第四十九話/狼と亀と鬼の爆発
四方を取り囲んだレッドウルフの群れに、マンジュが前のめりになるのをアンナが制する。
「落ち着けマンジュ!」
マンジュの肩を掴みながらも、その瞳は群れではなく上方を見据えていた。
「なんですか…この魔物は…っ!」
メイは刀に掛けた手に力が入る。
「巨大な四足の魔物…」
ケンゲンが声を震わせるそれは、見た目こそレッドウルフのそれだが、大きさは黒龍にも引けを取らないものであった。
「素晴らしいでしょう?我が最高傑作ですよ!」
カンギはそんな巨大狼の脚を撫でる。
「なるほど、そういう事か」
ケンゲンが眉間に皺を寄せる。
「どういう事ですか?」
「あれは合成魔獣だ。領主は裏でその研究をしていた、恐らくこの森付近でだ」
ケンゲンは腰のナイフを抜く。
「それを悟らせない目的と、更に地下の鉱石資源にも目をつけて村の接収に乗り出した、という訳だ」
答え合わせのように、カンギが口角を上げる。
「大したものだ、一度もバレずにこれ程の魔物を作り上げるとはな」
「ええ、苦労しましたよ。数年前に一度だけレッドウルフの漏洩事故がありましたが、上手く誤魔化せました」
「なん…だと?」
声を上げたのはエイジだった。
マンジュも目を見開いている。
「じゃあ三年前、突然レッドウルフが現れたのは…っ!」
エイジの問いに、カンギは「ええ」と答える。
「あの時は焦りましたねぇ。大事にならなかったのが何よりです」
直後、マンジュが飛び出した。
「マンジュ!待て!」
アンナの声も空しく、マンジュはカンギ目掛け一直線に走って行く。
「おっと」
「っ!?」
しかし、割り込んで来たレッドウルフに阻まれ、マンジュは後ろへ跳ぶ。
「マンジュ殿!」
その隙にメイがマンジュを抑える。
「ふざけるんじゃねぇっス!そんな理由で…そんなくだらない理由で親父はっ!」
「嫌ですねぇ、実力差も分からずに飛び込んでくる人は。お父さんが何者か知りませんが、きっと同じように馬鹿な死に方したんでしょう」
「っあああ!!」
「マンジュ殿!抑えて!」
メイは、暴れるマンジュを自陣へ押し込んで戻る。
「慌てずとも、ここで殺して差し上げますよ」
カンギが手を振ると、巨大狼は咆哮を上げる。
「まずい…退避だ!」
ケンゲンが声を上げるが、誰も動こうとはしない。
「マスター無理です!レッドウルフが邪魔で動けない!」
巨大狼が爪を振りかぶる。振り下ろせば、シュテン以外は一溜まりも無いだろう。
アンナが大剣を構える。
「シュテン、マンジュを抱えろ!」
「おゥ…ん?」
シュテンは何かを感じ取り、マンジュとメイを抱えて後ろに飛んだ。
同時に巨大狼の爪が振り下ろされた。
「わっ!」
メイが声を出したその瞬間、シュテン達と巨大狼の間の地面が音を立てて割れ、中からあの亀が飛び出してきた。
「なんだ!?」
敵味方分けず皆一様に、突然の展開に軽いパニックになる。
亀は巨大狼の爪を甲羅で受け止めると、そのまま体当たりして巨大狼をノックバックさせる。
十分な間合が出来ると、交互に咆哮し牽制し合う。
「コイツ…助けに来てくれた、のか?」
衝撃で尻もちを着いていたアンナは突然の来訪者を見上げる。
「…ですが、休んでる暇は無さそうですよ」
メイはシュテンの小脇から抜けると、刀を抜く。
混乱の中、レッドウルフ達が統率を失い距離を詰めてきていた。
「まずは、雑魚処理だな」
アンナも立ち上がり、落としていた剣を拾う。
「マンジュ、大丈夫か?」
エイジが声を掛けると、マンジュは静かに頷いた。
「エイジ、下がっとくっスよ」
ダガーを拾い上げ、魔導鞄からもう一本取り出す。
