第四十七話/血濡れの雨

「まずは先日の事について謝っておこう」

ケンゲンが頭を下げる。

「先日の事?」

メイが疑問を口にすると、姿勢を変えないまま話し始める。

「ギルド窓口での事だ。領主側に勘づかれない為にも、あの場で君らを厚遇するわけには行かなかった」

「じゃあ、ギルドは領主が怪しいとは睨んでたわけだな」

アンナがそう訊くと、ケンゲンは「ああ」と返し、頭をあげる。

「不自然な依頼にそれを受け続ける固定のパーティ…調べたらそのパーティは領主と繋がっていたのでな、村付近に何かがあるのだろうとは思っていた」

「その何かは分かったのか?」

「まだ推測の域を出ないが、村付近には鉱石資源が豊富に埋まっているとされている。彼奴等はそれ欲しさに村人を追い出したいのだろう」

「度し難い話ですね…」

メイの表情が硬くなる。

「詳しく計画を探る為に、我々は間者を領城へ放った。おかげで昨日の一件に口を挟む事が出来た訳だ」

「…それで、エイジはどうなんスか?」

恐る恐る、マンジュが口を出す。

「彼は…自分がやった事に相違ないと言っている」

マンジュが背もたれに凭れ込む。

「マンジュ、大丈夫か?」

「ん…ちょっとクラっとしただけっス」

「…しかし、だ」

ケンゲンが話を続ける。

「彼に顛末を聞いたら、事はそんなに単純ではなさそうだったのだ」





「じゃあ、強くなっちゃう?」

あの時、地面に這いつくばるしかなかったエイジの前に、少女が現れた。

「…だ、誰だ!?」

「あの家を守れるくらいの力が欲しいんでしょ?」

少女はしゃがみこみ、エイジの耳元で囁く。

「あげようか、力」

「なっ…」

「キミが欲しいと言えば、あんな奴ら敵じゃないくらいの力をあげちゃうよ」

エイジは少女の顔から正面へ視線を移す。

冒険者達は、玄関の鍵を弄っている。

「ホラ、早くしないと手遅れになっちゃうよ?」

エイジの頭に、いつかのチアンの言葉が過ぎる。


「急いで強くなる必要はないんだ。大事なのは腕っ節だけじゃない、ゆっくり一人前になりゃいいんだよ」


流れるように、三年前のマンジュの言葉が過ぎる。


「あの時アタシがちゃんと動ければ、親父が死ぬ事は無かった。幸せの為には強さが必要なんスよ」


エイジは頭を回す。次第に呼吸が荒くなっていく。

そんなエイジに、少女は囁く。

「力がなきゃ、守れるものも守れないよ」

エイジは少女を見上げる。

考えは纏まらない。だが、守りたいものがある。

「力が…欲しい…ッ!大切な物を守れる力をッ!その為なら…何でもくれてやる…ッ!」

「ほい、了解」


「リーダー、まだ開かないのか?」

「待ってろって、今すぐ…」

パーティリーダーの男は、頭に何かが当たる感覚でセリフを中断する。

「いってぇな、なんだ?」

振り返ると、エイジは地面へ伏せたまま、鋭い眼光だけをこちらへ向けていた。

周りを取り囲むように、多数の小石が浮遊している。

「まだ懲りねぇのか」

パーティリーダーは、解錠作業を止めて立ち上がると、エイジの方へ歩み寄って行く。

「実力差がわからんらしいな」

「やっちまいなよリーダー」

周りのメンバーたちがヘラヘラと煽る勢いで、リーダーは剣に手を掛けた。

「…………い」

エイジがなにか呟く。

「あ?」

「絶対に壊させないッ!」

エイジが叫ぶと、エイジの横に大岩が降ってくる。

「っ!?なんだ!?」

土煙の中、リーダーは驚きと息苦しさに口元を覆う。

「てめぇ!何しやがッ…!?」

エイジへ殴りかかろうとしたその時、土煙を割って現れた岩肌に視界が覆われる。

「がぱっ…」

パーティリーダーの男は、そのまま暗闇へ吸い込まれていった。

「リーダー?…!?」

