第5話
そのころ、青森側では坂本のショートメールを受けて、竜飛漁港外れの一軒家で、岡田と沖田、井上、藤堂、それに岡田の大学の先輩、吉村と吉村の仲間の3名が机に開かれた地図でこれからの作戦を確認していた。
「ロシア軍が竜飛漁港に上陸し階段国道を通って竜飛警備所を攻撃する、これを偽装します」
沖田の説明に全員が頷く。
「俺たち4人はここを出て青函トンネル記念館に車で向かい岡田達4人を待つ。アメリカ軍の占領から閉鎖中の記念館の鍵もここにある」
吉村が沖田を見て鍵を見せる。
その時、岡田のスマホが震える。
「ユミからだ」
そう言って通話を始める。
「うん、そうか。ちょっと待って皆にも聞いてもらうから。ユミ、いや近藤からです」
岡田がスマホを机に置く。
「近藤です。作戦実行の最終指示後、0400作戦実施、0430には青函トンネル北海道側斜坑に入る予定です。榎本さんにも坂本へのショートメールで連絡済みです。そちらの状況を教えて下さい」
沖田がスマホに向かって話す。
「私達は岡田さんの先輩である、吉村さんと他3名の支援者の方々と共に竜飛漁港近くにいます。竜飛警備所までは約300メートル。山道、ええっと何とか国道、えっ、そう階段国道から途中で抜け、竜飛警備所の横っ腹100メートル地点からハチヨンで攻撃、これを竜飛岬ひがし海上からの攻撃に見せ、その後上陸部隊がミニミ連射したと思わせよう考えています」
「わかった。退去方法はどうなる」
「我々の攻撃地点から約800メートルの青函トンネル記念館、これは現在閉鎖中とのことです。ここに吉村さん達に事前待機頂き、攻撃15分後までに我々が到着、竜飛斜坑へ入り隠れます。
斜坑入口の鍵は吉村さん達が手に入れてくれました。我々が斜坑内に入った後吉村さん達は車で間道を抜け今別へ、そこの仲間の方に家に入るとのことです」
「分かった。我々は坑道を竜飛に向け進む。確認していないが、200メートル1000段の階段を降り、約20キロトンネルを歩き、そして、1000段くらい階段を登ることになりそうだ。途中仮眠もとる。
もし、11日の『みちしお』回収連絡までに到着しなかったら、お前たちだけで戻ってくれ。それでは、0330の最終連絡後、両部隊は行動に移る」
「私達は、近藤さん達が作戦を完了させ必ずこちらに来ると信じ待っています」
「うん、私もそちらの作戦の成功を信じている。えっと、あの、それでな、えっと」
「岡田さんですね。大丈夫です。我々が必ず守ります」
「いや、あの、よろしく頼む」
岡田が、スマホに向かって話す。
「僕は大丈夫だから。ユミも気を付けて。待ってるから」
青森、北海道両方から笑い声が出る。沖田も笑いながら話す。
「近藤さん。竜飛斜坑に二人のための個室探しておきますよ」
「ばか。ともかく、お互い無事に作戦を完了させよう。頑張ってくれ」
その言葉で近藤がスマホを切る。
海上自衛隊呉地方隊第一練習潜水隊所属練習潜水艦『みちしお』は、松前で4名、竜飛で4名を上陸させた後、日本海を南南西に進んでいる。日本海に入ると、アメリカ、ロシア、中国の艦船だけでなく、韓国や北朝鮮の艦船、潜水艦も溢れている。
この中を海上航行するため、海自の10名はおよそ8時間毎に勤務を回している。通常とは違う10名しかいない特別な方法だ。榎本は松岡の勤務中に時々休むだけ。松岡たちが「何かあればすぐ呼びますからどうか休んで下さい」というが、「大丈夫」と発令所にいることが多い。
陸自の4人と、武市、坂本は、割り当てられた部屋で仮眠をとったり、時々頼まれて海自の作業を手伝っている。
