第四十五話/不穏な雨
突然の貴族登場に、オニ党の面々がどよめく。
だがそれは向こうも同じようで、先導していた冒険者がこちらを見て分かりやすく仰天する。
「えっ!?お前ら…何で生き…!?」
マンジュがハッとして立ち上がる。
「テメェら、エイジに何かしやがったっスね!?」
魔導鞄からダガーを取り出したマンジュを、アンナが慌てて制する。
「待てマンジュ!落ち着け!」
「離すっス!離すっスよ!」
「馬鹿!相手をよく見ろ」
相手は兵団員が既に貴族風の男を護るように取り囲み、迎撃の準備がされていた。
「相手は貴族だ、粗相をすればケンムの時のようにはいかないぞ!」
「……くっ!」
マンジュはアンナの手を振り払うとダガーを収める。
アンナは一息吐いて呼吸を整えると、一歩前に出る。
「貴族方とお見受けする。このような場に何の御用か?」
対して、最前列にいた兵団員がアンナへ槍を向ける。
「娘!無礼であるぞ。こちらは現パイナスレングス領主、カンギ=パイナスレングス
アンナは顔色を変えず、兵団員へと距離を詰める。
「き、貴様!斬り捨てられたいのか!」
「やってみろよ」
アンナが胸元からエンブレムを取り出す。
「ヴェイングロリアス
「っ!?」
この世界の貴族において、たとえ女子であっても家の位によって上下関係が確立される。
黒爵は6段階ある爵位で最下位にあたる。対してヴェイングロリアスはそのひとつ上の白爵位だ。
兵団員は上位貴族へ刃を向けていた事になる。
「し、失礼致しました!お許しをっ!」
「………はぁ」
アンナは大きく溜息をつくと、顔を作り直し前を向く。
「白爵令嬢様がこんな辺境で何をされてるのですかな?」
「見ての通り冒険者さ。そっちは何でこんな所に?」
「領城へ帰る途中、こちらの冒険者に出会いましてね、随分慌ててる様子だったので話を聞いたんですよ」
アンナは表情を変えない。
「そしたら殺しだって言うじゃないですか。視察も兼ねて下手人を捕らえようと思いましてね」
「随分口が回るんだな」
「ええ、それだけが取り柄ですから」
領主カンギはニヤニヤとアンナを見る。
「…で、下手人はどいつですか?」
「え、あ、あの男です!」
急に振られた冒険者の男は吃りながらもエイジを指差す。
「っ…」
マンジュはエイジを庇うように立ち塞がった。
「待て、そもそもこれは殺しじゃない!」
アンナが声を上げる。
「あの男は生きている。それに先に着いた私たちも現場は見ていないし、そもそもエイジにはあの大岩を動かす程の魔法は使えない!」
カンギは「ほう」と相槌を打つと、冒険者の男へ「どうなんですか?」と促した。
「俺は見たんだ!あの男が大岩を操って、うちのリーダーを押し潰す所を!」
「…だそうですよ?」
「そ、そんなわけっ!」
「残念ながら、現場を見ていた当事者の意見がありますからねぇ…ほら、彼を捕らえなさい」
カンギが兵団へ指示を出すと、数人の兵団員が動き出す。
「ちょ、待…」
「お待ちください」
アンナを遮って誰かが兵団を制する。
声の方を見ると、ギルドマスターであるケンゲンが建物の影から現れた。
「この件は冒険者絡みですので、ギルドへお任せください」
「ケンゲン…貴方都合良く現れますね」
「お互い様でございます」
「領主直々に下手人を捕らえると申しているのですよ?」
「ええ、ですが冒険者絡みの事案はギルドを通すのが規則となっております。我々が捕らえても領主様が捕らえても、結果は同じであるなら規則に従った方が良いかと」
「…しょうがありませんね」
カンギは兵団に指示を出し、そそくさと現場を後にした。
