを確認し、道路を越えたところで、4人が集まり近藤がスマホを出す。

「スマホってのは本当に便利だな。これで現在位置が確認できる。それじゃ計画通り松前高校を目指そう。9日の4時前まで待機するために利用する。始業式前だし、ロシア占領下で部活も無いだろうから、大丈夫なはずだ」


その時道路を歩く数人のかすかな足音が聞こえる。あわててスマホを消し4人は雪が数センチ積もった草むらに身を伏せる。

3人の男が海岸を懐中電灯で照らし、海岸に向かって小声で呼びかけながら歩いてくる。4人に近づくにつれて3人の声がはっきりと聞こえる。


「自衛隊の近藤さん。いませんか。自衛隊の近藤さん、いませんか」

草むらに隠れる3人がそっと近藤の顔を見る。近藤が目で3人に目で動くなと合図し腰から小銃をゆっくり取り出す。

「青森の吉村から連絡を受けた陸奥です。体育大学の卒業生です。近藤さんあなたを手伝いに来ました」


近藤は小銃を手に3人にそっと近づく。一番後ろを歩いている男の片腕を取り後ろにねじ上げ小銃を首に突きつける。 男が「イタタ」と声を上げる。

近藤は「声を出すな」と言うと同時に、振り向いた二人に銃を向ける。

「私が近藤です。声を出さないように。手をゆっくり上に挙げて下さい」

懐中電灯を持ったままの手を上げようとして光が上を向く。


「明かりを消して」

近藤が短く指示する。二人は慌てて明かりを消し、手を上に挙げる。

「どうして私がここにいることを知っているのですか」

「私は陸奥と言います。体育大学の卒業生です。津軽にいる大学の先輩の吉村さんから先程連絡がありました。


在学生の岡田君がこれから竜飛に来る。彼のやろうとしていることに協力するつもりだ。お前も松前の折戸海岸にいる自衛隊の近藤さんを見つけて協力しろと。

それであわてて、弟二人と探しにやってきたのです。私達はあなたたちの味方です」

近藤の問いに、手を上げたままの1人が答え、他の二人も首を縦に振る。


近藤は、岡田が青森の津軽の先輩に連絡すると言っていたことを思い出し、小銃を腰に戻し、ねじ上げていた腕を離す。

「そうですか、岡田の先輩ですか。岡田のこともよくご存じなのですね」

「私も応援団にいたので、岡田君とはOB会で2,3度会っただけですが、津軽の吉村さんには学生時代からお世話になっています。


吉村さんから言われてと言いましたが、実はこの話を聞いた家の親父が何としても手伝えと。親父は元自衛官です。

吉村さんからは2、3日匿えと言われていますのでぜひ家に来て下さい。大丈夫です。親父も是非にと言っています。さあ行きましょう。ええっと、近藤さん一人ですか」

「いえ、後3人います」


近藤がそう言って、暗闇に向かい「こっちへ」と声を出す。

3人が音もなく現れ近藤の後ろに揃う。近藤が目配せすると3人は銃を構える。

「あなた方を疑うわけではないのですが確認させて頂きます」

近藤はそう言って、スマホを取り出し電話をかける。しばらくしてつながったのか話し出す。


「仁蔵さん、そう、近藤。まだ潜水艦なのね。今、青森の吉田さんから連絡を受けた陸奥って人と話してるんだけれど信用していいの。そうわかった。折り返し待ってる」

そのまま、数分が過ぎる。近藤のスマホが震える。

「はい近藤。そう、分かった。ありがとう。そっちも気を付けて」

近藤は銃を構えている3人に合図をし、3人は銃を降ろす。

「こういう状況なので一応確認させて頂きました。申し訳ありませんでした。我々は4人です。3日ほど匿って頂けるとありがたいです。皆さんに会わなければ松前高校に隠れるつもりでした」


