第四十六話/魔石と夜

「あ、アニキ…」

深夜、マンジュが部屋から出るとシュテンと目が合った。

「どうしたっスか?眠れないんスか?」

「…そりゃァ、お前じゃねェのかァ?」

「いやまぁ、アタシはやる事もあるっスからね」

えへへ、と頭を搔いてみせるマンジュだが、ふと動きが止まる。

「アニキ、エイジは…エイジは、あんな事やってないっスよね…?」

「……さァなァ」

シュテンは腕を組んだまま返す。

「そう…っスよね、アニキが知るわけないっスもんね…何聞いてるんスかねアタシ」

「あァ、人間の事はまだ分からねェ。だがまァ…」

シュテンは立ち上がりマンジュに近寄る。

「俺がお前だったらなァ、やってねェと思う事は信じねェ。この目で見るまではなァ」

そう言うとマンジュの頭に手を載せる。

「そうっスか…そう、そうっスね。はい、そうするっス!アニキ、ありがとうっス」

マンジュは、両手で拳を作り「よし」と呟いて、シュテンへ一礼して部屋へと戻って行った。

シュテンは元の位置に戻り、座って壁に背を預ける。

「…これで正しかったんだよなァ?」

虚空に問いかけ、答えを考えている内に、シュテンは眠りに着いた。





翌早朝、早目に目が覚めたメイが支度をしていると、夜間に一度も寝床で見かけなかったマンジュが自室から姿を現した。

「あ、姐さんおはようございますっス」

「マンジュ殿…まさか徹夜されたのですか?」

「はいっス、おかげで終わったっスよ」

マンジュは大きな欠伸をする。

「何がですか?」

「あの亀に刺さってた魔石の解析っス」

「本当かそれ」

アンナが布団から身体を起こしつつ、話に割り込む。

「はいっス、ただ術士までは分からなかったっスけど」

マンジュが魔石を掲げる。

「コイツには強制順化の魔法が仕掛けられてたっス」

「強制順化?」

「魔物や獣を手懐けるのに使う魔法の中でも荒っぽいやつっスね。操り人形にして、術士の思い通りに戦わせることが出来る魔法っス」

「では、猛獣使師や魔獣使師の魔法という事ですか?」

「その通りっス。尤も、真っ当なテイマー達は殆ど使いたがらない魔法っスね。魔物や獣への負担が大きいっスから」

「あの亀の苦しみようを見たら納得ではあるな」

アンナが頭を掻きながら立ち上がる。

「召喚師も似た魔法を使うと聞いたことがあるが、あくまで魔物の意思で順化してから召喚するのが筋だとも言っていた」

「では、そんな乱暴な魔法を魔石に組み込んであの亀に刺したのは…」

メイが息を呑むと、マンジュが頷く。

「その可能性が高いっスね」

「カガセオ、か…」

アンナが腕を組む。

「マンジュ、解析結果は紙におこしてあるか?」

「この通りっスよ」

マンジュが封筒をひらひらと見せる。

「よし、なら詳しい話はギルドに着いてからだな。さっさと支度をしよう」

「ではシュテン殿も起こして…」

例によって布団を使わないシュテンは、この話の最中もメイ達の布団の横で胡座をかいて寝息を立てている。

「いや待て」

そんなシュテンにメイが近づこうとした時、アンナがメイの肩を掴んだ。

「アンナ殿?」

不思議そうにメイが振り返ると、アンナが難しい顔をしていた。

「先に、顔を洗わせてくれ」

「?…分かりました」





数時間後、マンジュは馬車の揺れの中で目を覚ました。

「んむ…着いたっスか?」

「あ、マンジュ殿。そろそろ起こそうと思っていたところですよ」

外を見ると、石造りの建物が並んでいる。

既にコージツの街へは入っているようだ。

「良かったな、ギルドが馬車を手配してくれて」

「お陰で身体も休まりますね」

マンジュは伸びをする。

「そうっスね。疲れが取れて頭がスッキリしたっス」

「一刻くらいしか寝てないだろ」

「若さ、ですかね…」

しみじみと言うメイへアンナが「いやいや」と突っ込む。

「メイも対して歳変わらないだろ?」

「いやまぁ…でも、アンナ殿の方がマンジュ殿と歳は近いですよ?」

「へっ?」

アンナは混乱する。

因みに17歳のマンジュに対しアンナは19歳だ。

アンナは、メイがコーシの街で既に何年か冒険者をしていたのは知っていたし、メイの立ち居振る舞いから16歳程度だと思っていた。

「メイお前、もしかして14とかか…?」

メイの頬が引き攣るのが目に見える。

と思ったら、ため息をついてフードの端を恥ずかしそうに手繰った。

「…えと、あの、これでも一応、21歳…なんです…」

コージツの街にアンナの驚愕が木霊した。




ギルドへ到着すると、すぐにギルドマスターの執務室へと通される。

先日の受付嬢が対応し、慣れた手つきでお茶を汲んでくる。

「ギルドマスターが参りますので、今しばらくお待ちください。何かありましたら、外におりますのでお申し付けを」

一礼して退室していく。

アンナがメイに耳打ちする。

「…受付嬢にしては、妙に手馴れてなかったか?」

「元々は給仕係だったと言うことではないでしょうか?人手不足で受付嬢を兼任していた、とか」

ドアがノックされ、ケンゲンが姿を現す。

その風貌は昨日見た彼とは違い、少しではあるが長く整えられていた髪型は乱れ、今朝のマンジュと同じように目の下にクマを拵えていた。

「よく来てくれた、オニ党諸君。話は多少長くなりそうだ。各自寛いで話そう」

ケンゲンは、ソファへ腰を下ろし目元を抑えながら、自分へ言い聞かせるようにそう述べた。

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