第五十二話/人として
カンギのはらわたは煮えくり返っていた。
自慢の合成魔獣も破られ、貴族としてのメンツに傷を付けられたのだ。
こうなれば最早、後には引けない。
とはいえ兵団も狼が蹂躙してしまったため直ぐには動かせない。
カンギは、ずっと横に居たリーダー不在の冒険者パーティの方を向いた。
「お前達、突撃しろ」
「えっ…」
冒険者の顔が青ざめる。
「ここまでお前達に目をかけてやったのは私だぞ、いいから従え」
「う…」
冒険者たちは一度剣に手をかける。
だが、ついぞ前には行かず踵を返した。
「無理だ!これ以上付き合いきれない!」
「あんな化け物相手に出来るか!」
口々に捨て台詞を吐き、来た道を逃げて行く。
「全く…しょうがない人たちだ」
アンナが敵陣の違和感に気づき目をやると、カンギが兵団員の射手に指示を出しているのが見えた。
その視線の先には、逃げて行く冒険者たちの姿。
「まさか…」
アンナは違和感に気づいていた。
兵団の先頭に立ち、周りが剣装備の中一人だけ弓を装備したその兵団員に。
どんな好機にも決してこちらを狙撃しようとしなかったその兵団員を。
そして今、その兵団員はアンナ達に背を向けて弓を構えた。
「やめろ!」
弓は放たれた。
冒険者の一人に命中し倒れる。
それを見て驚き振り返るもう一人の胸にも矢が刺さり、後ろへ倒れた。
アンナの声で注目を集めたその行為は、その場にいた全員が目撃するところとなったのだ。
「…やりやがったッ!」
アンナが怒りに手を震わせる。
「逃げる者に対して…あんな…」
メイの全身にも力が入っていく。
「…?」
シュテンには、何が起こったのか分からなかった。
だから、純粋な疑問を口にした。
「なァ、メイ」
「…どうされました?」
メイは敵の方を向いたまま返答する。
「アイツはァ、なんで殺したんだァ?」
「それは…」
メイの言葉が詰まる。
「なんで殺したか、ですって?」
代わりにカンギが答えた。
「彼奴らが逃げたからですよ、私の命令に背いてね!」
「だからって殺していい理由にはなんねぇだろ!」
アンナが叫ぶと、カンギは高笑いを返した。
「貴女も貴族なら分かるでしょう?領民の命は我々貴族の物なんですよ!生かすも殺すも我々次第!」
「違いますッ!」
尚も高笑いを続けるカンギをメイが遮る。
「領民の命を守るのが貴族の役目…それを履き違えた貴方は王国貴族として、いえ…」
メイの周囲が急激に熱くなってゆく。
怒りからか、声色も何処か様子がおかしい。
「人間として間違っているッ!」
メイが叫ぶと、敵陣の中心で大きな爆発が起こった。
まるで火薬に火を着けたような、派手な爆破。
兵団員たちの阿鼻叫喚が木霊する。
飛び散った火花があちこちで小火を起こし始めた。
「!?なんだ!」
急な爆発にアンナが慌てて振り返ると、メイがふらりと倒れ込んだ。
「メイ!」
アンナが叫ぶより早く、メイはシュテンに受け止められる。
「…なるほどなァ」
メイはそのまま気絶した。
自陣でもあちこちで小火が起こり始めている。
「…俺ァ、小難しい事ァ分かんねぇが」
アンナが駆け寄り、メイを受け取る。
「アイツらが人間から見ても倒すべき奴らだって事が分かりゃ十分だァ」
「なんですか…今の爆発はっ!?」
カンギは再び腰を抜かしていた。
「あの女…さては爆弾を仕掛けていましたね…!?」
カンギは怒りに任せてシュテンを指差す。
「貴族への暴行!王国への反逆行為です!兵団を上げて彼奴らを殺しなさい!」
もはや陣形も組めない兵団員たちは焼け残った者だけでこちらへ突っ込んできた。
「シュテン!思いっきり暴れていいぞ、後ろは気にするな!」
「あァ」
シュテンは迫り来る兵団に対し、歩き出す。
「鬼道・惑技」
シュテンは肩を回して準備運動すると、全身から妖力を放出する。
「『
放出した妖力が寄り集まり、形を成していく。
次第にそれらは、シュテンと同じ形となった。
「敵が増えた!?」
「何だアイツは!三つ子か!?」
「何人だろうと構うものか!進め!」
相対する兵団にどよめきが広がるが、勢いに任せそのまま襲いかかって来る。
「さァて…少しは楽しませろよォ」
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