第2話

乗用車の窓を指でたたく音がして3人とも目が覚めた。


窓の外に近藤と土方が中を見ている。慌てて3人は外へ出た。


「大したもんだな。こんな時に居眠りできるとは」


近藤の言葉に、岡田が、昨日は初詣やらで徹夜だったからと言い訳のように話す。


「出て来いよ。ほら、潜水艦はすぐそこまで来てるよ」


近藤はそう言いながら駐車場から指をさす。3人が車から降り、指先の方向を見ると、駐車場の横の砂浜のすぐ向こうに潜水艦が止まっており、甲板に何人かが立ちこちらを見ている。砂浜では、沖田など10人の自衛隊員がゴムボートを作っている。


「ゴムボート作成完了しました」


砂浜から沖田が近藤に向かって叫ぶ。


「よし、沖田、永倉、斎藤、3名で潜水艦に向かえ」


近藤の指示を聞き、隊員たちはゴムボートを海へ運び、3人がゴムボートに乗り込み、エンジンをかけ潜水艦へ向かう。


波に傾きながらもなんとかゴムボートは潜水艦の横に着く。


潜水艦の甲板からロープを伝って、一人がゴムボートに乗り移る。


乗り込むと甲板の数名と声を交わし、そして、ゴムボートの3名とも何やら話し、ゴムボートの4名や、甲板の数名が笑っているのが見える。


ゴムボートのエンジンが再び音を上げ、こちらに向かって波しぶきを上げる。


砂浜近くに着いたゴムボートを隊員たちが砂浜に引き上げると同時に、紺色の海上自衛隊の制服を着た長身の海上自衛官がこちらに歩いてくる。


そして、駐車場の柵をいかにも簡単に乗り越える。


土方が言った通りのモデルかと思えるスタイル、そして、目鼻立ちのくっきりした小顔美人。


「榎本さん、御無沙汰してます」


近藤が駆け寄り敬礼しながら嬉しそうに叫ぶ。


「近藤、元気だったか」


榎本はそう言って、近藤に敬礼を返しそして固く握手し、後ろにいる岡田を見る。


「岡田じゃないか。近藤とつきあってるんだって。お前のふにゃちん、ダメ金でよく近藤をものにできたな」


「止めて下さいよ。僕がそうだってどうしてわかるんですか」


「一度金蹴りすりゃ、分かるんだよ」 


笑い声が収まるのを待って、土方が武市と榎本の前に出る。


「土方です。こちらは武市君です」


「土方君、君の噂は聞いてるよ。防衛医大でトップらしいね。同じ高知県人として鼻が高いよ。近藤の従妹とは信じられないな」


そして、武市を見て、


「君が武市君か。君の日本奪還計画を聞かせてもらうためにここに来た。その上で、協力できるか考えたい。よろしく頼む」


「ぼ、ぼく、たけちです。ほんじつはよくいらっしゃい、ま、ました。ぼ、ぼくのけいかくというのはです、まだ、あの、かんがえたのは、あの、あの」


 思わず、土方が口を挿む。


「すみません、榎本さん、武市君はとても上がり症で」


説明しかけた土方を押しのけるように坂本が榎本の前に出る。


「いやいや、榎本さん、初めまして。こんなお綺麗な方とは思いませんでした。そして大胆な実行力。あなたのような方とお知り合いになれて光栄です。いえ、もっと早くお会いしたかったです。でも、二人の出会いに遅かったと言う言葉はいらない。これから二人で時間を取り戻しましょう」


流石の榎本も後ずさりしながら土方に「なんなんだ、こいつは」と小声で聞く。


「名前は御存知かと思いますが、この人があの坂本君です」土方が笑いをこらえて紹介する。


「そうか、こいつが、あの高知一の好色男と言われた女の敵の坂本か。なるほどな」


「やめてくださいよ。誰が言ったのか知りませんが、僕はそんな人間じゃありませんよ。いたって愛にまじめな人間です」


「まあ、いい。今日は君を懲らしめるために来たわけじゃないから。君をどうするかは今後ゆっくりさせてもらうよ。それじゃ、計画の相談を始めよう。どうした、岡田、何かあるのか」