「あぶない、あぶない。松前高校は毎日ロシア兵が見回ってますよ。私らの家は館浜だからロシア兵はいない。大丈夫です。そこに車を止めています。さあ行きましょう。と言ったけれど、軽で7人は無理か」

陸奥はそう言って、まだ震えている二人の弟を見る。

「お前らここで待っててくれ。この人たちと家に送り届けたらすぐに戻るから」

二人が、うんうんと頷くのを見て、陸奥は近藤達に、この先に車を止めてあるからと言って歩き出す。


軽自動車は前に近藤、後ろに無反動砲や機関銃、弾薬を膝の上に抱えた3人を詰め込み走り出す。窮屈そうな3人を見て近藤が弾薬の一つを持つ。

「館浜はすぐです」

陸奥がそう言っている間に道路沿いに集落が現れ、山側に入ったところの一軒家の前で車を止める。

陸奥は車から降り小走りで一軒家の玄関の引き戸と奥のドアを開き中に声をかける。


「父さん、連れてきたよ。近藤さん達4人だ」

陸奥はそう言うと車の所へ戻り、車の中にいる4人に、父が中にいますから、どうぞと言い、4人が降りるのを待って、弟たちを迎えに行きますと再び車を走らせる。


近藤達が周りを警戒しながら一軒家の玄関に近づくと、中から引き戸が開き一人の初老の男が顔を出す。

「寒いだろう。早く入りなさい」

近藤は一瞬躊躇したようだが、失礼しますと言って素直に中に入り、永倉、斎藤、山崎が武器弾薬を抱え後に続く。

「陸上自衛隊、高知駐屯地の近藤です。これらは、同じく高知駐屯地の永倉、斎藤、山崎です。現状が把握できていませんので階級は省略します。そういう意味では陸上自衛隊、高知駐屯地所属だったと言うべきかもしれませんが」

「まあ、ともかく上がりなさい」

家の中は十分温かい。近藤達4人はしばらく考えた様子だったが、やがて、武器弾薬を置き、防寒ジャケット、半長靴を脱ぎ玄関から上に上がる。


防寒ジャケットを手に持ち、無反動砲、機銃、弾薬箱2つを持った4人は中に入り、男性に促されソファーに座る。

「あんたらだけでロシアと戦おうと言うのかい」

「いえ、詳しくは話せませんが、戦うと言うより、追い出す仕掛けをすると言うことです」

近藤が男の問いかけに言葉を選びながら答える。

「そうか。ああ、申し遅れた。私はあんたたちを迎えにいった3人の父親で陸奥宗男と言うものだ。若いころ3年ほど、自衛隊にいて、その後親父の後を継いで郵便局長を35年務め3年前に定年で辞めた。

女房を10年前に亡くした後は息子3人と男所帯さ。そこでだ、自衛隊にいた人間として聞きたい。どうして、自衛隊は反撃せんのだ。どうなっとるんだ」


「自分たちよく分からないのですが、今日の0400に北部方面隊、西部方面隊で至急基地駐屯地から退去し、その後、ロシア軍に従えと、緊急命令があったとの噂を聞きました。

海自、空自にも同じような命令があったのではないかと。あ、西部方面隊は中国軍にですが。高知では0530に戦闘準備、待機命令が出た後、突然、0900に武装解除、駐屯地から退去、アメリカ軍の指示に従うよう命令が出て、自分たちにも何が何やら分かりません」


「そうか、あんたらじゃよくわからんか。そうすると、あんたらは命令なしに何かしようと言うのじゃな」

「そう、命令なしです」

「潜水艦で来たと聞いたが、それも命令なしか」

「はい、それも命令なしです」

「そうか、それはおもしろい。あんたらに協力するよ。もうしとるがね。それでわしらは何をすればいい。さっきも言ったように元自衛隊員だ。機銃位撃てるぞ」

「いえ、それは結構です。そのかわり、よろしければ、2,3日匿ってもらえないでしょうか。それと、青函トンネルにこっそり入る方法があれば教えて頂けるとありがたいのですが」

