第3話
翌朝、まだ暗い、朝5時過ぎに近藤と土方は陸上自衛隊作業服の姿で家を出た。近藤は坂本の姉の服を入れた紙袋を持っている。土方も家にあった作業服を着ている。
坂本の家までは20分もかからない。正月1月2日の早朝、戦争が始まっていることもあってか、この姿でも誰に会うこともなかった。
5時20分頃に、坂本家の前に着くと、武市と岡田がすでにいた。
「なんだ二人とも、その、軍服じゃなくて、作業服で来たの」
岡田が二人に声をかける。近藤が返す。
「でも、誰にも会わなかったよ。なに、二人とも目が赤いよ」
武市も岡田も結局ほとんど眠れなくて5時過ぎにはここに来たと言う。
「いろいろ考えるとね」と岡田が言い、二人は恥ずかしそうに笑う。
「俺は一人息子だろ。昨日の夜、明日出かけるよって言ったら、両親とも心配しちゃってさ。戦争が起こってるらしい日に、どこ出かけるんだ。家に居ろって言われてさ。今朝は黙ってこっそり出てきたんだ」
武市の言葉に岡田も話す。
「俺んとこの似たようなもんだ。結局黙って出てきたよ」
近藤が土方と顔を見合わせる。
「私達も似たようなもんさ。でも二人とも一応自衛官だからさ。集合の指示が出ていると言って出てきたよ。
無理するんじゃないよって言われたけれど、敵の基地を攻撃に行くんだから無理するどころじゃないけどな」
4人で低く笑う。
「そろそろ5時半だろ。榎本さんと坂本はどうしたんだ。お姉さんの服も返さないと」
近藤が言い始めた時、旅館だった入口が開き、海上自衛隊の制服姿の榎本が出てくる。榎本は片方の手に大きな袋を下げ、もう一つの手は坂本の手をしっかり握っている。
榎本に引きずられるように、坂本は後からついてくる。
「ほら、りゅうちゃん、みんなもう集まってるよ。だから早くって言ったのに。ほら、鍵かけるの忘れないでね」
榎本は坂本にそう声をかけ、満面の笑顔で4人に向かって優しい声を出す。
「みんなおはよう。さあ、行きましょう」
そう言うと、坂本の手を放し、自動車の後ろのトランクを開ける。トランクの中にはすでにたくさんの米袋や野菜などの袋が入っている。
そこに持ってきた袋をさらに詰め込む。それが終わると、トランクを閉め、当然のように助手席に乗り込む。
4人は、互いに顔を見合わせ、坂本に詰め寄り口々に問い詰める。
「今、手をつないでたよな」
「『りゅうちゃん』ってなんなんだ」
「坂本、榎本さんに何をした」
坂本は困ったように頭を掻きながらぼそぼそっと言う。
「いや、なんていうかさ」
土方が強い口調で坂本に問い詰める。
「あなた、本当に何なの。日本を救おうって、みんな命がけでかかろうとしてるのに。こんな時くらいまじめになれないの」
坂本が我が意を得たりとばかりに答える。
「そうだよ。これから命がけのことを始めるんだから、榎本さんとの最後の夜になるかもしれないじゃないか。いや、僕の最後の夜かもしれないでしょ。
だからね、榎本さんとそういう話をしてね、まあ、そうなったってことじゃないかな。まあ、そういうことだよ。あはは、さあ、遅れちゃうよ。出かけよう。ほら、君ら4人は早く後ろに乗って」
坂本はそう言うと運転席に乗り込む。助手席から榎本が顔を出し4人に向かって言う。
「さあ、早く乗りなさいよ」
4人は諦めたように乗るが結局入りきらず、武市は岡田の前で床に座る。
近藤が思い出したように紙袋を後ろから坂本の渡そうとする。
「お姉さんの服、返さなきゃ」
「いいよ、とりあえず車に置いとくよ」
坂本がアクセルを踏み、車は走り出す。
