2030年 日本が占領される日

@sam-o

第1話

2030年1月1日午前4時。


中国本土から数百の巡航ミサイルが九州、沖縄の自衛隊基地を襲った。


ほとんどの航空機、艦艇、地上ミサイルが破壊された後、午前5時に、九州、沖縄上空に数百の航空機が飛来し、この地域の自衛隊基地に爆撃を行い、残っていた地上兵器や地上施設を徹底的に破壊した。


午前6時には対馬、北九州、佐世保、鹿児島、那覇の海上に中国の国旗を掲げた多くの艦艇が現れ、新たに各自衛隊基地にロケット弾、砲弾が降り注いだ。その後に兵士の上陸が始まった。


同時刻、北海道の自衛隊基地をロシア軍の巡航ミサイル、航空機、艦艇が襲い兵士が上陸を始めた。


当日中に、九州、沖縄は中国軍に、北海道はロシア軍に完全に占領された。攻撃開始前後の自衛隊の反撃は全くなく、各基地には自衛隊員の姿さえなかった。


さらに、不思議なことに、これらの地域の在日米軍基地は一切攻撃されておらず、またここからの反撃の様子もなかった。


それどころか、当日朝までに全ての兵器は運び出されており、兵士の撤退も完了していた。これらの地域のアメリカの領事館も同様で、もぬけの殻になっていた。


自衛隊統合幕僚監部、防衛省には、ミサイルの飛来を確認した時点で、連絡が入り、防衛大臣、首相に緊急連絡され、早々に国家安全保障会議も召集されたが、事態がつかめぬまま時が過ぎた。


防衛出動に向け、在日米軍との協議を始めようとしたが、米軍からは「状況確認中」が返ってくるだけだった。外務大臣から米国国務長官へ、さらに首相から米国大統領へ緊急の連絡を行ったが、いずれも「状況を確認している」の返答だけだった。


午前9時過ぎに外務省から首相官邸の国家安全保障会議に緊急連絡が入った。


外務省の郵便受けポストにアメリカ大使館からの封筒が入っており、中には「2025年1月1日、日本時間午前4時をもって、日米安全保障条約をはじめとする、日米間のすべての条約破棄を通告する」と書かれていたという。朝4時前に投函されたようで、9時に出勤した職員が取り出したと言う。


日本政府が混乱する中、10時には、九州、沖縄、北海道の自衛隊基地、行政機関、警察署、マスコミ各社を中国軍、ロシア軍が支配し、地域の自衛隊員全員を拘束したと両軍が発表した。


それに合わせたかのように、在日米軍が完全武装で、本州の全自衛隊基地に現れ、基地の明け渡しを要求した。


同時刻、東京では在日米軍司令官が首相官邸を訪れ、本州の施政権引き渡しを要求した。


日本は、本州を米軍、北海道をロシア軍、九州沖縄を中国軍に分割占領されたのだ。


あれ、四国はどうなった。




坂本龍太、武市端平、岡田仁蔵の3人は2030年の元旦の朝、まだ夜明け前の暗闇の中で、桂浜の坂本龍馬像の下に座りぼんやりと海を眺めていた。


3人で大晦日の夜に以前旅館だった坂本に家に集まり、坂本の実家の車で、新年と共に潮江天満宮で就職合格を祈願し、それから初日の出を見ようと桂浜へ回ったのだ。


「俺の御先祖の龍馬さんは、この海を見ながら、日本の将来を考えたり、大きな夢を見たりしていたのだろうが、俺たちはただやることがなくて座っているだけか」

坂本は坂本龍馬の子孫と信じており折に触れ竜馬を持ち出す。


坂本の言葉を聞いた武市が言う。


「しかたがないよ。時代が違うのさ。日本の将来もお先真っ暗、自分の将来もお先真っ暗、大きな夢どころか小さな夢もなくなったのだから」


坂本は高知市内の老舗観光旅館の息子で年の離れた姉は大阪で結婚している。ただ、旅館は10年前のコロナ禍で廃業、両親は住まいとしている旧館を残し、新館を土地ごと売り払い溜まった借金を返済。