土方は、医務室にいて、そこで仮眠をとったり、たまに傷の手当てや、ビタミン剤などを海自の隊員に渡したりしている。
武市と坂本は、時間が空けば土方の医務室に顔を出す。二人一緒の時もあるし、別々の時もある。
医務室には榎本も時々顔を出す。土方一人の時もあるし、武市や坂本がいる時もある。
ある時、榎本が医務室に顔を出すと土方一人だった。
榎本が横を向きながらぼそっと言う。
「土方は、りゅうちゃん、いや坂本と昔何かあったのか」
「えっ、何かって何ですか」
「いや、たとえば、そおいうなかだったとか」
「いやですよ、榎本さん、何考えてるんですか。私も坂本君もユミや端平さん、岡田君と一緒の小学校からの幼馴染ですよ」
「そうか。そうだったな。いや、変なことを聞いてすまない」
「変な、榎本さん。お疲れなんじゃないですか。ほとんど寝てないじゃないですか。睡眠導入剤を処方しますから、お休みされた方がよいと思います」
「いや、大丈夫だ。邪魔してすまなかった。土方こそ休んでくれ」
榎本は医務室を出てそっと振り返り首を振りながら発令所へ戻って行く。
日本海の沿岸から離れた航路をとったため予定より2時間ほど早い8日の22時には海上自衛隊下関基地沖に到着した。
「よし、北海道と青森に計画実行準備を知らせよう」
榎本は発令所で位置を確かめるとそう言って松岡に言う。
「でも私達のスマホは電源切ってます」
「そうだな、武市君か、坂本君を呼んできてくれ」
松岡が発令所を離れ数分して武市を連れてくる。
「ああ武市君、下関に到着だ」
「そうですか、僕たちの番ですね」
「うん、まず、北海道と青森に連絡したい。坂本君はどうした」
「坂本ですか、とし美、いや、土方の所じゃないですか。連絡なら僕がしましょう」
「いや、君はもうすぐ出撃しなければならない。坂本がなぜ土方の所にいるのか。りゅうちゃんを呼んでくれ」
榎本の口調が強い。
「はあ、分かりました。呼んできます」
そう言って、そそくさと武市が出ていく。
松岡が、榎本の憤怒の表情を見てぎょっとし後ずさりし小声で問う。
「申し訳ありません。榎本さんを怒らせるよなことしましたでしょうか」
「なんでもない。気にするな。いよいよだと思い、気を引き締めただけだ」
武市が戻ってくる。後ろから、坂本と土方が何やら笑いながら付いてくる。
その二人を睨みつけるように見て榎本が強い口調で言う。
「今、武市君に話したが、下関沖に到着した。いよいよだ。君たちも緊張感を持ってくれないと困る。特に土方、もうすぐ出撃だ。分かってるのか」
「申し訳ありません。ほら、坂本君、私が叱られちゃったじゃない」
「まあまあ、榎本さん、怒らないで。綺麗な顔には笑顔が似合うんですから」
「そ、そうかな」
榎本は坂本を見て笑顔を作り、穏やかな口調で続ける。
「りゅうちゃ、いや坂本君、君から北海道と青森の部隊に予定通り攻撃予定と連絡してくれ。あっ、それと0330に最終連絡を送るので、それで決行するようにと」
「分かりました。それじゃ、青森は、近藤と永倉ちゃん、斎藤ちゃん、山崎ちゃんの4人だね。それと青森は、岡田と、沖田ちゃん、井上ちゃん、藤堂ちゃんだね。ショートメールでいいね」
土方が口を挿む。
「坂本君、永倉さんや沖田さん達の番号知ってるの」
「当然だろ。4日間もかわいい子達と一緒にいたんだぜ。交換するに決まってるだろ」
「へえ、相変わらずね」
聞いている榎本が怒りのこもった声で言う。「早く連絡しろ」
「はいはい。それじゃ、『予定通りだよ。3時半にもう一度連絡するね』っと。えい」
「なんだ、その遊びの連絡のようなのは。予定通り攻撃予定、0330に決行の最終連絡と言ったよな」
