第五十四話/レーワの夢

「よし、お前達は先に戻れ。私は後片付けを済ませてから帰る」

ケンゲンが拘束したカンギをギルド職員へ引き渡す。

「良いのか?領主に対してそんな扱いして」

アンナが腕組みで近づくと、ケンゲンは頷く。

「ああ、少し前に伝令が来ていてな」

ケンゲンは懐から紙切れを取りだした。

「岩の下敷きになってた冒険者が目を覚まして、全部吐いた。こちらの様子を逐一報告させてた甲斐あってな、仲間がやられたと聞いて観念したのだろう」

得意気に紙切れをひらひらさせるケンゲンに対しアンナは「ふぅん」と頷いた。

「それより、そっちはどうなんだ」

「ん、ああ…」

アンナが振り返る。

ケンゲンも追う視線の先に、その問題があった。





「何をされてるんですか?」

メイがしゃがんでコミュニケーションを図る。

「んー?これ調べてるー」

顎を地面につけて何かを観察するレーワは顔を動かさずに答える。

「それは?」

「でっかい狼から出てきた魔石ー」

メイがよく見ると、レーワが見ていたそれは亀の額に刺さっていた魔石とよく似ていた。

「あの狼は魔石で動かされていたのですか?」

「んー、どうだろ。ボクが使った術式とは違うんだよねー…もっと調べないと分からないや」

「レーワ殿はどうしてあの亀に魔石を?」

「そりゃ、強い魔物が欲しかったからだよ」

レーワは顔の角度を変え、違う方向から魔石を見る。

「強い魔物を…?何故です?」

「んー…」

レーワはしばらくの後に「ひみつー」とはぐらかした。

「そういう訳にはいかねぇな」

後ろからアンナが割って入る。

「お前、ワドゥと何か喋ってたよな。カガセオと繋がりがあるんじゃねぇのか?」

レーワの動きがピクリと止まった。

かと思えば、勢いよく振り返る。

「お姉ちゃん、カガセオを知ってるの!?」

「うおっ」

思わず仰け反るアンナにレーワが詰め寄る。

「ねぇねぇ、カガセオの人はどうやったら会えるの?何処にアジトがあるの!?」

「ちょ、なんだなんだ!?」

困惑してる間にもグイグイと間合いを詰めてくるレーワに、アンナはどんどん後ずさって行く。

「ねぇ教えて!ねぇねぇ!」

「し、知らん知らん!知ってたら国を挙げて潰してるだろ!」

パッ、とレーワが離れる。

「なぁんだ、つまんないの」

レーワは駆け足で元の位置まで戻ると、魔石を拾い上げてその場に座り込んだ。

「レーワ殿は、なんでカガセオに会いたいのですか?」

「んー?」

魔石を観察しているレーワは生返事をする。

「まさかとは思うが、カガセオに入りたいとかじゃないだろうな」

「んー?違うよー」

「では何故…?」

「それはねー、カガセオの中に会いたい人が居るからだよー」

片目を閉じて魔石を空に透かしながら返す。

「会いたい人…?」

「んー」

「そいつに会ってどうするんだ?」

「んー…?」

メイは、心做しかレーワの表情が明るくなっている気がした。

「それはねー…ボクがカガセオを抜けさせるんだー」

レーワは立ち上がると、大きく手を広げる。

「だから研究を続けて、頼り甲斐のある強い魔法士になるんだー」

メイとアンナは目を見合わせる。

動機そのものは子供らしく可愛らしいものであるが、そこにカガセオが関わっているとなると手放しに肯定出来るものでは無い。

「レーワ、お前さん幾つだ?」

「えーっと…7か8?」

「…固有魔法は?」

「まだわかんない、でも生まれつき魔力は高いんだー」

アンナは頭を抱える。

レーワの年頃は、まだアンナが本格的な剣の稽古を始めたあたりだ。

「レーワ殿、ご両親は何処に?」

「いないよー?ボク去年まで孤児院に居たんだー」

「去年?今は…」

「お金持って抜け出しちゃった」

笑顔を見せるレーワに対し、メイは絶句する。

「厄介なお子様だな…」

アンナは溜息を吐いた。

シュテンと共に後方で様子を見ていたケンゲンへ、会話の内容を報告する。

「なるほどな、そういう事ならギルドで一度身柄を預かろう。抜け出した孤児院を割り出して連絡を取ってみる」

その後はケンゲンに「全員一度街まで来て欲しい」と言われた為、支度をしていると亀がその頭を、目線の高さまで下げてきた。

「んァ?」

急に頭が降りてきてシュテンが戸惑う。

「あ、亀殿も戻られますか。ありがとうございました」

メイが亀へ向かって頭を下げる。

亀は鼻先でメイの頭を小突いた。

「わっ…あ…」

回復魔法の光が一瞬メイの体を包んだ。

「えへへ…ありがとうございます!」

メイが鼻先を撫でると、満足そうに瞬きをしてアンナも小突く。

「おう、ありがとうな」

続いて、未だ眠っているマンジュとエイジに鼻先を当てると、血で汚れていたマンジュの体は綺麗になり、更に二人の魔力も回復していった。

「んむ…」

マンジュが目を擦り伸びをする。

「ふぁ…あれ?」

目を開けたマンジュは周りを見渡す。

「…終わったっスか?」

「ああ、とっくにな」

マンジュは額に手を当てる。

「うわぁ、アニキの戦いぶり見れなかったっス〜」

本気で悔しがるマンジュの横で、エイジも目を覚ます。

「ん…マンジュ?」

「あ、エイジおはよっス」

「ああ…?」

エイジもまた周りを見渡す。

亀はその様子を見ると、シュテンへ頭突きした。

「うおっ、なんだァ?」

亀は勢いよくシュテンの腹へ飛び込むとそのまま全身に頭を擦り付ける。

戸惑うシュテンを、アンナがひとしきり笑いメイが暖かく微笑む時間がしばらく続いた後、亀は瓦礫で埋もれた穴を再び掘って潜って行った。

それを見送った後、一行はコージツの街へと向かうのだった。

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