岡田が心配そうに榎本に尋ねる。


「潜水艦はあそこにいて大丈夫なのですか。沖に出て潜水していた方が見つからないのでは」


「あのままでいいんだよ。私以外の10名は全員1年目であの子達だけじゃ潜水艦を操作出来ないからね」


「そうですか。こちらも、私以外は全員入隊1年目です」近藤がつぶやく。


「不況で、民間に就職できないからね。自衛隊に入隊希望者がここ1,2年本当に増えたね」


榎本の言葉に、坂本、武市、岡田の3人は、思わず顔を見合わせる。


「さあ、作戦を聞かせてくれ」


榎本の言葉に、「それじゃトラックで」と近藤が応え、皆ぞろぞろと浜から駐車場へ向かい始める。


「ゴムボートはどうしましょうか」


沖田の問いに、近藤が「一旦、トラックへ戻そう」と指示し、数人の陸上自衛隊員が残り、ゴムボートを畳み始める。


その数名を残し、榎本達は駐車所のトラックの荷台に集まる。


「榎本さんは、脱走手配中ですから、万一に備えます」と近藤はトラックの周りを警備するよう隊員たちに指示をする。


荷台には、榎本、近藤、土方、坂本、武市、岡田の6人だけが車座になって座る。


武市が、今回のアメリカ、中国、ロシア3国の日本占領は、地政学的要因によるものであり、3国とも疑心暗鬼の状態であるため、津軽海峡と関門海峡の両岸で攻撃紛いのことをすれば、すぐに戦闘状態となるが、それぞれの政府は戦争をしたくないので休戦、占領地から引き上げるだろうと説明する。


引き続き近藤が、機関銃と小型無反動砲なら用意できること、両岸4箇所とすると、隊員数が足りないこと、津軽海峡と関門海峡への移動手段がないことを説明した。


榎本は、二人の説明を最後まで黙って聞いた後、口を開いた。


「今回の占領の原因、そして対応行動の具体的計画、さらにはその成果、これらすべてにおいて何ら具体的な裏付けとなるものが全くないことを理解した」


その言葉に、武市、近藤が思わず下を向く。


「とはいっても、私も何か計画があって潜水艦と脱走した訳じゃない。アメリカ軍に引き渡せと言う命令に、若い連中の『納得いきません』と言う声を聞いて、それじゃ、というだけでの行動だ。そういうことだから、君たちの無鉄砲な話に乗せてもらうよ」


榎本の言葉に、5人の笑みがこぼれる。その顔を見渡し榎本が続ける。


「ただ、結果はともかく、実行するためには、準備、検討すべきことが山ほどある。最も困難なのは、海峡両岸への上陸、待機方法だ。


北と西で同時刻に攻撃するのだろうから、津軽では長時間の待機になる。武市君の推論はともかく、津軽、関門の海峡はロシア、中国、アメリカの軍が厳戒態勢を引いているだろうからね。ともかく、要員の配置を含めて計画を詰めよう。それと、買い出しに付き合ってくれ。燃料は十分積み込んだが、食料を積み込めなかった」


「ここじゃ何ですから、場所を変えましょう。坂本、お前んとこ、部屋あるよな」


近藤の言葉に坂本が待ってなしたとばかりに榎本に近寄る。


「うちは元旅館ですから、広間もありますし、風呂もすぐ沸かしますよ。買い出しと言ってもその恰好じゃなんですから、姉の服を使って下さい。なんでしたら、着替えも手伝いますし、よろしければ風呂で背中も流しましょう」