残った金とわずかな年金で、数年に一度の旅行を楽しみに夫婦2人細々と暮らしている。


武市は両親とも元中学教師の一人息子、高齢になってからの子供だったので、父はすでに定年の年金暮らし。


母も後3年で定年予定だか、少子化と地方の過疎で中学生も減っており退職勧奨を受けている。


とはいえ物価高の中、年金の削減が続いているため生活できるか二人で悩んでいる。


岡田は両親が経営している小さな建築会社の男三人兄弟の三男。


ただ、ここ数年の不況のため、建築会社は休眠状態、両親は知人の建築会社の手伝いで何とか生活、兄二人は大阪で働いている。


3人は、幼馴染で、幼稚園、小学校から中学校まで同じ学校。


高校はそれぞれ別の学校だったが、何かと3人で集まり、お互いの初恋から失恋、良いこと悪いことを知り尽くした仲。


やがて、東京の別々の大学に入学したが、3人とも親が工面した仕送りは学費分だけ、生活は奨学金頼みだがとても足りない。


アルバイトも不況のせいで募集も少ない。さらに、街にあふれる失業者が優先されるため、学生まで回ってこない。


家賃節約のため、結局3人でアパート1室を借り一緒に暮らしている。


大学生活は、10年前から始まったオンライン授業が多く大学に出かけることも少なく、友人もできない。


金がないので東京の生活も楽しめない。結局3人で過ごすことが多かった。


東京でいいことは何もない。


とはいえ、高知には帰りたくないということで、大学3年の頃から3人とも東京で就職活動を始めたが、結局卒業を3か月後に控えても誰一人就職先は決まっていない。


しかたなく、高知で就職口を探そうと正月に帰省したのだった。


立ち上がった岡田が「寒い」と言いながらスクワットを始める。


「しかしなあ、坂本や、俺はともかく、武市もだめだったとはな」


武市は3人の中では最も優秀で、大学も一流大学。


そこでもまじめに勉強し、成績も上位。


就職活動でも、試験の成績はすべて高得点。


しかし、面接で不採用になっていた。


「俺、あがり症だからさ。緊張すると、なに聞かれてるのか、自分が何を言おうとしているか分からなくなって、言葉が出ないんだ。どんな時でも、誰が相手でも平気な坂本がうらやましいよ」


坂本は、子供の頃から明るくおしゃべりでいつもまわりに人が集まる人気者。


高校生の頃からは女性への甘い言葉も大得意。


だが、勉強はさっぱりで大学も三流大学。


就職活動では試験の出来があまりに酷く、面接での高評価も結局は不採用だった。


「筆記試験の無いところを狙えば良かったんだけれど、就職したい所はなぜか筆記があったんだよな。岡田は応援団だから引っ張りだこと思ったけれどどうして駄目だったんだ」


岡田は、小さいころから運動が得意なガキ大将。


武市がいじめられていると、すぐに駆けつけ、相手の人数にかまわず蹴散らしていた。


体育系大学に入学すると応援団にスカウトされ4年間を過ごした。


「応援団だ、体育会系だと持て囃されたのは10年前までさ。今は、ジョブ型とかで、言われたことだけする指示待ちはいりません。自分の得意分野があって、自ら考え取り組む人が必要ですってさ。応援団で上級生の指示を無視したら殺されちゃうよ。ああ寒い、今何時だ」


武市が時計を見る。


「まだ5時前だ。7時過ぎが初日の出だから後2時間位だな」


しばらくすると、西の空の所々が明るくなり、かすかに花火のような音も聞こえ始める。


「なんだもう日の出か」と、坂本が西の方を見ながらあくびと共につぶやく。


「日の出は東だよ。光は西だ。何だろう花火かな」と岡田。


「光と音の時間差から結構遠いよ。九州あたりじゃないか。花火だとここまで聞こえない」


武市が不思議そうに話す。


初日の出を見ようと集まっている回りの人たちも、ざわつき始める。


「ミサイルの攻撃」と言う声が聞こえる。


3人もスマホを取り出しSNSやニュースを見る。


「九州、沖縄、北海道にミサイル攻撃だって」


 初日の出を拝もうと桂浜に集まっている大勢が我先にと逃げ出す。


「次は桂浜が狙われる」と言う声も聞こえる。


「おい、どうする」岡田が二人に問う。


武市がスマホを見ながら「自衛隊の基地が狙われているようだな。それじゃ桂浜は大丈夫じゃないか。少し様子を見よう」と言うと、それを聞いた坂本が、のんびりとした声で言う。


「そうだな、俺たち、夢も希望も、将来も無いのだから、ミサイルが来たら来たで構わないよ。誰のミサイルか分からないが、日本にはアメリカ軍もいるから、慌てることないさ。まあ、初日の出を待つさ」


「初日の出を待つのはいいが、その後どうするか位は考えようぜ。大体、何故日本にミサイルが飛んでくるのだ。どこの国のミサイルなんだ」


岡田が二人に向かって言う。


坂本と、武市が顔を見合わせるのを見て、岡田が続ける。


「経済もボロボロ、国は借金だらけ、資源も無い、優秀な技術者はほとんどアメリカか中国へ行ってしまっている。こんな国を誰が攻撃するのだろう」




3人の就職先が決まらないのは彼らだけの原因ではない。


人口構造や社会構造、国際情勢の変化を顧みることなく、これまで通りの経済成長を目指した、15年間の金融緩和と放漫財政は、6年前から始めた対応は手遅れで、猛烈なインフレと不況を引き起こしていた。