「3日でも10日でもいてくれ。客も来ないようにする。青函トンネルの入口は昔工事に関わった者に聞いてみよう」


表に車の止まる音がし、ガラガラと戸が開く音に続き先程いた3人が部屋に入ってくる。

「帰ったか。この人たちのこと誰にも気づかれなかっただろうな」

父が息子たちに声をかける。

「大丈夫だよ。で、この人たちどうする」

「ここにいてもらう。つまり、わが家で匿う。2,3日だそうだ。いいな」

父親、宗男はそう言って。近藤達を見る。

「3人の息子だ。上から、和夫、郁夫、康夫だ。何か必要なものがあったらこいつらに言ってくれ。食事もこいつらが用意する。ゆっくりしてくれ」

近藤達もそれぞれ名前を名乗り3人に頭を下げる。


父親が息子たちに向かい言葉を続ける。

「この人たちがいる間は、客が来ても入れるな。いいな。それから、この人たちが風呂に入る時は、お前たちは家から出て車にいるように。わかったな」

「父さんはどうするんだい」

「わしはもうじじいだから、いてもかまわんだろ」

「お父さんも車に出ていてください」

近藤達4人が声を合わせて叫ぶ。

息子たちが近藤達の軍靴を部屋に持ち込み玄関から痕跡を消した。

次の日に数人の客が来たが、父親や息子たちがうまく対応し近藤達が気付かれることはなかった。


8日の昼過ぎ、大型の車が止まり、数人の足音に続き玄関の二重ドアを乱暴にたたく音と日本語でない大声が響いた。

近藤達と話していた和夫が小声で話す。

「ロシア兵だ。僕が相手するから、あなたたちは出てこないように」

近藤達は身をかがめそっと小銃を取り出す。

和夫が玄関の扉を開けると、3人のロシア兵が入って来て大声で何かまくしたて、さらに軍靴のまま中に入ろうとする。和夫が手を広げそれを押しとどめると、ロシア兵の1人が銃を構える。

近藤達が小銃を構え出ようとした時、家の奥から出てきた父親が近藤達に待てと合図し玄関に向かう。

父親がロシア兵たちにロシア語で何か言い、1万円札数枚を見せ、ロシア兵の1人に握らせ握手する。銃を構えていたロシア兵も銃を降ろし父親と握手し3人のロシア兵は去って行く。