榎本が少しづつ坂本から離れ、皆に向かって言う。


「こいつは、今殺した方が良いんじゃないか」


岡田が、坂本の襟首をつかんで後ろに引きずりながら


「殺した方が良いと思っている女性は沢山いるでしょうが、坂本の家に着くまでは生かして下さい。それより、坂本、大勢で押しかけて両親は大丈夫なのか」


「親父とお袋は、年末から道後温泉。さっきメールがあって、動くと危なそうだから当面こっちにいるってさ。だから、実家は俺一人なんだ」


「それで昨日の夜、静かだったのか。いつもなら、俺達が行くとおばさんが顔を出すのに変だと思ってたよ」


トラックに近づく数名の足音に近藤が幌から首を出し外を見る。畳み終えたゴムボートを担いだ沖田達がそこで待っている。


近藤が幌の中に向かって言う。


「それじゃ、坂本の旅館、いや元旅館に行きましょう」


近藤がトラックの荷台から降り、それに続いて榎本以下全員が降りる。


近藤が隊員10名を集め、ゴムボートの積ん込みと、駐屯地に帰り使える武器を集めるよう指示を出す。


「えっと、今何時だ。もう1400を過ぎているのか。よく考えりゃ朝から何も食べてないな。駐屯地で食料もかき集めて食べてくれ。私と土方は榎本さんと高知市内へ行く。1800には連絡を入れる。それじゃよろしく頼む。何かあれば、私に連絡をいれるように」