桂浜へは全く他の車に出会うことなく20分もかからず到着した。すでに陸上自衛隊のトラックは駐車場に到着しており、隊員たちが海岸でゴムボートを組み立てている最中だった。
沖に停泊している潜水艦の甲板には数名の海上自衛隊員がこちらを見ている。
坂本の車の後部座席の4人が降りる。トラックの近くにいた沖田が駆け寄っ
来て、近藤に敬礼する。
「武器はトラックにあります。確認お願いします」
近藤が沖田に促され、トラックの荷台に向かう。土方、武市、岡田も近藤に続く。
坂本と榎本は前の座席で何やら話をしていたが、二人とも遅れて降りてくる。さすがに手はつないでいない。榎本が海岸に近寄ると潜水艦の甲板の皆が手を振る。榎本もそれに応えて手を振り返す。
榎本はトラックの所へ行き、武器を確認している近藤に話しかける。
「近藤、武器はそろっているか」
「はい、揃っています」
「あのゴムボートは何人乗れる」
「5人乗りです」
「それでは、砲1門を2名、機銃1丁を1名が持ち、帰還用の1名の4名がゴムボートに乗り、2艇の2往復で武器と陸自10名、土方と武市君を潜水艦に運ぼう。
近藤と私は2回目の帰還員となる。最後に近藤と岡田、私とりゅうちゃん、いや失敬、坂本君が買い込んだ食料を持ってゴムボートに乗り込もう。」
「分かりました。トラックはどうしましょうか。それに坂本の車も」
「とりあえず、この駐車場の隅にでも置いておこう。上手くいけばここに帰還しよう」
「そうですね。帰還できない時は適当に処分されるでしょう。その可能性が大きいでしょうから」
近藤はそう言って坂本に、トランクの食料を降ろし、車を駐車場の隅に移動させるよう叫ぶ。
坂本は何やらぶつぶつ言いながらトランクから野菜や肉などの袋を降ろし、車に乗り込んで海岸に近い隅に車を移動させる。それを見て、近藤は榎本にトラックは最後に自分が移動させると告げる。
近藤が、ゴムボートの組み立てが終わっているのを確認し、陸上自衛隊員全員と、土方、武市、岡田を集め、榎本の指示を伝え、陸上自衛隊員の担当を分ける。榎本は、潜水艦に陸上からの移動方法を伝え、乗艦の準備を指示する。
武器を抱えた6名の隊員が2艘のゴムボートに乗り込み、帰還用の2名が海へ押し出してから乗り込みエンジンをかけ潜水艦へと向かう。
潜水艦に着くと海上自衛隊員は2台のゴムボートからまず武器をロープで甲板へ引き上げ、それが終わると陸自の隊員6名を順に引き上げる。それが終わるのを待ってゴムボートが引き返してくる。
ゴムボートは波打ち際でエンジンを止めそのまま砂浜に乗り上げる。乗っていた隊員は砂浜近くの海岸に飛び降りロープを持ってゴムボートを引っ張り上げる。
そのゴムボートに陸自の隊員2名と近藤、土方が、無反動砲、弾薬、機銃を運び込む。武器を積み終えると、1艘には近藤、隊員1名、武市が乗り込み、ゴムボートを抑えていた隊員がそれを押し出し最後に乗り込む。
エンジンをかけ反転させて潜水艦に向かう。もう1艘も同様に陸自の隊員と土方、榎本が乗り込むと潜水艦に向かう。
坂本と岡田が浜に残った。
「岡田、このまま逃げないか」
「坂本、お前何言ってるんだ。そんなことしたら、榎本さんに銃で撃たれるぞ。昨日の夜にやることやったんだろ」
「そうだよな、本物の銃を持ってるんだもんな。どうしよう、陸上自衛隊の女の子たちもよく見るとみんなかわいいし、潜水艦の子たちもきっとかわいいだろうに、潜水艦の中で一緒にいるのに、自由がないだろうな。俺の人生もう終わりだ」
「そうだな。榎本さんに1回殺された方が良いかもな」
