episode D-2 想像を超えた真実
『そこで、二人きりになった夫婦に浄瑠璃からある提案がなされたね。それは――、二人に子供を与えること』
「子供を……、それ、僕?」
驚愕する僕から視線をそらし、ZTロボットは『俺を使ってね』と補足した。
「え? ロボ……?」
奇妙な展開に、僕だって面倒くさい子供の生まれ方は学んだよと言いたくなる。
ところが、真実は僕の想像をはるかに超えていた。
『そうなんだね。君の年齢が合わないのもそのせいだ』
「…………」
気になる年齢の話を持ち出されて固まる僕。
ZTロボットは真剣だった。
にもかかわらず、待っていたのは恐ろしい真実――、
『いいか桜、本当のことだからね。俺が作ったんだよ、浄瑠璃の指示で、ロボットの子供を』
え?
ロボットの子供? そんな馬鹿な……、
絶対ない、絶対ないって!
大きな金属の箱の陰でくすんだ壁が濃い翠色に染まっていく、どこから錯覚か僕には分からない。ロボット――機械の、子供を、僕を作った……ってことだよね?
「そん……な、僕、機械のわけないよ。お父さんもおか――んも人間だもん、機械の、ロボットさんはしゃべ、けど……」
分かんない、二年前に起きたこと、今目の前で明らかにされた事実が分からない。僕は自分が口にする言葉すらきっと理解できなくなるんだと頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
『桜、ごめんね。この箱、俺を作った場所でもあるんだけど、さらに俺の前の空間で桜を作ったんだね』
だっ、誰の声?
何か「桜」って言ってる……、お父さん?
ああ助けて、お父さん! お母さん!
『桜は人間と見分けるのが難しい最新型のロボットだ、本人にもロボットだと分からせないようにって話し合って決めたね。こんなに早く取り残されちゃうなんて、本当にごめんね、桜――』
僕は信じられないほど重い頭を何とかゆっくりと起こし、謝罪するZTロボットの息苦しそうな顔をその足元から見上げる。どうあがこうと結局は突拍子もない打ち明け話が正しいのだろう、今この瞬間までに誕生した数々の謎が僕の「脳」という〝謎の器官〟に浸透していくのだった。
僕はトイレや風呂を使わず何も食べなくて平気だし、女なのに一向に月経が起きないし、両親が感じる物理的な痛みが分からなかった――感情的な痛みしか感じない僕は、両親の痛がる様子から苦痛を類推していたわけで。他にも感覚でいえば心の冷たさは分かるけど物理的な温度はだめ、暗所での視力が両親と比べてずいぶん高いのもそう。いくら泣いても涙は出ないし汗もかかない、怪我もなかった。どれほど緊張して恋に落ちても胸はどきどきしてくれず、あとお父さんが大好きな「虫の声」が雑音でしかないのもおそらく僕がロボットだからだろう。
ああ、ついさっき「ロボットごとき」なんて思ったこと、「ロボットのくせに」と口走ったことが無茶苦茶申し訳なくなってきた。もう全部消えてなくなりたいくらい。「ロボットのくせに」は一度胸の中で懺悔した? 伝わってないよ。
僕が感情的な痛みに負けてふらふら立ち上がった時、その「ロボット」から優しい声が届けられた。
『浄瑠璃がね、桜に適度に忘れる機能を付加したんだ。そのほうが人間らしいし、自分の過去に疑問を抱きにくいだろうってね。それと、桜は食事の代わりにベッドで非接触式の充電をしている。気づかなかったよね』
僕は声を振り返りかけ、スピーカーは「耳」ではないとZTロボットの瞳を見つめる。
「――僕、その、ごめんなさい。さっき『ロボットのくせに』って言っちゃって。それと、こんな言いづらい話無理にさせちゃ……」
僕は言い終える前に再び膝を折り、床に座り込んである紙切れの言葉を頭に浮かべた。
し桜が 私たち
子供じ ないと知 て
そう、お母さんが遺したメモ。僕は確か「もし桜が、私たちの子供じゃないと知って」だと思い、自分はお父さんとお母さんの子ではないから実の親とともに危険な病気に感染せず、また他の人は皆病気で死んだものと考えた。しかしこれは勘違いで、いや間違いなく二人の血を引いた子供ではないのだが、実の親も他の人も実際にはいやしないし僕はロボットだった。病気になるわけがない。
『桜が謝ることは何もないよ。それでその――』
「待って、待って!」
話を進めようとするZTロボットに下から抵抗する。おそらくメモの正解は「もし桜が、私たちと同じ人間の子供じゃないと知って」かそれに近いものだろう。思ったより失われた部分の面積が大きかった、僕は「人間の子供じゃない」のだ。
「うう……、分かった。いいよ、続けて」
次はロボットの番、僕もロボットだけど――そう考えるだけで頭がおかしくなりそう。
『うん、それで桜が完成して命を吹き込んだ途端、これまでの方法では浄瑠璃と通信できなくなったね。許されるのは桜の恋心だけで、実際つながるまでそれも分からなかった。でも桜と話した浄瑠璃は、恋をすれば通信できるって気づいてたんだね』
「そう……、だね」
僕はゆらゆら相槌をうち、浄瑠璃の台詞を思い出す。
――ある日通信できなくなって、最後のデータ傾向を俺が解析して、まだ名前も知らない桜の恋愛感情が必要なんだろうって分かった。
そして自分からは通信できないため、発見した通信方法をこちらに伝えるすべがなかった。原因は僕を作ったからに決まっており、その証拠に僕の誕生前に牧野桜の恋愛感情は存在しなかった。
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