隊員たちは一列に並び、近藤に敬礼し、二人が運転席に、他の8人が荷台に乗り込み、エンジン音と共に駐車場を出ていく。


その横で、榎本がスマホを取り出し、潜水艦に残る自衛官に電話を掛け、そのまま待機するよう指示を出す。土方が榎本にそっと尋ねる。


「スマホの電話で連絡して大丈夫なのですか」


「これが一番さ。自衛隊の通信は多分、アメリカや中国、ロシアに傍受されているからね」


トラックを見送った近藤が坂本に向かって声をかける。


「坂本の車に6人乗れるよな。女3人が後ろに乗るから、男は前に乗ってくれよ」


「前に男3人なんて嫌だよ。榎本さんが前で、お前ら4人仲良く後ろに乗ればいいじゃないか」


「はあ、4人も後ろに乗れないだろ」


「近藤と土方は、岡田と武市の膝に乗ればよろしいんじゃないですか。お付き合いされていらっしゃると言うことですから」


近藤と岡田が言い争っている横で、榎本がさっさと後ろに乗り込み、声を上げる。


「早くしろ」


あわてて、土方と近藤が後ろに乗り込み、岡田と武市が窮屈そうに前に入る。坂本もため息をつきながら運転席に入りエンジンをかけ走り出す。


高知市内までの道路はガラガラで対向車は1台も無かった。それでも坂本は赤信号ではきちんと停車しスピードを出すことなく運転した。


「こういうところは真面目なんだな」


近藤の冷やかすように言葉をかける。


「俺はいつだってまじめさ。特に恋には真面目です」


坂本はそう言って振り返り榎本を見る。


「前を見て運転しろ」


榎本が叫ぶ。


後部座席3人の真ん中に座る土方が、坂本に聞こえるように呟く。


「榎本さんって胸おっきいんですね」


思わず坂本が後ろを振り向く。


「前を見て運転しろ」


再び榎本が叫ぶ。


そんなことをしながらも、桂浜から20分で高知市内、高知城近くの坂本旅館に着く。高知市内もほとんど車は走っていなかった。


「道もガラガラだ。普段ならこの倍くらいかかるんだけどな。さあ、降りて下さい」


坂本に促され、5人が車から降りる。坂本が最後に車から出て、旅館入口のカギを開け、中に入って電気をつける。


「どうぞ入ってください。元旅館ですから、遠慮なくどうぞ」


皆ぞろぞろと中に入る。元旅館だけあって、玄関も広い。


「さあ、榎本さん、こちらへどうぞ」


坂本が廊下を進み部屋に入り電気をつける。奥に広い厨房のある台所のような所だ。10人は座れる大きなテーブルがある。


「どうぞ、榎本さんお座りください」


「ここはえらく広いな」


榎本が回りを見渡しながら呟く。


「元旅館の厨房ですからね。ここで、僕たち家族や仲居さん、板場の人達が交代で食事していたんです。もうずいぶん前の話ですけどね」


 坂本はそう言って、厨房に向かう。


ともかく飯を作りますよ。僕も腹減っちゃった。あるもので作りますから何でもいいですよね」


大型の冷蔵庫や冷凍庫を開け、いろいろな食材を取り出しながら向かって言う。


「シューマイとチャーハン、チャーハンはまずは半チャーハンで、追加のご飯が炊けたらチャーハン追加します。シューマイは冷凍物だからすぐできるけど味は我慢して」


岡田が榎本に言う。


「坂本の料理はおいしいですよ」


「子供の頃から板前だった親父に鍛えられたからね。旅館を継がせるつもりだったんだろ。コロナのお陰で俺も自由になったってことさ。未だに就職先は見つからないけれどね」


話しながらも、坂本は手際よく料理を作り、二つの大皿にシューマイ、チャーハンを入れテーブル運ぶ。


「岡田、武市、お前ら、その棚から、皆の分の皿と箸とレンゲを出してくれ。皿はえっと、6人だから12枚な。それと、シューマイ用の醤油と辛子を入れる小皿も6枚」


近藤と土方も立ち上がろうとするが、坂本が二人に笑いながら言う。


「いいよ、すわってな。あいつら二人は、ここで何度も飯食ってるから、どこに何があるかよく知ってるんだ」


岡田と武市が皿や箸、レンゲを手際よく配り、坂本が、チャーハンをお玉で皆に分ける。一つの皿だけ多い。その皿を榎本に渡す。


「さあ、榎本さん、どうぞ。シューマイもお取りしましょう。醤油と辛子も入れますね」


「ありがとう、でも自分でするから大丈夫」


「そうですか。じゃ、ゆっくりお食べ下さい。きっとおいしいですよ」


そして、坂本は他の4人にチャーハンを入れた皿を配りながら、


「お前らの分はこれね。シューマイは取り箸なしで、それぞれ4つづつ取って食べな。醤油と辛子も勝手に入れな」


「なんだ、榎本さんと私達じゃえらく態度が違うな」


近藤が皮肉っぽく言う。


「俺は心の愛が態度に出る人間なんだ」


そう言いながら、坂本も席に座り、チャーハン、シューマイを食べ始める。


「まあまだな。昨日の夜中から何にも食ってないから、何でもうまいや。榎本さん、どうですか」


「とっても、おいしい」


そう言いながら、榎本は皆を見渡す。


「食べながらでいいから、少し、作戦の話をしよう」


皆が頷き、手を止めるの待って続ける。


「まず、必要な人数だ。津軽海峡、関門海峡の両岸に隊員を配置し、同時に砲撃、射撃する前提でだ。近藤、攻撃に最小の必要人数は」


「無反動砲1門、機関銃1丁が攻撃として最小と思います。無反動砲に2名、機関銃1名、それに指揮、連絡を入れると4名になります」


「そうすると、4名のチームになり、攻撃要員として16名。帰還を考えると潜水艦の操舵、ゴムボートの引き上げのため潜水艦にも10名は必要だから、総員26名となる。陸上自衛隊は近藤を入れて11名、海自が私を含め11名、総員22名で4名足らない」


榎本の呟きに近藤が土方を見て言う。


「土方も自衛官ですから、最低限の訓練は受けているかと」


「だめだめ、ほんとに基本的な訓練だけで、とても役に立つなんて無理です」


首を振る土方を見ながら榎本は


「土方には、医師として万一の傷病者の手当てを担当してもらう。戦闘員としてはこれから考えよう。それと、武市君は計画の立案者だから何らかの役目で参加して欲しいと思う」