「あ、帰ってきた。今の話絶対に榎本さんに言わないでくれよ」
海岸に戻ってきた榎本と近藤がそれぞれのゴムボートから飛び降り、海岸に引き上げる。近藤は岡田を呼び、ゴムボート2艘を押さえているように言って、トラックに向かって走る。トラックに乗り込み、駐車場の隅の坂本の車の横へと移動させる。
トラックから戻った近藤は榎本、坂本と食料の袋をゴムボートに運び込む。そして、岡田をゴムボートに乗り込ませ海へ押し出し、エンジンをかけ潜水艦に向かう。
榎本も袋を持ってきた坂本をゴムボートに呼び寄せ、抱きかかえるようにゴムボートに乗せる。
近藤が岡田に、坂本と何を話してたのか尋ねると岡田は楽しそうに答えた。
「これからの坂本が楽しみだ」
全員が潜水艦の艦内に揃ったところで、榎本が海自隊員を、荒井、松岡、甲賀、根津、小笠原、古川、浅羽、沢、森本、西川の順に紹介する。10名はそれぞれ1歩前に出て敬礼する。
近藤もまず自己紹介し、続けて陸自隊員10名を、沖田、永倉、斎藤、山崎、井上、藤堂、山南、原田、吉村、島田と紹介する。
こちらも、それぞれ1歩前に出て敬礼する。土方、坂本、武市、岡田もそれぞれ自己紹介する。海自、陸自の若い20名の紹介の都度、坂本は「へえ」「そうなの」「覚えておくよ」と、ひとり毎に嬉しそうに言葉を入れる。それにあわせ、榎本の顔が引きつり坂本を睨むが、坂本は素知らぬ顔。
全員の紹介が終わったところで榎本が話し出す。
「それでは今回の作戦を説明する。その前に直接作戦とは関係ないが今後のために言っておく。ここにいる、近藤と岡田、土方と武市君は、それぞれ、何というかそういう関係にある。そして、私と」
そこで言葉を止め、坂本の腕をつかんで引き寄せる。
「そして、私とりゅうちゃん、いや、坂本君もそういう関係だから、ま、一応覚えておいてくれ」
その言葉を聞いた海自の10名が驚いた顔でお互いの顔を見合わせささやき合う。
榎本が顔を赤くしながらも何もなかったように話を続ける。
「静かに。それでは作戦を説明する」
坂本の腕はしっかり掴んだままだ。
「今回の作戦は日本を占領から解放するものだ。原案は、ここにいる武市君が考えた」
そう言って、武市に顔を向け、そして続ける。
「我々自衛隊員には武装を解除し基地から撤去するよう命令が出ている。しかし」
榎本はここで皆を見渡し、意を決したように声を張り上げる。
「私はこの命令を無視し自衛隊員の本分を果したい。自衛隊員の本分とは、自衛隊法の総則にある、『自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし』である。私は」
「いたたた、痛い痛い」
坂本の声だ。榎本が興奮のあまり、坂本の腕を握っていた手に力が入ったようだ。
「榎本さん、そう興奮しないで、ほら、皆、怖がってますよ。俺たちは戦争をしに行くのじゃなくて、外国同士に戦争をさせに行くのでしょ。
そりゃ、武器を持って行くし、盗んだ潜水艦だし、誰からも命令されていないことを勝手にやるのだから後で叱られるかもしれませんが、うまくいっても行かなくても逃げて帰ってくるのだから、もう少し気楽に考えましょうよ。
おい、武市、近藤、お前らから説明しろよ。榎本さんはまじめなんだから」
「りゅうちゃん、いや坂本君、すまない、そうだな、武市君、近藤、君達から全体計画を説明してくれ」
それを聞いた武市が一歩進み出て話し始める。
「まず、今回のアメリカ、中国、ロシアによる日本占領は、この3国のパワーバランスを守るためと思われます。