「今度は…一匹残らず倒すっス…ッ!」
「…ああ」
エイジは頷き、後ろへ下がった。
「無理は、するなよ…頑張れ!」
ケンゲンの指示で、ギルド職員がエイジの左右に付く。
エイジはただ、奥歯を噛み締めた。
「メイ!シュテン!出来るだけマンジュのサポートに回るぞ!」
「はい!」
「あァ分かった」
オニ党はマンジュを中心に陣形を組む。
シュテンもなんとなくで空いたスペースを遊撃して行く。
ケンゲンらギルド職員のサポートもあり、レッドウルフの数はどんどん減っていく。
頭上では、巨大な二体の魔物が睨み合いを続けている。
「くそ…もっとレッドウルフを出せ!」
カンギは手を振り、ありったけのレッドウルフを森へ待機させる。
ケンゲンはその動きを察知して、「くそ…」と漏らした。
「どうしました?」
メイが気付き、ケンゲンへ問いかける。
「このままだと埒が明かない。こちらの消耗の方が激しい」
メイ達は元より、ギルド職員達には疲労が見え隠れし始めていた。
「まだ森の中にレッドウルフが控えているようだ。纏めて始末出来るような道具も持ち合わせがない」
それを聞いたマンジュが立ち止まる。
「確かに、このままじゃマズいっスね…アタシはまだ戦えるっスけど、まだ本丸が控えてるっスから」
マンジュは巨大狼の方を見上げる。
「…ここは、一発派手に片ずけるっスか」
ケンゲンが怪訝な顔になる。
「そんなこと、出来るのか?」
「アニキ!」
マンジュがシュテンを呼ぶ。
「なんだァ?」
「この狼たちだけ、纏めてどかんとやれるっスか?」
メイが察して顔を強ばらせる。
「ま、まさか…」
「あの森の中までかァ?」
「はいっス!」
シュテンは少し考える。
「まァ…やってみるかァ」
シュテンは、妖力を高めていく。
「…なんだ?」
ケンゲンが訝しむのを後目に、シュテンは妖力を地面に這わせていく。
「…シュテン殿」
「あァ?」
「ドカン、ですか…?」
「あァ、ドカンだァ」
メイは諦めのため息をする。
「メイ、ドカンって何だ?」
アンナも慌ててメイに確認しに来る。
「皆さん、衝撃に備えて耳と目を塞いでください…」
メイはそう言うと自身の耳を手で覆い、しゃがみ込んだ。
マンジュは既に地面に座り、シュテンの方を向いてワクワクしている様子だ。
何も分からないまま、アンナやケンゲン達はメイに従う。
「鬼道・爆技『鬼炎万丈』」
瞬間、地面は発光しレッドウルフの真下のみが間欠泉のように爆ぜていった。
「おわあああ!?」
目の前が爆炎に包まれたアンナが思わず声を上げる。
「うわぁ!?何事ですか!?」
敵陣からオニ党の不可解な動きを見ていたカンギも、突然の爆発に尻もちを着く。
「領主様…あれを」
兵団員が指差す方を向くと、森でも同様に大規模な爆発が起こっていた。
「なんですかこれは…彼らは狂いでもしたんですか!?」
カンギから見れば、森ごと自身を爆破した自爆攻撃だ。自分も死に、森も焼き払うというテロ行為とさえ思える行動である。
しかし、爆発が収まってからカンギが目にしたのは、信じ難いものであった。
「びっ…くりしたぁ!危ねぇだろシュテン!」
「あァ?ちゃんと調整しただろォが」
「あはは…今回は耐えたっス」
「マンジュ殿…癖になってません?」
平然と話し出すオニ党のメンバー、何が起こったのかわからず目を白黒させているギルド職員たち、いずれにせよ彼らは生きている。
「あれだけの爆発を起こしといて無傷…!?」
カンギは尻餅を着いたまま、しばらく呆然としていた。
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