玄関の鍵を閉め、二人は近藤達の所へ来る。

「怖かったよ。撃たれるかと思った」

血の気の無くなった顔で震えながら話す和夫に父親が言う。

「奴らは家の中から金目の物を持ち出そうとしてたのさ。現金の方が良いだろって渡したら喜んで帰ったよ。あちこち回ってるんだろうな」

近藤が小銃を仕舞いながら父親に聞く。

「陸奥さんはロシア語が話せるのですか」

「自衛隊にいた時少しかじっただけ。今はやらないのかね」

「はあ、我々は」

「しかしなんだな。奴ら3人で動き回っとる。あんたら以外の自衛隊は何をしとるんだろうな」

「申し訳ありません」

近藤達4人が申し訳なさそうに頭を下げる。

「まあ、あんたらのせいじゃないんだが」


その日の夜23時頃、近藤達4人のスマホにショートメールが入る。

『予定通りだよ。3時半にもう一度連絡するね』

「坂本さんからですね。本物ですよね」

永倉が近藤を見て言う。

「大丈夫だろう。榎本さんの番号やアドレスは把握されているかもしれないから、坂本のスマホからにしたのだろう。内容も坂本らしいしな。さあ、用意しよう」

近藤は、奥の部屋にいた、陸奥一家4人の所へ行き、今日の深夜に出発すると伝える。

「そうか、息子に車で送らせよう」

「いえ、大丈夫です」

「いや、この辺りは家も多い。夜中とはいえ人目に付くかもしれん。人気のないところまで車に隠れていきなさい」

「そうか。分かりました。おっしゃる通りに致します。私たちを探しに来た、折戸海岸まで0200頃お願い出来ますでしょうか」

「和夫、送って聞け。気を付けていきなさい」

「ありがとうございます。それと青函トンネルに入る方法は見つかりましたでしょうか」

「青函トンネルはロシアの占領から列車は通っていない。入口はロシア軍が配置されているそうだ。だが、吉岡の作業抗入口は誰もいないと言うことなのでそこが良いだろう。今は閉鎖されているが入口の鍵を持っている者に話を付けてある。これから連絡するが何時頃に待てばいいか」

「吉岡の作業抗入口はどのあたりですか」


近藤が腰のポケットから地図を取り出し広げて見せる。

「ええっと、ここだな」

「側道を抜けて、ここ山越えは無理ですか」

近藤が白神岬辺りを地図で指さし陸奥に聞く。

「山越えだって。そりゃ無理だ」

「そうなると、国道を通って15キロ、3時間。0700には着くと思います。その時間で伝えて頂けますか」

「0700って、あんた、もう明るいぞ。大丈夫なのか」

「しかし、仕方がありません」

「7時の3時間前、4時か。折戸海岸辺りで4時に『こと』を起こす、そうか、あんたらは松前警備所を狙っているのか。青森側の青函トンネル出口は竜飛警備所。

なるほど、両方を同時に攻撃してアメリカがロシアを、ロシアがアメリカをそれぞれ攻撃したように見せかけ、ロシアとアメリカを戦わせようと言うことか。わずかな人数で出来ることを考えたわけだ。どうだ、そうだろう」

「申し上げられません」


「いいか、松前警備所には数人しかロシア兵はいない。反撃もほぼ無いだろう。しかし、攻撃を受けたと連絡が入れば、千歳辺りにいる航空機やヘリもすぐに来る。

知内町にいる青函トンネルを守っているロシア兵も来るだろう。あるいは、松前高校にもまだロシア兵がいれば駆けつけてくる。3時間も国道をうろうろしていたら間違いなく見つかりあんたら全員捕虜か死亡だ」

陸奥はそう言って、近藤達4人をじっと見つめる。

「それじゃ、攻撃後ここでもう2,3日匿って頂くと言うのは」

近藤が不安げに陸奥にささやくように言う。

「そりゃだめだ。ロシア兵がこのあたり一帯を徹底的に家探しする。逃げられん」


近藤達4人は無言で俯く。近藤が意を決したように言う。

「仕方がありません。我々は命を捨てる覚悟が出来ています」

近藤の言葉に残る3人も顔を上げ頷く。

「そりゃ違うだろ。アメリカが攻撃したように見せるのに、日本の自衛隊の攻撃と分かってしまうじゃないか。あんたらが死ぬと言うことは作戦が失敗すると言うことじゃないのかね」

陸奥の言葉に、4人は再び下を向く。

「よし、わしも行こう。いや、あんたらの攻撃に参加はしないが、わしも車を出し、和夫の車と2台であんたらを拾って吉岡までぶっ飛ばそう。10分はかからない。地図を見せなさい」


近藤が手に持っていた地図を陸奥に見えるように広げる。

「松前警備所を松前港側からまず攻撃する。さも海から来たようにな。そして攻撃後、こう、港側を回って国道へ抜ける。わしらの車は国道のここで待ち、あんたらを乗せて吉岡へ突っ走る。

警備所のロシア兵は海から攻撃され海へ去って行ったとまず報告するだろう。航空機やヘリ、応援部隊もまず海を探すだろう。その間にあんたらはトンネルの中に入ってしまうと言うのはどうだ」

「了解しました。それで行きましょう。でも、その後、陸奥さんと和夫さんは大丈夫でしょうか」

「まあ、国道は戻れんだろうから、木古内を回って戻るさ。心配しなさんな」

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