中国とロシアに近い所にある日本にアメリカだけの基地があるのは、この二つの国にとって東アジア地域のパワーバランス上の問題です。
つまり目障りなのです。九州、沖縄から中国へ、あるいは、北海道からロシアへとミサイルを打ったり、攻撃機が発進したりすることを考えるとね。
もちろん、韓国や台湾などもそうじゃないか、日本以上に目障りじゃないかとなりますが、これらの国を攻めることはすなわち戦争を始めることとなります。日本だってそうじゃないかと思うかもしれませんが、日本はそれなりに国土が広く分割可能なのです。
何と言ってもアメリカにとって今の経済状況からお荷物のなりつつあると言うことです。そこで」
「長ったらしいな。あくびが出ちゃうよ。俺が説明するよ」
坂本が思わず口をはさむ。
「早い話がさ、日本にアメリカ軍だけがいるのは、中国、ロシアにとって目障り、アメリカも日本全部の面倒を見るのはしんどい。だから、アメリカは本州だけにするからさ、中国には九州、沖縄、ロシアには北海道をあげるよ、これで手打って仲良くやろうぜってことだろ。
それに、なんだったっけ。国連の敵国条項とかってのがあって、常任何とかのアメリカ、中国、ロシアが日本を攻めったって問題なしなんだろ。
だから、俺たちは自衛隊として反撃するのじゃなく、アメリカやロシアや中国のふりをして相手を攻撃してお互いにけんかさせ、やっぱり日本の占領は止めたってことにさせようだね。どう、みんな大体わかった」
海自の一人が手をあげる。
「一つ、いえ、二つよろしいでしょうか」
「うん、いいよ。松岡ちゃん」
「私の名前をよくご存じで」
「さっき紹介されたじゃない。かわいい子の名前はすぐ覚えちゃんだ、僕」
榎本が、坂本と松岡を睨む。慌てて松岡が話を続ける。
「ええと、一つは四国はどうなったのでしょうか。先ほどの説明に四国は有りませんでした。
二つ目は、敵国条項って何ですか。あっ、それから、すみませんもう一つ、敵のふりして攻撃するって私達は何をするのでしょうか。無反動砲と機銃は積み込みましたが、それで、どうするのでしょうか。それと」
榎本が、苛立ったように声を出す。
「なんだ、まだあるのか」
「申し訳ありません。もういいです」
坂本が、まあまあと言うように榎本を見てそれから松岡に向かって優しく言う。
「いいよ、聞きたいことはなに」
松岡が消え入りそうな小声で話す。
「申し訳ありません。あの、ゴムボート2艘はどうしましょう。エンジンとオールは運び込みましたがボートは『みちしお』につないだままですが」
坂本が榎本と近藤を見て聞く。
「他のことはともかく、ゴムボートはどうするの。ともかく早く出発しないといけないのじゃなかった」
榎本が近藤に聞く。
「空気を抜いて畳んでないのか」
「申し訳ありません。すぐに行います」
近藤がそう言って、陸自の数名と共にハッチに向かおうとする。
「ちょっと待て」
榎本が近藤達を止め、近藤に聞く。
「畳んだゴムボートを再び膨らます作業は甲板で行うことになるな」
「はい、そうなりますね」
「今回、上陸は夜だ。ライトも付けられない。波が高いかもしれない。
その状況で、畳んだゴムボートを甲板に持ち出し、膨らまし、海に浮かべ、人が乗り込む、この作業を短時間で可能と思うか」
「暗闇の中で、波も高いとすると、それは難しいです。特に我々陸自は潜水艦の甲板上での作業の経験がありません」
「よし、ゴムボートは畳まず、甲板に引き上げて縛り付けよう。数日なら破損することも無いだろう。それでどうか」