「ショートメールも全部傍受して、AI分析してるかもしれないでしょ。攻撃とか決行とか使っちゃばれちゃうじゃないですか」
「そ、そうか」
土方がまた口を挿む。
「坂本君、誤魔化すの得意だもんね」
「うるさいな。榎本さんも言っただろ。もうすぐ出撃だろ。緊張感が足りない。早く用意して武市と行けよ」
「あなたに言われなくたって行きますよ。端平さん、さあ、行きましょ」
榎本が思わず声を挿む。
「まあ、待て。武市君、土方、それと下関御攻撃隊の陸自の、ええっと」
「山南ちゃんと原田ちゃん」と坂本の声。
「そう、山南君と原田君もここに集まってくれ」
榎本が続け、4人が榎本の周りに集まる。榎本が下関の地図を広げる。
「現在位置は海上自衛隊下関基地の西約1キロだ。裏手の海岸に上陸し回り込み、この水産大学校付近から攻撃、元の道を引き返し海岸で待機するのが良いと思うがどうか。
下関基地には掃海艇が水産大学校近くに停泊しているはずだが多分乗員はいないはず。この地点からなら安全だと思う」
武市が地図をじっと見て榎本に聞く。
「この基地の向かいにある小さな島、ええっと、加茂島て書いてる。ここから攻撃したほうが良くないですか。だって、僕たち中国軍なんですよね。裏から回ってと言うのじゃなく、やっぱり正面からじゃないですか」
「そうかもしれんが、ここは反撃されれば逃げ道がない。私達が冨野分屯地攻撃後、君たちを回収するまでに2時間以上ある。君達だけじゃ持ちこたえられない。裏手からにしよう」
「いえ、この計画を立てたのは僕です。やるからには成功させたい。やらせて下さい。お願いします」
「そうだよ。お前が始めようって言ったからこんなことになったんだよ。責任取ってやられて来い」
坂本が離れたところで武市に向かって声を上げる。
「何言ってるのよ。皆でやろうって決めたのじゃあない。端平さん、私、端平さんに賛成。出来るだけのことをやりましょう。榎本さん、やらせて下さい」
「陸自の二人はどう思う」
榎本が、山南と原田を見て言う。
「民間人と学生さんが危険を承知でやりたいって言ってるんですから、それでやりましょう。お二人は私達が何としても守りますよ。なあ、原田」
山南の言葉に原田も頷き言葉を続ける。
「やることやらなきゃ、後で近藤さんに合せる顔がないですよ」
榎本は4人の顔を見て
「分かった。それでは、加茂島からの攻撃にしよう。無反動砲を撃ち機銃を撃ったら、すぐ岩場に隠れるように。反撃があってもこちらの位置が分かるような反撃はするんじゃない。分かったな」
「分かりました」
4人が声を合わせる。
『みちしお』は加茂島から2km辺りまで位置を変え停止する。
2艘のゴムボートが海面に降ろされ、武市、土方と、山南と原田がそれぞれに乗り込む。海自の4名がオールを抱え2名ずつゴムボートに乗り込み、加茂島にむかって漕ぎ出す。榎本は甲板でゴムボートを見送り艦内へ戻る。
1時間ほどしてオールで艦をたたく音がして、数人が甲板に出て2艘のゴムボートと4人を甲板に上げる。
「思ったより小さいですね。島と言うより岩です。武市さんはゴムボートから島へ降りる時も、岩を登る時も危なっかしくて。山南さんが背負うようにしてなんとか。あの人大丈夫かな」
送り届けた海自の小笠原が榎本に報告する。
「武市は運動神経ゼロだからね」
聞いていた坂本が笑いながら話す。
「さあ、私達も小倉沖に向かおう」
榎本が声を上げ、松岡が「了解しました」と答え『みちしお』は動き出す。
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