大量の国債の償還、利払いのための増税や、社会保険料の増額が続く一方、年金や社会保障給付費は削減され、インフレで苦しむ国民生活に追い打ちをかけた。


それでも国債のデフォルトが近づいている。日銀も買いまくった大量の国債や株式の暴落で実質破産状態にある。


さらに、親会社から子会社への天下りや、社内派閥人事などの非効率が続く日本企業は、環境問題や技術変化に対応が進まず、低金利、円安で得た一時の利益も自社株買や株式配当に使い果たし、一部富裕層と海外投機家を潤しただけで何も残らなかった。


国内の不況が始まると業績はすぐに悪化。

さらに、海外の自国企業保護が本格化し、海外事業や輸出も壊滅、企業の倒産が続出した。


人手不足の時代は直ぐに終り、今、街は失業者で溢れている。


どの企業も新入社員の採用どころではなくなっていたのだ。




3人はしばらく桂浜にいた。すでに日は上がり始めている。


スマホを見ていた坂本が言う。


「沖縄と九州に中国軍が上陸を始めたらしい。北海道にはロシア軍が上陸と山のようなつぶやきだ。青森から山口まで本州のあちこちでアメリカ軍が自衛隊基地を占領しているって。東京もアメリカ軍だらけらしい。どうなってるんだ」


「そうか、これは地政学上の戦争だな」


武市がゆっくりと考えながら説明を始めた。


「つまり、世界的には、軍事力ではアメリカ対中国、ロシア連合、経済力ではアメリカ対中国、これが今の国際的な均衡状態だ。そして、これら3国に挟まれて、中国、ロシアに地政学的に近い所にあるのが日本。アメリカにおけるキューバのような国が日本だ。


特に中国から見れば、いつ、1962年のキューバ危機のようなことが起こるか分からない。それに、日本は不況で軍事侵略した歴史もあるから、面倒を起こさない内に、日本の一部をそれぞれの国が自分のものにして地政学的にも均衡の上、余計なことをしないようにしよう、ということだろうな」


坂本が頷きながら言う。


「なるほど、それで、北海道がロシア、九州と沖縄が中国になったのか。アメリカも地続きだと困るが間に海があればまあいいかと」


岡田が、武市に向かい。


「それじゃ四国はどこのものになるんだ」


「四国が、中国のものになると、本州と接点が長すぎて本州の防衛が難しい。逆にアメリカのものなら、九州の海岸線に攻め込まれやすくなる。とりあえず、緩衝地帯としておいたか、あるいは、四国のことを忘れていたかじゃないか」


坂本が海を見ながら


「忘れていたってのが、案外本当かもな。どの国が物にしたって、メリットもなさそうだしな」


「国民の皆さん、外に出歩かず、家にとどまってください」のメッセージがスマホに何度も流れている。駐車場のスピーカーからも同じ音声が流れている。


坂本がボソッとつぶやく。


「俺たちはどうしようか。この状況は、言うなら国の危機だ。どうせ、就職の当てもない。御先祖様にならって一丁国をかき回してみるか。アメリカ、中国、ロシアから日本を開放する何か手立てはないか、武市」


「うーん。今、3国とも疑心暗鬼の状態だろう。アメリカからすれば、中国、ロシアが本当に九州、沖縄、北海道で止まるのか、本州まで攻めないか。中国、ロシアからすれば、アメリカがこの状態を本気で許しているのか心配だろう。


もっと言えば、中国やロシアだって、実は相手がアメリカと裏取引して自分を攻めないとは限らないと思っているかもしれない。この状況をうまく使えば何か出来るかもしれないな」