「多分大丈夫と思いますが。そうですね。分かりましたそうしましょう。海自の方々も手伝って下さい」
近藤はそう言って、陸自の隊員と海自の数名と共にハッチから甲板へ上がる。開いたままのハッチから怒鳴り声や悲鳴が聞こえてくる。数十分してびしょ濡れになった陸自の数名と共にみんなが艦内に戻ってくる。
「いやあ、引き上げるだけでも大変でした。こいつら途中で海に落っこちそうになるし、波の荒い津軽海峡じゃとても作業、できない。甲板に括り付けて正解です」
近藤が息を切らしながら榎本に報告する。榎本は括り付け方などを海自の隊員に確認し皆に向かって声をあげる。
「ともかくまず出発しよう。濡れた服は着替えてきなさい。それでは、海上を航行し太平洋を津軽海峡に向かう。作戦内容は航行の中で話す。では出航だ」
海自の隊員がそれぞれの持ち場に向かう。
坂本が大声で話す。
「僕たちの旅立ちは今、1月2日午前7時ちょうど、皆覚えておこうね。あっ、松岡ちゃんの質問にも後から絶対答えるね。それからさ、榎本さんと海自の皆は携帯の電源切っといてね。逃げたのばれてるんでしょ。GPSで追跡されないようにね」
榎本が「そうだな」と頷きスマホを取り出し電源を切る。
海自の隊員達もスマホの電源を切りながら「旅立ちって言ったよな」と呟き顔を見合わせ曖昧に頷きながらも機関室や操舵席などの担当先へ向かった。
榎本は、そばにいる海自の松岡に、陸自の皆と土方を空いている居住区に案内するよう指示する。付いて行こうとする近藤を呼び止め30分後にここに来て作戦内容を艦内放送で説明するようにに指示した。
陸自について行こうとした、坂本、武市、岡田にはしばらくここで待つように言う。陸自を案内して帰ってきた松岡に3人を食堂に連れて行くように指示する。
3人が食堂に向かうのを見届け、榎本は、マイクを取り、後進を指示、潜水艦はゆっくりと上龍岬の横を抜け桂浜から離れていく。しばらくしたところで、榎本は取舵、前進を指示し、潜水艦は東南の室戸岬の方向に進んで行った。
近藤がやってきたのを見て、榎本は近藤をそばに呼び、再びマイクを取る。
「それでは今回の作戦を説明する。先程の武市君の説明の続きとなる。
現状、北海道の自衛隊基地をロシア軍が占領、九州沖縄の自衛隊及び米軍の基地を中国軍が占領しており、本州の自衛隊基地及び米軍基地は米軍の支配下のあると思われる。四国の自衛隊基地は自衛隊員が撤退し、たぶん誰もいない。
ロシア、中国、米国は事前に同意の上、この状態となったと思われるが、互いに信頼しておらず最高度の警戒状態にあると思われる。
そこで、我々は、津軽海峡をはさむロシア、アメリカの両軍、関門海峡を挟む中国、アメリカの両軍それぞれが占領する基地を同時刻に攻撃し、相手の攻撃と思わせ、ロシア軍とアメリカ軍、中国軍とアメリカ軍を交戦させる。
これが今回の作戦となる。武市君の読みでは、3国とも本格的な交戦を望んではいないため、本作戦が成功すれば、一時的に占領地から撤退するのではないかと考える。
その後は、政府、自衛隊上層部の判断次第だが、まあ、そこまで考えるのは我々自衛隊員の役目ではない。それでは作戦の具体的配置について近藤から説明するが、本作戦に賛同できない隊員は近藤の説明後私の所に来て欲しい。今回の作戦参加は各自の判断に任せる。私からは以上だ」
榎本が話し終わると、すぐにスピーカーから声が流れる。
「こちら機関室の荒井、甲賀、根津です。榎本さん、もちろん最後まで一緒にいきますよ。呉で榎本さんとこの潜水艦を乗っ取った時からそのつもりです」
発令所のあちこちからも次々声が上がる。「小笠原、了解です」