「戦闘員は後2名ですか」


皆が、岡田と坂本を見る。坂本が音を立てずにそっと椅子から立ち上がり、忍び足で歩き出す。岡田が思わず声を出す。


「坂本、どこ行くんだ」


「いや、そろそろご飯が炊ける頃だから、皆にオムライスをつくろうかなと。炊き立てのごはんはチャーハンよりチキンライスの方がおいしんじゃないかな」


「オムライスも、チキンライスも分かったから、今の話を聞いただろ」


「戦闘員とかなんとかって聞こえたけど、僕に何か関係あるのかな。僕は愛と平和の申し子って言われているか弱い男だよ」


榎本が坂本に笑顔で話す。


「そうか、坂本なら私と一緒に来てくれると思ったが、いやか」


「え、えのもとさんと一緒なら天国でも極楽でもどこでも一緒にいきますうう」


武市が土方に小声でささやく。


「本当に単純で扱いやすいバカだな」


「さあ、どうかな。坂本君したたかだから」


土方はそう小声で答え、くすっと笑う。


岡田が、榎本に向かって、


「僕も、坂本も武器の扱いはもちろん、自衛他の訓練など受けたことありません。数として役に立つのでしょうか」


「隊員が砲撃準備や砲撃作業中誰かが回りを見張らなければならない。また、今回の作戦では、地元住民と遭遇した時の対応があるかもしれない。それらを考えると君達も役に立つと私は考えている。


その内容を含め、これから今回の具体的な作戦の案を説明したい。何か大きな紙のような書く物、あ、あそこにあるホワイトボードを使ってもいいか。坂本」


坂本が部屋の隅にあった大きいホワイトボードをゴロゴロと引きずってくる。


「これは、旅館をやっている時、毎日の料理を書いていたんだ。もうずいぶん使っていないにしてはきれいだな。親父と母さんが何かに使っていたのかな。マーカーも使えるな」


榎本が立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。


「津軽海峡の両岸と関門海峡の両岸の武器と兵員を配置し、決められた時刻に一斉に砲撃、アメリカと、ロシア、中国を交戦させることが今回の作戦だ。そのために、我々は、潜水艦で、まず津軽海峡へ行き、ゴムボートで北海道側、青森側の順に兵員と武器を送り込み、ゴムボートは帰還、攻撃要員は両軍が進駐しているであろう近くで待機する。そして」


「ちょっと待って下さい」


武市が声を上げる。


「両岸の海岸から海峡を越えて相手側に打たないのですか」


榎本が近藤を見て尋ねる。


「近藤、無反動砲の射程は」


「訳700メートルです」


榎本が皆に向かって言う。


「津軽海峡は最短で約9キロだ。これを越える砲は人で持ち運べない。つまり、海峡を越え攻め込んできた偽装をする」


少し間をおいて、皆を見る。


「そこでだ」


榎本はホワイトボードに大きく簡略な日本地図を描く。


「ロシアもアメリカも自衛隊の基地を占拠しているだろう。津軽海峡の両岸に近い自衛隊の基地となると、北海道側がここにある海上自衛隊の松前警備所」


ホワイトボードの北海道の白神岬の西側に×印をつける。


「そして、青森側がここ、海上自衛隊の竜飛警備所になる」


本州側の竜飛岬にも×印をつける。


「両方とも、海上自衛隊の津軽海峡監視施設だ。ロシアもアメリカもここに兵を置き、監視しているに違いない。ここが攻撃されれば、相手が津軽海峡を越え攻め込んできたと判断するだろう。そして反撃の兵がそれぞれ函館、青森あたりから出撃するに違いない」、


榎本は一息おいて皆を見渡し続ける。


「担当要員を決める時にも話すが、この2拠点の担当が最も危険であり、そして今回の計画成功の鍵だ。武市君の計画通り、津軽海峡と関門海峡で同時に事を起こすためには、津軽海峡の両岸上陸後約3日待機し、攻撃、そして攻撃後も3日救出を待つことになる」


思わず、武市が聞く。


「その3日は何の時間ですか」


「我々の潜水艦『みちしお』の海上速度は12ノット、桂浜から津軽海峡まで太平洋が1500キロとして70時間、津軽海峡と関門海峡が日本海1200キロで60時間、上陸、回収とも深夜02時頃とすると3日になる」


榎本は武市に説明しさらに続ける。


「いいかな。まだ、仮の時間だ。作戦を詰める中で詰められるだろう。今言ったように、桂浜から津軽海峡まで70時間と見ると、明日1月2日朝出発して、6日の02時頃、白神岬、竜飛岬の順にゴムボートで上陸。竜飛岬からゴムボート帰艦後、日本海を開門海峡に向け航行、9日の02時頃に関門海峡付近に到着。