「何か出来るって、どうするんだ」


岡田が聞く。


「具体的にはまだ何もない、でも、ともかく手ぶらの三人じゃ無理だ。人数と、そう、武器がいるな」


それを聞いた坂本が「人数と武器か。自衛隊だな。自衛隊に誰か知り合いがいたっけ」


武市と岡田が顔を見合わせた。


「近藤ユミが高知駐屯地にいるけれどな」


岡田が小声でつぶやく。


「土方とし美も、今、高知駐屯地で近藤と一緒だ」


武市も横を向きながら言う。


坂本が驚いたように岡田と土方を見て叫ぶ。


「なんだ、お前らどうして近藤と土方のことを知ってるんだ」


近藤ユミと土方とし美は、母親どうしが高知出身の姉妹で、二人は東京生まれ、東京育ちの従妹。二人とも坂本たちと同い年。


土方とし美は小学校1年生の時、病院勤務医だった父親を病気で亡くし、母子で近藤家に身を寄せた。


だが、その1年後、近藤の父親が事業に失敗し失踪、両家とも母親の故郷の高知へ行くことになり、坂本たちの小学校へ2年生の時、転校してきたのだった。


高知では、二人の母親とも朝早くから夜遅くまで働きに出ていることもあり、ユミと、とし美は双子のようにいつも一緒だった。


岡田が、小学校でけんかに勝てなかったただ一人が近藤ユミだ。


中学生になると岡田がけんかを仕掛けても近藤は相手をしなくなり、やがて同じ高校に進むと、同じ柔道部のライバルとして競い合うようになった。


岡田が東京の大学に行き、近藤が自衛隊に入るとお互いの近況を報告しあうようになり、近藤の休みに合わせて二人で会ったり、こっそり旅行に行ったりしていた。


土方とし美は、小学校から高校まで武市以上の秀才で、細身、色白の美人。物静かで、なんとなく近寄りがたい所があったが、同じ雰囲気の武市とは不思議と気が合った。


武市と土方は同じ高知の公立進学高校に進み、そこでの成績はいつも土方が一番、武市が二番だった。


土方は、父親を亡くした時から医師を目指していた。


母親の苦労を考え、学費がかからず給与も出る防衛医科大学に進んだ。


武市が東京の大学に進んだ後も二人は電話やメールのやり取りを続けていた。大学3年の時、土方から涙声で会いたいと連絡があり、武市が駆けつけると、ただ泣き続ける土方がいて、武市は黙って抱きしめ二人の交際が始まった。


武市は土方が東京で子供の頃を思い出し泣いているのだろう思い慰めるのだった。


今回は、土方が正月休みに合わせ、今朝、近藤のいる高知駐屯地に来ていたのだった。


「なんだ、おまえら付き合ってたのか。どうして俺に言ってくれなかったのさ」


坂本がむっとしたように二人に言う。


「そりゃしょうがないよ。坂本に話したら、会わせろって言うに決まってるし、ユミも大人になって、その、可愛くなってるから、危なくて合わせられないよ」と岡田。


「そう、とし美は子供の頃からきれいだったけれど、今はもっときれいになっているから坂本に近づけたくないよ」と武市も言う。


「それ、どういう意味だよ」


坂本は高知の高校生の頃から、次々と付き合う女性が代わり、東京に来てからはそれに磨きがかかっていた。


坂本の女癖の悪さは高知県人会で評判になるほどだった。


「だいたい、坂本は一人の女性ときちんと付き合ったこと無いんじゃないか」と武市が言う。


「俺は、一夜限りの愛が好きなんだよな。ロマンチックじゃないか。ぱっと燃えてぱっと消える。一瞬の光のような愛」


武市がそれを聞いて思わず笑う。


「ずいぶん勝手だな。相手は怒り心頭だろうな。日本で銃が解禁されたら、まず坂本がハチの巣だ」


「まあいいや、ともかく、近藤と土方に状況を聞いてくれよ」


それを聞いて、武市と岡田はスマホを取り出し操作を始める。


しばらくして、岡田が武市と顔を見合わせ坂本に言う。


「ユミと土方が仲間を連れてここへ来るって。駐車場で待ち合わせにした。俺らも駐車場へ戻ろう。ここは寒い」


3人が桂浜の駐車場に戻ると、来る時に満杯だった駐車場には坂本の車しか無かった。他は避難したようだ。


車の中で坂本と並んで座った岡田が状況を説明する。


「高知の自衛隊駐屯地では上官が逃げてしまったらしい。ユミは本部の指示を待っていたが、東京からは何の指示も来ないって。これからどうしようかって仲間で相談していたところに、俺たちから連絡があったのでともかく合流しようってことにした」