「古川、もちろんです」
「浅羽、ついて行きますよ、榎本さん」
「沢です、任せて下さい」
「森本、ラジャー」
「西川、オッケーです」
最後に榎本のそばにいた松岡が笑顔で榎本に言う。
「榎本さん、この潜水艦に乗った時から、みんな最後まで榎本さんについて行くつもりですよ。賛同できない隊員はなんて冷たいこと言わないで下さいよ」
「みんな、ありがとう」
「でも、男嫌いの榎本さんが、私もりゅうちゃんとそういう関係って、クッ、クッ、クッ」
「なんだ、何を言いたい」
榎本は真っ赤になって横を向く。そして、松岡と同じように、にやにやしている近藤にマイクを渡し「ほら、早く説明しろ」と言って後ろを向く。
マイクを受け取った近藤が取り出したメモを見ながら話し始める。
「それでは、わたくし、近藤が引き続き説明します。えっと、このまま海上を進み、6日02時頃、津軽海峡の西海上で停止。
北海道白神岬、そして青森竜飛岬の順にゴムボート2艘でそれぞれ4名が上陸、上陸後3日間待機。
『みちしお』は青森竜飛岬からゴムボート回収後、日本海を南下、9日の00時頃関門海峡付近で停止。
下関市日本海側、及び北九州市門司の順にゴムボート2艘でそれぞれ4名上陸、北九州門司上陸後、ゴムボート2艘は当地で待機。
同日04時頃を目標に、海上自衛隊松前警備所、海上自衛隊竜飛警備所、海上自衛隊下関基地、陸上自衛隊冨野分屯地を同時刻一斉攻撃。
攻撃後すぐに上陸地点に撤退し待機、門司、下関、竜飛、白神の順に『みちしお』が回収、桂浜に戻るとの計画です。
4か所とも武器は無反動砲1門と機銃1丁。続いて、要員について説明します。
松前警備所攻撃は陸自の私、近藤と永倉、斎藤、山崎、竜飛警備所攻撃は陸自の沖田、井上、藤堂と民間人の岡田。
下関基地攻撃は陸自の山南、原田、防衛医科大学生の土方、民間人の武市、冨野分屯地攻撃は、海自榎本さん、陸自の吉村、島田、民間人の坂本です。
現時点の計画内容はここまでです。上陸後の行動、連絡方法などはこれから4日間でまとめたいと思います。以上」
近藤はそこまで話すと、後ろを向いている榎本に「これでよろしいでしょうか」と尋ねる。榎本は振り返りマイクを受け取る。
「今、近藤が話した通りだ。まず、津軽海峡へ向かう。陸自及び民間人の皆さんは楽にしてくれ。皆、これからよろしく頼む」
そう言ってマイクを切る。
『みちしお』が室戸岬を越えた頃、武市、岡田、坂本、土方が発令所へ入ってきた。榎本は武市を呼びレーダーを見せる。
「ここに写っているのは、アメリカ、中国、ロシアのフリゲート艦だ。それと、これはアメリカの空母、こちらは中国の空母だ。こちらは、各国の潜水艦だ。日本の周りは3カ国の艦艇や潜水艦だらけ。
今我々が潜水して通過しようものなら、総攻撃を受けて終わりさ。この潜水艦は魚雷も積んでいないから反撃も出来ない。しかし、海上をゆっくり進んでいる限り、あれは日本自衛隊の脱走練習艦だ。気にすることはないって、笑われることはあっても攻撃されることはない。ということだよ」
「魚雷も無いのですか」
「ないよ。武装解除を始めた練習艦をかっぱらったのだから」
そう言って、榎本は笑う。話を聞いていた松岡もつられて笑いだす。
昼夜を問わず、日本沿岸を離れることなく進んで行く。1月5日の夕方から日暮れにかけて、尻屋崎沖から大間崎沖へ進み、津軽海峡に入った。そこから速度を落とし日付の変わる頃白神岬沖に到着した。月明りも無い暗闇で雪がちらついている。岬のあたりの街の明かりもほとんどない。