ここでの攻撃目標は、本州側がここ、海上自衛隊下関基地、九州側が陸上自衛隊冨野分屯地」


そう言って、下関の日本海側と九州の門司のあたりに×印と付ける。


「ここでは、攻撃後すぐに撤退、ゴムボートを回収し、日本海を北上し津軽海峡部隊の回収に向かう。簡単だがこのような計画になると考える。何かあるか」


武市がおずおずと手を上げる。


「武市君、なにか」


「あの、潜水艦の速度が海上で12ノットとの話でしたが、潜るともっと遅いのでしょうか」


「潜水時は20ノットくらいかな」


「それじゃ潜ったほうが早く着くのではないでしょうか」


榎本が皆を見渡し教えるように話す。


「海上を進む理由は2つある。その1、今回の計画の前提でもあるが、アメリカ、中国、ロシアはそれぞれ疑心暗鬼、相手を信用していない。


日本の太平洋側も日本海側も3国の潜水艦や艦艇が数多くいるだろう。そんなところに日本の脱走潜水艦が迷い込んだら、ああ、潜水艦が1隻、呉から逃げ出したのは各国とも知っているからね。その理由は知らないだろうけれど、そこを、潜水で進めば、脱走潜水艦は各国を攻撃するための脱走だと理解し、あっという間に各国の魚雷を受け海底さ」


榎本は一息ついて続ける。


「2つめの理由は君たちに最初にあった時にも話したが、私以外に潜水艦には10名しかいない。その10名も入隊1年未満、訓練を始めたばかりの10名だ。


『みちしお』の通常の乗員は、訓練された70名。海上を航行するだけでもあやしいくらいさ。まあ、海上をなんとか進んで行けば各国も攻撃の意思なしとみて相手にしないだろう。分かったかな」


皆が黙って頷くのを見て榎本が再びホワイトボードの前に立ち黒のマーカーを取る。


「それじゃ、要員の配置、役割を決めよう。まず、最も難しく危険な北海道松前警備所攻撃は」


榎本はそこで、言葉を止め、皆の顔を見渡した後、近藤の顔に目線を止める。


「近藤、頼む」


「了解しました。陸上自衛隊3名と共に担当します」


「次に青森側だが、近藤、任せられる、陸上自衛隊員はいるか」


「沖田を担当させましょう。去年入隊した中で一番度胸があります」


岡田が声を上げる。


「僕も行きます。大学の先輩に青森の津軽に住んでいる人がいます。信頼できる先輩です。きっと力になってもらえます。それに、竜飛と松前は青函トンネルで繋がっているので、そこを通ればユミと合流出来ます。僕を行かせて下さい」


「少しでも、近藤の近くに居たいか。いいだろう。その先輩にすぐ連絡を取ってくれ。詳しい内容は言わず、竜飛岬の海岸で会いたいという言い方で。近藤、その沖田君の他2名を選んでくれ。


岡田を含めその4名を青森竜飛警備所攻撃隊とする。なお、青函トンネルは両岸とも警備が厳しいだろうから、我々が利用できるかは疑問だ」


榎本は、ホワイトボードの松前の所に、近藤と書き、竜飛の所に、沖田、岡田と書く。近藤が、立ち上がり、近藤の下に永倉、斎藤、山崎、沖田の下に井上、藤堂と書き入れる。


榎本は近藤に目を向ける


「近藤、松前警備所、竜飛警備所両方の部隊の指揮を頼む。攻撃出来るかの判断や、退避ルートなどは君にまかせる」


「分かりました」


榎本が続ける。


「残る攻撃目標は、海上自衛隊下関基地、陸上自衛隊冨野分屯地の2か所だが、陸上自衛官は後4名しかいない。潜水艦にいる10名の海上自衛隊員は無反動砲は扱えない。経験があるのは私だけなので私が行かざるを得ないだろう。それでも1名足りない。土方、無反動砲は全く経験ないか」