3人が車に戻ってから30分を過ぎた頃、駐車場に自衛隊のトラック1台が入ってきた。


それに気付いた岡田と武市が車から出て合図する。


自衛隊のトラックが坂本に車の隣に駐車し、近藤ユミと土方とし美が運転席から降りってきた。


近藤は陸上自衛隊の作業服、土方は白のパンツとピンクのセーター、青のダウンジャケットを羽織っている。


親しげに話す、岡田、武市、近藤、土方を見て、坂本も車から出てきた。


「坂本も一緒だったのか。あっ、それ以上私達に近寄らないでくれよ。貞操を守らないと」近藤がニヤっと笑いながら言う。


「なんだよ、久しぶりに会った一言目がそれかよ。俺だって友達の彼女に手は出さないよ」


「どうかな。高校生の頃、坂本の3メートル以内に近寄るなって、高知の女子高生全員の合言葉だったからね」


土方が続ける。


「最近は磨きがかかって、坂本君、日本一の女の敵に上り詰めたらしいから」


「止めてくれよ。武市が何を言ったか知らないけれど、そんなのじゃないよ。それより、お前らが付き合ってたこと、教えてくれない方がひどいよ」


坂本が4人を睨む。


「まあ、坂本いじめはそれ位にして、これからのことを相談しよう」


武市が話を切ったのに合わせて近藤が話し出す。


「それじゃ仲間を紹介するよ。皆おりて来いよ」


幌で覆われたトラックの荷台に近藤が声をかける。


10人の自衛官が幌の中から降りてくる。


全員陸上自衛隊の作業服を着た女性だ。それぞれが、名前と階級を言う。


近藤が続ける。


「私と合わせ11名、高知第二駐屯地に残った仲間だ。私以外は皆、入隊1年目だ。不況で自衛官への応募が急に増えているからな。帰省中でたまたま居た防衛医大の土方も入れれば12名だ」


「実は」と近藤が続ける。


「昨夜12時頃かな、今から明朝0700まで駐屯地を離れ行進訓練って命令が出てさ、こんな寒い中やれやれと思いながら行進していたら、いつの間にか上官はいなくなっちまうし、なんだってことで駐屯地に戻ると、旅団司令部から、九州、沖縄、北海道の自衛隊基地が攻撃を受けている、戦闘準備と連絡だよ。


それで、準備していたところに、今度は、武装を解除し隊員は全員撤去、駐屯地を米軍に引き渡せと連絡が来て、何が何やら分からなくなって、他の部隊とも連絡がつかないし、高知どころか四国には米軍基地も無いから引き渡すと言ってもいつのことなのか。その内に上官だけでなくほとんどの隊員もいなくなってしまう。


私達はどうしようかと話し合っていたところに、駐屯地で待ち合わせしていたとし美がやって来てさ。その時タイミングよく、仁蔵さんから私に、武市からとし美に連絡が入って、それじゃってことになってここに来たってわけさ」


坂本が尋ねる。


「自衛隊の基地が攻撃されたって、どういう状況なんだろう」


近藤が答える。


「詳しくは把握できていないが、九州、沖縄の基地はミサイル、空爆、艦砲射撃を受けたようだ。その後中国軍に占領されたが、攻撃が正確にピンポイントを狙っており、隊員や住民の被害は多くないらしい。


ていうか、どこの基地も私達と同じように誰もいなかったって噂もある。北海道の基地は、ミサイル、空爆の上、ロシア軍に占領されたが、こちらも同じ。で、本州全部の基地や駐屯地をアメリカ軍に明け渡すよう上から指示が出ているようだ。これらは、海上自衛隊、航空自衛隊も同じだろうと思うね」


「はじめに攻撃された時、どうして反撃しないんだ」


坂本が、12人の自衛官を見渡しながら言う。


「どうしてだって。まず、そこにいなかった」


「いたとしても反撃命令が出ていない。次に、あちこちへの災害出動、防疫出動と、実費レベルの予算削減で機器の手入れや修理もままならず、ほとんどの武器は故障で使えない。アメリカからの情報か、スパイからかは分からないが、中国やロシアはそれを知っていたんだろうね」


近藤の説明に、他の自衛隊員もうなずく。


土方が、武市を見て言う。


「端平さん、さっきの連絡では、日本を取り戻す方法があるって」


「そう、それをみんなで相談したかったんだ。どこか場所はないかな」


「外は寒いから、トラックの幌に入ろう。まず、考えていることを説明してよ」


そう言って、土方が、荷台の幌の中に入る。


近藤や他の隊員も土方に続く。


武市、岡田、坂本も自衛隊員に引っ張り上げてもらい、なんとか荷台によじ登る。幌の中は暗いが意外と広い。


みんなが座ったのを見て、武市が立ち上がり話し始める。


「今回の占領は、中国、ロシアにとって地政学的に脅威となりえる日本が、敵対するアメリカの軍事拠点であることを容認できないとして、両国がアメリカに強く申し入れた結果だと思います。


また、アメリカも日本の経済が疲弊し軍事力も弱まり、アメリカの経済、軍事への依存が大きくなっていく一方で、アメリカのために何もしない日本の面倒をもう見切れないと考え、中国、ロシアの要求を受け入れ、三分割することに合意したのだと思います」


武市はそこで一息入れて続ける。


「だから、北海道、九州、沖縄のアメリカ軍はいなくなっていたか、いたとしても攻撃されることも反撃することもなかったと思いますし、ロシア軍は北海道で止まり、中国軍も九州までで止まったのです。そして、自衛隊がロシア軍や中国軍を攻撃することの無いよう、アメリカ軍が本州の自衛隊基地を占領したのです」