「吹雪でないだけでも良しとしよう。明かりは小さなライト一つだけ、下向けに」
甲板のハッチを開け外に出た榎本が船内に声をかける。
榎本に続き、松前警備所攻撃メンバーと、漕ぎ手の海自4名が甲板に出てくる。波は荒く、攻撃メンバー4名は甲板に這いつくばるようにゴムボートに向かい、海自の4名と共にロープを解く。
2艘のゴムボートをゆっくりとロープで海へ降ろし、まず海自の2名ずつがそのロープを伝いオールと共に乗り込む。
攻撃メンバーの4名も2ずつロープにしがみつきながら2艘のゴムボートに下りてゆく。それぞれのゴムボートの2名の海自隊員が抱きかかえるように一人ずつゴムボートに乗り込ませる。
ハッチから、無反動砲と機銃、それぞれの弾薬を抱えた陸自の4名が甲板に出てくる。それぞれをロープで縛りゴムボートに降ろしてゆく。ゴムボートの陸自隊員がそれを受け取りロープを外す。
僅かな薄明かりの中、榎本がこれらの作業が完了したのを確認して「行け」と言うように手を振る。ゴムボートの海自2名がオールを漕ぎ出す。
ゴムボートの陸自4名がこちらに手を振る。荒い波の中、2艘のゴムボートはやがて暗闇の中に消えていく。
「ここは、折戸海岸からおよそ1キロ、30分くらいで戻るだろう」
榎本はそう呟き甲板から動こうとしなかった。松岡がハッチから顔を出す。
「榎本さん、艦の中へ」
「いや、ここでいい」
松岡も甲板へ上がって来て、榎本の横に立つ。
「帰ってきますよね」
「帰ってくるさ。その先は分からない。私達、とんでもないことを始めようとしているのかもしれないな」
「おもしろいじゃないですか。女に生まれて、自衛官になって、榎本さんの部下になって、こんな面白いことが出来るなんて、こんなことを女冥利に尽きるって言うんですよね」
「そうか、女冥利に尽きるか」
「榎本さん、聞いてもよろしいでしょうか」
松岡の声に笑顔の榎本が振り返る。
「なんだ。この計画のことか」
「いいえ。あの」
「どうした」
「あの、坂本さんのことですが。男嫌いの榎本さんがどうして」
「ん、何を聞きたい」
「あっ、申し訳ありません。失礼しました」
「まあいい、そうだな、なんていうかな。私は、自分で言うのもなんだが、それこそ子供の頃から、大勢の男が周りにいて、可愛い綺麗だとちやほやしてくれたんだ。年を重ねるにつれてそれがひどくなって、まあそれで、男が嫌になった。わかるか」
「全く分かりません」
「まあいい。だが、今回の計画で、命を失くすかもしれないと考えた時、今まで経験したことの無い、女から男に、『コクル』とか言うのをやって見たくなってな。
丁度、取って付けの相手が近くにいたしな。それでやって見たら、結構面白いもんだな。『嫉妬』というのも分かったよ。ははは」
その笑い声が風に消える先から、戻ってくるゴムボート2艘が見えた。
「松岡、何人か呼んできてくれ」
真顔に戻った榎本が叫ぶ。
松岡がハッチを開け艦の中に叫ぶ。
海自の3人が甲板に出てくる。『みちしお』に横付けしたゴムボート2艘に甲板からロープ数本を投げ込む。
ゴムボートの海自隊員がロープでゴムボートを縛り、オールを背中に抱えてロープを伝って甲板に上ってくる。4名とも甲板に揃ったところで、榎本に報告する。
「松前警備所攻撃隊4名、無事、折戸海岸に上陸しました」
「ご苦労だった。ゴムボートを甲板に引き上げたら艦に戻って体を温めろ。さあ、竜飛岬東へ向かおう」
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