榎本は土方をじっと見る。土方は、武市に近づきながら小声で答える。


「無くはないのですが。端平さん、一緒にいてくれる」


「一緒にいるよ。陸上自衛隊の人に教えてもらいながら頑張ろうよ」


「そうね。私、何とか頑張る」


坂本がぼそっと二人に聞こえるように言う「おいおい、恋愛ドラマかよ」


榎本はこの声が聞こえないかのように続ける。


「それでは、下関は陸上自衛隊2名と武市君、土方、冨野は陸上自衛隊2名と私と坂本が担当する」


榎本はそう言って、下関の所に、武市、土方、冨野の所に榎本、坂本と書き込む。近藤が、土方の下に、山南、原田、坂本の下に吉村、島田と書き入れる。


「僕も本当に行くの。コックの役なら問題ないんだけれどな。大砲なんて触ったこともないよ」


坂本がつぶやくが皆は無視。


榎本が続ける。


「この計画は出来るだけ早く実行する必要がある。ロシアや中国はもちろん、アメリカも兵員や武器の配置を展開中の間に行わなければ成功は見込めない。とはいえ、夜間に海上の潜水艦へ乗り込むのは危険だ。


明日、0700には高知から出発しよう。0600に先程の桂浜駐車場集合でどうだ。近藤」


近藤が「了解」と答え、駐屯地の隊員に電話し、ハチヨン4門、ミニミ8丁など細かく指示する。榎本も潜水艦に電話し出発に向けた指示をする。榎本は連絡を終えた後、近藤が連絡を終えるのを待って皆に向かって笑顔で言う。


「計画のその他については潜水艦の中で詰めよう。私はこれから買い出しに出かけるが、皆はどうする」


「私と土方は家に帰ります。な、とし美。お互い母さんに笑顔で会おう」


近藤の言葉に、土方も笑顔で頷く。


「僕たちも家に帰ります。最後になると思いたくないけれど、家族に会ってから出発したいです」


涙ぐんで話す武市に、岡田も声を詰まらせながら言う。


「大丈夫だよ。そんなこと言うなよ」


「しみったれた話はいいけれどさ、近藤、お前その軍服で帰るのか。戦争が始まってるらしいって時にその恰好で街に出るとみんな逃げ出すぞ。榎本さんもその恰好で買い出し行くつもりですか。姉さんの服貸すからさ、着替えなさいよ」


坂本の言葉に、榎本と近藤が顔を見合わせる。


「それもそうだ。それじゃ、すまないが貸してもらうよ。それと坂本、これは軍服じゃなくて、陸上自衛隊の作業服だからな。榎本さんの服は、海上自衛隊の制服だ。間違えるな」


「はいはい、分かりました。軍服じゃなくて作業服と制服を着替えませんか。姉さんの部屋こっちだからどうぞ。榎本さんの着替えは僕が手伝いますよ」


「馬鹿、お前は部屋まで案内すればいいんだよ。手伝うなよ」


「誰が近藤を手伝うって言ったかよ。榎本さんを手伝うって言ったんだよ」


「だから、必要ないって言ってんだろ」


坂本と近藤のやり取りを聞いていた土方が思わず声を出す。


「私が二人の着替え手伝います。坂本君、さあ行きましょ」


坂本はまだ近藤に何かぶつぶつ言いながら姉の部屋に案内し中に入る。


「ここです。このクローゼットの中から好きなのを選んでください。姉が持って行った残りですがまだ沢山あるからがお好きなのをどうぞ。あ、榎本さんにはこれなんか」


「うるさいな。土方、坂本を外へ引っ張り出して見張っててくれ」


「さあ、坂本君、外へ出ましょ」


そう言いながら、土方が坂本の腕を取り部屋の外へ連れ出し部屋のドアを閉める。


「なんだよ、榎本さんの下着姿を見ようとしただけだろ」


「よく、私の前でそんなこと言えるわね」


「なにいってんだ。とし美だって、いつのまにか武市とくっついたじゃないか。『端平さん、一緒にいてくれる』なんて甘えた声出しやがって」


「端平さんはまじめなの。私だけを大切にしてくれる。あなたとは大違い。いつも他に何人もと付き合ってさ。それも堂々と。


それでいて、私が怒ると泣いて謝るふりなんかしてさ。結局私から別れるって言わせたんだものね。本当にずるい。ああ、別れてよかった。高校2年からの4年間のあなたとの記憶を消してしまいたい」