近藤が武市に向かって立ち上がる。


「武市の現状分析は分かった。話としては納得できる部分が多い。我々に何ら反撃の指示がなく、部隊間の連絡が遮断されているのもね。それじゃ、どうして高知駐屯地にはアメリカ軍が来ないんだ。北海道はロシア軍、九州、沖縄は中国軍、本州はアメリカ軍と言ったが、四国はどうなったんだ」


武市が、坂本と岡田を見ながら笑顔で話す。


「実はさっき三人でもその話になったんだけれどね、アメリカ軍と、ロシア軍、中国軍の地勢的な接点は出来るだけ小さくしているようなんだ。そうなると、四国を、アメリカ軍であれ、中国軍であれどちらかが持つと、接点が大きくなるだろ。だから、中立の扱いにしたのじゃないかと。もう一つは両国とも四国には特に興味がなく忘れていたかだなって」


近藤が笑いながら言う。


「そうだな、四国には自衛隊の戦闘用兵器もほとんど無いしな」


隊員の一人が声を上げる。


「そんなことないです。四国には海上自衛隊の基地が二か所もあります」


別の隊員が応える。


「二か所って言っても、小松島はヘリコプターだけだし、徳島は教育だからね。外国軍と戦闘は無理」


先ほどの隊員が悔しそうに


「航空自衛隊の基地も土佐清水にあるじゃない」


「あそこは通信だけだろ」と誰かが言い隊員たちから笑い声が出る。


「それで、日本を開放するって、これからどうしようって言うの」


土方が武市に聞く。


「中国、ロシアとアメリカの間に信頼関係があるとは思えない。アメリカは、中国、ロシアが九州や北海道から本州へ侵攻しないか警戒しているだろう。中国や、ロシアも、アメリカが日本3分割を守るのか疑っているはずだ。


もともと日本全部がアメリカ側だったのだからね。多分、函館にはロシア軍、青森にはアメリカ軍、また、北九州には中国軍、下関にはアメリカ軍がそれぞれ警戒態勢で展開しているはず」


ここまで話して、武市は皆を見回す。全員が武市の次の言葉を待つ。


「中国軍、ロシア軍、アメリカ軍とも警戒はしているが、本格的な戦闘はしたくない。まさか、九州沖縄を確保するために、あるいは北海道を確保するために、アメリカと戦争しても利益にならないし、アメリカが本州を確保するためにも同じ。


だから、それを逆手に取る。つまり、僕たちが北と西で両岸から発砲し彼らに小競り合いを起こさせるのさ。そうすれば、日本3分割の状態がいかに危険で不安定かと分かり、アメリカ、中国、ロシアとも軍隊を引き揚げるに違いない」


近藤、土方や他の自衛官10人もお互いに顔を見合わせ、全員腑に落ちないと言う顔をしている。


近藤が立ち上がり武市に向かって怒ったように言う。


「いいか、武市、軍隊ってのは戦うのが仕事だ。小競り合いをしたからって、こりゃだめだ、引き上げようってなると思うか。私達にはとても思えない」


武市が答える。


「軍隊はそうだろう。でもね、軍隊は政府の指示で動くんだろ。軍隊を外国に駐留させるだけだって金がかかる。戦争となるとそれどころじゃない金が必要だ。いま、アメリカや中国やロシアが日本占領のために金をつぎ込むと思うか。


世界中がグローバル経済で好景気だった10年前までと違って、今は自国優先経済の結果、どこもインフレと不況が続いている状態だ。日本をアメリカ、中国、ロシアで3分割したけれど、ことが大きくなるくらいならもうやめようと金に面から考えるんじゃないか、と僕は思う」


「政府や金の話になると私達じゃ何とも言えないな。どう思うみんな」


近藤が土方や隊員たちを見る。


「端平さんの考えが正しいかどうかわからないけれど、このままなにもしないより、ともかく何かした方が良いと思う。私もこのままじゃ防衛医大に戻れそうも無いし」


土方の声に続いて、隊員たちも口々に話し出す。


「このまま駐屯地にいたって、しょうがないしね」


「給料だって出るのか分からないよ」


「給料どころか、食料だっていつまでもつか」


「国土防衛は任務だよ」


「ロシア、中国は仮想敵国だしな」


「中国、ロシア、アメリカを出し抜くって楽しそうだね」


近藤が隊員たちに向かい、賛成かと聞き、土方を含め11名が全員賛成と声を上げる。


これを見て武市に言う。


「武市、見ての通りだ。ともかくやって見よう。それで、いつ、どうやって函館、青森、北九州、下関に部隊を配備し、発砲するのかの作戦を聞かせてくれ」


「いつ、どうやっての作戦ね。ううんと、つまり、銃を持って新幹線で」


「銃を持って新幹線だって。馬鹿かお前。何考えてるんだ」


「ごめんなさい。いつ、どうやってまでは、まだ、考えていなかった、というか、それをみんなで考えよう、いや、考えて下さい」


「考えて下さいって、笑わせるなよ。まあ、確かに、軍事作戦を考えるのは私達の方が得意かもしれないけれど、何か考えていたのかと思ったよ。3人で相談していたんだろ。仁蔵さん、坂本」