物音に驚いたメンバー達が駆け寄ると、一瞬で青ざめる。

リーダーが立っていた場所には、大量の血を下に敷いた大岩が鎮座していたのだ。

沈黙が続いていると、ぽつぽつと雨がふりはじめる。

湿っていく地面へ未だ這いつくばるエイジの眼光に、メンバーの誰かが「ひっ」と短い声を上げた。

「う、うわぁぁぁ!」

それが皮切りになり、メンバー達は散り散りに村を飛び出して行った。

「はぁ…はぁ…」

次第に強まる雨足に身体を冷やされ、エイジは少しずつ冷静になっていく。

「俺は…何をした…?」

ゆっくりと起き上がり、その場に座り込む。

「あれは…俺がやったのか…?」

パーティリーダーの男は、足の裏のみをエイジに見せて動かない。

少しずつ流れる血は、俯いて自分の手を見つめていたエイジの視界にもじわじわと侵食していく。

「俺が…人を…」

雨音に掻き消されそうな声は、マンジュが肩を揺らすまでずっとエイジの頭の中を駆け巡っていた。





ケンゲンが話し終わると、マンジュは拳で机を思い切り叩いた。

「あの女…ッ!」

ギリギリと歯を軋ませる。

横でメイとアンナは顔を見合わせる。

「その強化魔法…魔力残滓は出たか?」

ケンゲンは頷く。

「先の一件は報告を受けているからな。すぐにヴェイングロリアス家へ連絡し、照合した」

「クロか?」

ケンゲンは再び頷く。

「君たちが私に預けた凶器の大岩、あれもヴェイングロリアスの戦闘で残されたものと同じ魔力残滓が検出された。同時に、エイジ君の魔力残滓も出たが」

マンジュは机を叩いた姿勢のまま、全身をプルプルと震わせている。

「…エイジは、解放にはならないんスか」

「彼の身体にはまだ強化が残っている。それに証言も状況証拠も彼を実行犯と認める以上、ギルドとしては保護観察対象とするしかない」

マンジュは動かない。

メイとアンナも何かを考え込んでいるのか、黙っている。

シュテンは、大きく深呼吸をして頭を掻いてみる。

「そうだ、ひとつ聞きたい事がある」

ケンゲンが手を叩く。

「なんだ?」

「昨日、君たちも帰った直後だったな。やけに帰りが遅かったが、何か成果があったのか?」

「ああ、その事か」

アンナが森の中での顛末を報告する。

マンジュを促して、魔導鞄から件の魔石を取り出して見せる。

「なるほどな。その話が本当なら、依頼も達成された事になる。その方向でもアプローチしてみよう。魔石を預かっても?」

ケンゲンが魔石へ手を伸ばしかけた時、誰かが扉をノックした。

「どうした?」

「マスター、領城の間者より緊急の報告です」

「入りたまえ」

入ってきた受付嬢が書状を手渡す。

ケンゲンが急いで中を検めると、急に立ち上がる。

「領主が兵団を引き連れて城から出た。行先は、ヘイシ村だ」

「なに?」

アンナが立ち上がる。

「恐らく本件の責任をエイジ君とし、村を取り潰す算段だ」

マンジュが勢い良く立ち上がる。

「今あの村には老人しか居ないっス。武力制圧なんかされたらひとたまりもないっスよ!」

「ああ、分かっている。とにかく急いで向かおう、支度したまえ。当事者達も連れていこう」

「エイジも行くんスか!?」

「ああ、準備を手伝ってくれ」

「了解っス…!」

ケンゲンが外へ出ると、マンジュは乱暴に魔石をひったくって部屋を飛び出す。

「アニキ!姐さん!お嬢!行くっスよ!」

「あァ」

マンジュに急かされシュテンも腰を上げる。

続いてアンナも部屋を出ようとした時、後ろから腕を掴まれた。

「アンナ殿、少しよろしいですか?」

「ん?どうしたメイ」

メイはマンジュ達が離れるのを見計らって、執務室の扉を閉めた。

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