第五十三話/討たれる人、討つ鬼

あれほど覆っていた雲は薄くなり、夕陽が空を紅く染め上げている。

昼頃始まったこの小競り合いだが、その幕引きとしては実にあっけないものであった。

減ったとはいえ総勢二百余人の兵団員は、シュテンとその分身体の手により瞬く間に壊滅した。

赤い空を背に、脱力した兵団員の頭を鷲掴みにするシュテンのシルエットが浮かんでいる。

「わぁー、すごーい」

アンナを始め、その蹂躙劇を目にした誰もが息を呑んだが、ただ一人傍らでレーワは両手を振っていた。

「…………」

シュテンは分身体を消し、兵団員を投げ捨てると、敵陣に独り残ったカンギの方へ目を遣った。

「ひぃっ!」

ただただ呆然と立ち尽くしていたカンギであったが、シュテンと目が合うと腰が抜けて崩れ落ちる。

シュテンはその様子に目もくれず、ゆっくりとカンギの方へ近づいて行く。

「く、来るなぁ!化け物!」

「…………あァそうだァ、俺ァ化け物さァ」

ゆっくりと右の拳を掲げ、妖力を高めていく。

アンナはその様子に気づいていた。

シュテンはカンギを殺すつもりだと。

「っ…………!」

だが、声が出なかった。

それはシュテンの迫力に気圧されたからなのか、それとも恐怖を覚えてしまったのか。

ケンゲン達ギルド職員にも緊張が走る。

だがアンナと同じく声を上げられる者はいなかった。

アンナは震える拳に力を入れる。

声よ出ろと強く念じる。

その時ふと、腕の中で動きを感じた。


「何をする気だ…来るな…ぁ!」

カンギは手足をじたばた動かして逃げようとしている。

シュテンは一歩ずつ進みながら、拳に妖力を纏い形を練り上げていく。

「この化け物!」

カンギが土を掴みシュテンへ投げ付ける。

シュテンは意に介さない。

そのままカンギの上へ跨り、腰をかがめて胸倉を掴んだ。

「その化け物にィ…お前は討伐されんだァ」

「討…伐…?」

カンギが至近距離で覗いたシュテンの顔は陰になっていたが、この世のものとは思えない鋭い眼光のみがカンギの目へ突き刺さっていた。

気付けば、右手に纏った妖力の塊は鋭く形成されており、それはまるで鬼の爪のようであった。

「やめろ…やめてくれぇ!」

「鬼道・装技『意鬼投合』」

その鬼は右手を大きく振りかぶると、カンギの眉間目掛けて突き立てた。

「シュテン殿いけません!」

「っ!?」

当たる直前、軌道を逸らした拳はこめかみを掠り、後ろの地面へ突き刺さった。

直後、波紋上に地割れが広がると、街道はカンギの後ろ5メートル程に渡り破裂し抉れた。

土煙が一帯を包んだが、それが晴れる頃に見えたのは泡を吹いて白目を剥いたカンギの姿だった。

「…………」

シュテンはカンギをその場に捨て振り返る。

アンナの肩を借りて何とか立ち上がっているメイの姿が見えた。

「…………なんで殺さねェんだァ?」

「その者は裁きを受けねばなりません。それに、人間同士が殺し合っていてはいけないのです」

「だが俺ァ…………っ」

俺は人間じゃない。

そう言いかけた自分に気づき思わず黙り込む。

「…シュテン殿?」

「あァいや…」

シュテンは頭を搔くと、一つ溜息を吐いた。

「それが人間のやり方なんだなァ?」

「?…はい、そうです」

メイには質問の意図が分からなかったが、とにかく頷いた。

シュテンはカンギの首根っこを掴みあげると、引き摺って自陣まで帰還した。

「ほらよォ」

カンギをケンゲンの方へ放り投げる。

「あ…ん、確かに預かった」

異常な展開への戸惑いを隠しきれなかったケンゲンだが、一瞬で自分の職務へと戻りカンギに縄を掛けた。

「シュテン殿…わっ」

メイが前へ蹌踉めくも、シュテンが支える。

「えへへ…すみません」

後ろからアンナも支える。

「おいメイ、まだ無理すんな」

「いえ、大丈夫ですよ、ほら」

メイは支えを離して自立して見せる。

「全く…そもそもどうして倒れたんだ」

「えっと…さあ?」

小首を傾げるメイにアンナは溜息で返す。

「まあいいか、それよりも…」

アンナは視線を下に向ける。

メイとシュテンも釣られてその方向へ目を向ける。

「……...?」

そこには急に注目されて当惑するレーワの姿があった。

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