いきなり、名前を呼ばれた、坂本と岡田は思わず顔を見合わせ、戸惑ったように坂本が言う。


「俺たちの中で頭使う担当は武市だから。体は岡田、口先は俺」


「分かった、分かった。私達で作戦を作るよ」


近藤はそう言って3人に背を向け隊員たちに向き合う。


「まず、移動手段だな」


「駐屯地で使える武器は何がある」


「要員の配置を決めよう」


「開始時間の設定と連絡手段がいる」


「撤退方法も」


隊員たちの間でいくつかの言葉が交わされ、荷台の床に広げた紙に土方が書いていく。


声が収まり、沈黙が続く。


黙って聞いていた、武市、坂本、岡田の耳に、近藤のつぶやきが聞こえる。


「やはり移動手段か」


隊員の一人がボソッと言う。


「榎本さんに連絡が付けば」


「榎本さんか、今どこにいるのだろう」


そう言いながら近藤が、3人に振り向く。


「仁蔵さん、覚えている、高校生の時、榎本亀さんって先輩いたでしょ」


名前を呼ばれた岡田が、顔を上げる。


「覚えているよ。OBの大学生で時々来てた榎本さんだろ。怖かったよな。俺、乱取りで投げられた時、そんな物付けてるから弱いんだって金蹴りされたよ。あの人空手もやってるんだって」


岡田の言葉に皆から笑い声が出る。


「あの、榎本さん、今、海上自衛隊で潜水艦盗んで脱走中なんだ」


「潜水艦盗んで脱走中って、どういうこと」


「この沖田が海上自衛隊の友人から聞いたところでは、えっと、沖田、話してくれよ」


先程、四国にも海上自衛隊の基地があると叫んだ隊員が話し出す。


「海上自衛隊の小松島にいる友人の話ですけど、呉の海上自衛隊基地で、昨日の夜に、明日の朝、所属潜水艦をアメリカ軍に引き渡すから機密書類を処分しろと、内々の命令があったそうです。


それを聞いた榎本さんが、冗談じゃないと言って、訓練生数人と、潜水艦一隻を勝手に動かしてどこかに行ってしまったらしいのです。見つけ次第確保するようにと、小松島基地にも連絡があったらしいのですが、その後は基地間の連絡がつかなくなり、脱走潜水艦についての連絡もなくなったと言ってました」


近藤が続ける。


「榎本さんは、自衛隊でも有名人でさ、大学出てから体育学校にスカウトされて女子柔道のオリンピック候補になったんだけど、オリンピックより潜水艦ですと言って呉に来たんだって。所属や階級を越えて榎本さんのファンが多いんだ。それと、男嫌いで有名で、セクハラしようとした上官を金蹴りしたとか。今度の脱走潜水艦も全員女性隊員じゃないかって噂なんだ」


武市が口を挿む。


「ちょっと待って。海上自衛隊の基地では、アメリカ軍が占領するのが分かってたってことなの」


「そうなんだろうな。反撃命令が出ないってことは」


「そうなんだ。でも、潜水艦があれば、津軽海峡にも、関門海峡にもいけるよな。その榎本さんとかに連絡つかないの」


近藤が武市を見て


「潜水艦だよ。脱走したってことは、日本の近海にいるとは思えないのに、どうやって連絡するんだ。携帯に電話をかけろってか。賢いと思ってたけれど、武市ってバカか」


武市がむっとして


「かければ繋がるかもしれないじゃないか」


「ははは、かけてやるよ。つながるわけないだろ。えっと、榎本さんはと。あれ、えっ、榎本さんですか。はい、近藤です。御無沙汰しております」


近藤が、スマートフォンを持ちながら、30度のお辞儀をして話し出す。


武市が、土方に小声で話す。


「これは演技してるの。それとも本当につながったのか」


土方がそっと、近藤に近寄り、近藤の耳に自分の耳を近づけ、元に戻って武市にささやく。


「繋がってる。榎本さんの声が聞こえた」


それを聞いたみんなが驚いたようにスマートフォンで話している近藤を見る。


「榎本さん、大丈夫ですか、潜水艦盗んで脱走中って大変な話になってますよ。ええ、はい、そうですね。さすが榎本さん。はい、今ですか。自分は桂浜です。そう、高知の桂浜です。土方や駐屯地の仲間も一緒です。それに、岡田もいます。そう、あの岡田です。はは、大丈夫みたいです。