「そこまで言うかよ」


坂本の姉の部屋の中から、榎本と近藤の笑い声が聞こえてくる。土方がドアをノックし、入ってもいいかと聞く。どうぞと言う近藤の言葉で、坂本と土方が部屋に入る。


榎本は白のセーターとスキニージーンズにブラウンのロングコート。近藤は、グレーのタートルニットとロングプリーツスカート、カーキのダウンジャケット。二人でくるりと回りながら笑いあっている。


「すてき、二人ともすごくかわいい」


土方が思わず声を出す。


「すまないが、少しお姉さんの服を貸してもらう。買い出しが終わったらすぐに返すから」


榎本が坂本に言うと、坂本は榎本の周りをまわりながら声を上げる。


「いえいえ、このままでずっといましょうよ。姉さんの服を榎本さんが着るとここまで綺麗になるなんて、いやあ本当にきれい。僕、惚れ直しちゃいました」


「私もかわいいだろう」


照れ笑いしている榎本の前に近藤が出て、坂本に言う。


「お前はどうだっていいんだよ。岡田に褒めてもらいな」


「そうしよっと」


 近藤が、「にぞうさああん」と叫びながら部屋を出ていく。土方が近藤の脱ぎ捨てた陸上自衛隊の作業服を畳みそれを持って音を追う。榎本は海上自衛隊の制服を抱えて後に続く。


坂本は部屋を見渡しクローゼットの中を確認し、その扉を閉めて部屋のドアを何やらいじり部屋から出る。


坂本が厨房に戻ると、近藤と榎本の周りを岡田、武市、土方が取り囲み皆で楽しそうに笑いあっている。


坂本が、手をたたきながら叫ぶ。


「はいはい、ファッションショーはそこまで。お前らは家に帰るんだろ。早くしないと日が暮れちゃうよ。榎本さんも買い出しなんでしょ。早く行きましょう」


近藤、土方、岡田、武市の4人は、「そうしよう」と口々に言いながら玄関に向かう。榎本もそれに続こうとする。


坂本が思わず榎本に声をかける。


「榎本さん、どこ行くんですか」


「買い出しに出かけるのだが」


「手ぶらでどうするのですか。僕の車で行きましょう」


「いや、私一人で大丈夫だ。だいたい、店も分かるし、そこで袋も用意してくれるかと」


「何言ってるんですか。今日は正月1月1日ですよ。店なんて全部閉まってますよ。僕と一緒じゃないと何も買えませんよ」


「そうか、今日は元旦か。坂本が一緒だと何か変わるのか」


「旅館やってた頃の付き合いのある店なら、多分何とかなるでしょう。だから、僕と一緒じゃないと何も買えませんよ」


「なるほど、そういうことか。分かった。それじゃ申し訳ないが、坂本、一緒に来てくれ。よろしく頼む」


坂本は榎本と連れ立って玄関に出る。


玄関で待っていた、近藤、土方、岡田、武市の4人に坂本が声をかける。


「それじゃ、俺は榎本さんと車で買い出しに出かけるからさ。明日の朝、皆はここに来てよ。桂浜6時なら5時半集合でどう」


みんなが頷く。


土方が榎本に聞く。


「榎本さんは今晩どうされるのですか」


「実は、私の両親は田舎に引っ込んでしまってるんだ。ま、どこかホテルを探すよ」


坂本が思わず声を上げる。


「何言ってるんですか。ここに泊まってくださいよ。元旅館だから客室はありますけどずっと使っていないから、是非、姉の部屋でお休みください。鍵もかかります。風呂だって広いですよ。まあ、任せて下さい」


「そうか、そうさせてもらうとありがたい」


坂本がニヤっと笑うのを見て、土方が皆に分からないように坂本を睨む。


「それじゃ、皆、明日の0530によろしく頼む」


榎本は皆にそう言って坂本の車の助手席に乗り込む。坂本が運転席に入り車は走り出す。


4人はそれを見送り、それぞれの家に向かう。


土方がぼそっと呟く。


「榎本さん、大丈夫かな」

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