第四十八話/会敵
ヘイシ村の入口から数百メートル前、街道の開けた場所でシュテン達一行は領主カンギを待ち受ける。
オニ党の他、ケンゲンとその護衛にギルド職員数名に加え、拘束を解かれたエイジがパイナスレングス兵団の前へ立ち塞がった。
「…ギルドが何故、我々の行く手を遮る?」
不満そうな顔を隠さず、カンギが問いかける。
「パイナスレングス卿。この度の行軍、どちらへ向かわれようとしているのか」
ケンゲンは怯まず返す。
「それを聞いてどうする」
「誤解があってはいけないのでね」
カンギが鼻で笑う。
「誤解?現に彼の仲間は殺されているのですよ?全てこの者等から聞いている」
カンギは、脇に控えていた冒険者二名を指す。
この二人は、昨日に村を襲ったパーティメンバーだ。
「領主としては、危険な村を野放しにはしておけませんから」
「危険な村…?」
マンジュの眉がピクリと動く。
「ええ、危険な村ですよ。聞くところによると、この村は付近に出没した魔物の対応をしている冒険者に対し必要な対応をせず冷遇。果てには冒険者の食糧を奪う真似までしているそうじゃないか。そこに今回の事件…もう言い逃れはできまい」
カンギは口元を歪ませる。
「この村を接収して、未だ狩られない魔物の対応をした方が領民の為になる」
今にも大声を上げようかとするマンジュの前で、ケンゲンが手を挙げる。
「幾つか訂正して頂きたい。まず、昨日の事件は殺人ではありません。当事者は皆生きている。次に村の冒険者に対する対応でありますが、ギルドに対して村の苦情を入れていたのは毎回同じパーティであります」
ケンゲンが、カンギの横に立つ冒険者達を指差す。
「彼らのパーティのみです」
冒険者達はケンゲンから目を逸らした。
「そして件の依頼ですが、達成されました」
カンギが怪訝な顔をする。
「達成された、だと?」
「ええ、討伐証明の魔石がこちらに」
ケンゲンが促し、マンジュが魔導鞄から魔石を取り出す。
カンギがモノクルを触り、魔石をまじまじと観察する。
そして堰を切ったように笑い出す。
「ああ可笑しい。そんな物がなんの証明になる。あの狼がそう簡単に倒されるものか!馬鹿も休み休み言え」
ケンゲンの眼光が光る。
「狼…ですか」
失言に気づいたカンギの顔が一瞬だけ引き攣る。
「領主、狼とわかってらっしゃるなら何故依頼書にお書きにならなかったのですか?」
「う、うるさいな。揚げ足取りですか?」
「今のでハッキリしたぜ」
アンナが会話に割り込む。
「領主、アンタ魔物の正体を知りながら、村を接収したいが為にそれを隠してたんだな」
アンナは、懐から封筒を取り出す。
宛名は無く、代わりに書きかけの魔法陣が中央に陣取り、縁には王家の紋章が入っている。
「これが何かわかるか?」
「それは…まさか…!?」
みるみるうちにカンギの目が丸くなっていく。
「ああ、王様直通の直訴状だ。もう封済、あとはこの一画を書き込めば速やかに王様の元へ届く」
直訴状は、その名の通り国王へ直接訴えを伝える為の書状だ。封筒に書かれた魔法陣を完成させると王の元へその場で転送される。
「そ、そんな物をなぜ白爵令嬢に過ぎない貴女が持っているですか!?王様が直接手渡した者しか所有していないはずですよ!?」
「さぁ、なんでだろうなぁ」
アンナは一筋の汗を垂らす。
実はこの直訴状、アンナの所有物ではないのだ。
ギルドを出る直前、執務室でアンナはメイに引き留められた。
そこでメイが懐から直訴状を取り出したのだ。
「メイ…これって」
「国王直通の直訴状です。私の署名があれば、王国はすぐに対応してくれます。実は既にしたためておいたのです」
メイは封書入りの直訴状をアンナへ渡す。
「え?」
「タイミングを見計らって、領主へこれを見せて出方を見てみましょう。確信が持てたら直ぐに魔法陣を書いてください」
「いや、なんで私に渡すんだ。お前のなんだろ?」
メイは微笑む。
「私より、貴族であるアンナ殿が出した方が自然ですから。緊張する必要はありませんよ、まだ予備はありますので」
「貴女…何者ですか」
アンナは、自分を訝しむカンギの台詞を、そのままメイにぶつけたい気分だった。
「…くっ!」
カンギが手を振る。
「っ!?」
次の瞬間、アンナの目先に矢が現れる。
狙ったのはアンナ本人か、それとも直訴状か、とにかく飛んできたそれはシュテンによって掴まれた。
「アンナ殿!」
「大丈夫だ…シュテン助かったぜ」
「…あァ」
ケンゲンが一歩出る。
「矢を放つとは、余程あれを出されるとマズイ事でもあるのですかね?」
「うるさい!どいつもこいつも不敬だぞ!私の邪魔ばかりしおって!」
カンギが叫ぶなか、メイはアンナの裾を引っ張る。
「アンナ殿、アンナ殿!魔法陣を!」
「あ…あ、ああ!」
アンナは筆を取りだし、魔法陣の残り一筆を結ぶ。
瞬間、直訴状は発光しその場から消えた。
「カンギ!直訴は成った!じきに王国が調査に来るぞ!」
「なんとでも言え!だがお前達は許さない!」
カンギが再び手を振ると、兵団の後ろに大きな影が轟音と共に現れた。
それと同時に、街道脇のあちこちからそれらが駆け廻り、寄り集まってきた。
その群れを見て、マンジュは反射的にダガーを抜く。
「レッドウルフ…ッ!?」
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