それと、岡田の仲間の坂本って言うのと、武市っていうのもいます。えっ、御存知ですか。そう、女の敵の坂本です。はは、そうです。そう、武市ってのは、土方のあれです。そうです。榎本さんは、今どこですか。えっ、高知沖、そうなんですか」


近藤が、スマートフォンから顔を話し皆を見て言う。


「近くにいるんだって。呼んでみるよ」


「榎本さん、桂浜に来ることできますか。実はここにいる皆で、ちょっと面白い計画を相談していまして、榎本さんにお手伝い頂けると実行出来そうなんです。面白い計画ですか。日本から外国軍を追い払おうって計画です。そうです。ええ、詳しくはこちらでお話と言うかご相談させて頂けるとありがたいのですが。はい、はい、分かりましたよろしくお願いします。お待ちしています」


近藤が電話を切り、皆に向かって電話に内容を伝える。


「今、高知沖約20キロの所で浮上しているって。そのままこちらに来るって。1時間もあれば来るんじゃないかな。沖田、見ててくれよ」


それを聞いた沖田が双眼鏡を持ってトラックから降り、駐車場から海の方へ向かう。


近藤が坂本を見て言う。


「さすが坂本は有名人だな。榎本さんも女の敵って知ってたよ。高校生の頃から有名だったからな。大したもんだ。忠告しておくが、榎本さんには手を出すなよ。さっきも言ったけれど男嫌いで通っているし、金蹴りの名人だから」


それを聞いた土方が含み笑いをしながら坂本にささやく。


「でも、坂本君美人が好きよね。榎本さん美人だから。鍛えているけれどモデルさん並みのスタイルだし、我慢できるかな」


坂本が二人に向かって


「やめてくれよ。今、俺たちは戦争しようって言ってるんだよ。俺だって、状況をわきまえているよ」


「どうかな、坂本の女好きは普通じゃないからな。弁当屋の女の子、定食屋のアルバイト、同じアパートの女子大生、それに、バイト先の車の駐車違反を注意した婦警さん。みんな、口説いたその日にホテルに連れ込んで、それもホテル代相手持ち、終わると、『君みみたいな素晴らしい女性は僕なんかを相手にしちゃいけない』って泣きながら言ってそれきりだもんな。女性が近くにいると、つい手が出ちゃうんだろ。皆さんも気を付けた方が良いですよ」


岡田が自衛官たちに言うと、近藤と土方を除く自衛官たちが少しづつ坂本から離れる。


「やめてくれよ。まるで犯罪者みたいに言うなよ」と坂本が叫ぶ。


「ま、犯罪者そのものだな」


近藤が言って笑い声が出る。


そこに、沖田が駆け寄ってきて、海を指さし


「来ました。潜水艦。浮上しています。こちらに向かってます」


皆いっせいにトラックから降り海を見る。


「潜水艦は砂浜に接岸できないからどこか埠頭はないか」


近藤が皆に言う。


「この近くなら高知新港がある」


誰かが答える。


「高知新港に人がいたらどうするんだ」と、武市が言うと、坂本が「あれだけ、外に出るなって言ってるんだ。誰もいないよ」


近藤が「それじゃ、高知新港で待つって連絡するよ」と言って、スマホを取り出し、榎本に電話する。


「えっ、それは、ああ、そうですか。そうですね。それじゃどうしましょう。はい、分かりました。駐屯地にあります。用意します。そうですね、1時間30分もあればとおもいます」


近藤が、榎本さんとの会話の内容をみんなに説明する。


潜水艦がふ頭に接岸するには、押し船というタグボートのような船が必要だし、潜水艦へのタラップも高知新港にあるか分からないらしい。


今、潜水艦に乗っているのは慣れていない若い自衛官だけなのでそれらが揃っていても接岸は難しいという。


そこで、潜水艦に近づけるゴムボートのようなものがそちらにないかと聞かれたので、駐屯地にあるから持ってくると答えたと言う。


「それじゃ私達は一旦駐屯地に戻るよ。沖田、運転頼む。仁蔵さん達はここで待っててくれる。土方はどうする」


近藤の問いかけに、土方は私も一緒に戻ると答え、荷台に乗り込む。


自衛隊のトラックが走り出し、坂本、岡田、武市の3人は坂本の車に戻る。


「なんか、近藤達やる気になっちゃたな」


坂本がぼそっととつぶやく。


「これからどうなるんだろうな」


岡田も独り言のように言う。その後、自衛隊のトラックが戻ってくる1時間半後まで、3人とも一言も話さず、いつのまにか眠っていた。

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