冒険者の男は慌てて後を追いかけて行った。
「ほんと、随分都合良く現れたじゃねぇか」
アンナがケンゲンに噛み付く。
「まあそう言わないでくれ。パイナスレングス卿には前々から間者を付けていたんだ。お陰で急いで来られたって訳だな」
「じゃあ、今回の件…」
「ああ、領主が何か絡んでるのは間違いないな」
「…そうか」
アンナが引き下がると、ケンゲンはエイジの方へ歩み寄る。
「ギルマス…」
マンジュがケンゲンを見上げる。
「マンジュ君、気持ちはわかるが建前上エイジ君を拘留しなければならない。いいね?」
「でもエイジはやってないっス!」
「いや」
マンジュの叫びに割って入ったのは、他でもないエイジだった。
「…エイジ?」
「俺が、あの岩を飛ばしたんだ」
「な…」
現場に戦慄が走る。
マンジュがエイジの肩を乱暴に掴んだ。
「なんで、なんでそんな嘘つくんスか!」
「マンジュ…チアンさんの言ってた事がわかったよ」
「…へ?」
「力なんてものは…使えるようになるだけじゃ、駄目なんだ」
「エイジ…」
エイジの肩をケンゲンが持つと、いつの間にか控えていたギルド職員がエイジを引き取る。
その横で、倒れていた男もいつの間にかギルド職員に回収されていた。
「君たちも明日朝一でギルドへ来てくれ、色々と話もある」
ケンゲンはそう言い残し、エイジを連れて去っていった。
頬を伝うのが雨なのか、もはや分からないままマンジュはその背中を呆然と見つめていた。
一部始終をフードの奥から見ていたメイは、ふとシュテンが凶器である岩を見つめていることに気付いた。
「シュテン殿、どうされました?」
「…この岩ってよォ、見た事ねェかァ?」
「え?」
メイが岩を観察する。
「うーん?」
「どうした?」
様子に気付いたアンナが合流し、三人で岩をまじまじと見る。
「うーん…ん?」
アンナが何かに気付いた。
「なぁメイ。この岩、魔力残滓がないか?」
「え?」
魔力残滓とは、魔法を使用した物体に残る痕跡である。
魔法使用者によってその形は異なり、調べる事で特定へと繋がる、指紋のようなものだ。
「言われてみればこの岩、何処かで…」
メイも違和感に気付く。
「アンナ殿!この岩、領都シンビでの戦いで使用されたものと同じじゃないですか!?」
「なに…!?」
岩を使った魔法を、メイ達はその身をもって知っていた。
忘れることもない、あの転移師の顔を思いだす。
「ワドゥ…カガセオの仕業か…っ!」
アンナは歯を食いしばり立ち上がる。
「シュテン!頼みがある」
「あァ?」
土砂降りの中、ケンゲン達は片道一時間の距離を歩く。
「…雨だと余計に遠く感じるな」
ぬかるむ土道を、怪我人を載せた台車を引いて進むのは、いくら熟練のギルド職員と言えども簡単では無い。
「少し休憩しよう」
彼らを休ませるのもギルドマスターの責務だ。
傘を差したまま、ハンカチで頬を拭う。
「今からでも馬車を手配するべきだろうか?」
「いや、俺ら頑張りますよマスター」
彼らの頼もしい言葉に、ケンゲンも少し気が楽になる。
「さて、あと少しだ。皆の者、頑張ろう」
「よォ」
急に現れた大きな影に、ケンゲンをはじめ全員がたじろぐ。
見ると、いつの間にか大岩を抱えたシュテンがそこに立っていた。
「シュ、シュテン君…!?え、追いかけてきたのか?」
既に村からは結構な距離が開いている。
戸惑うのも無理は無い。
「これを渡しに来たァ」
シュテンはそう言うと岩を地面に下ろし、ケンゲンへメモを手渡す。
「じゃァなァ」
「え?」
「鬼道・濫技『神出鬼没』」
そして突風と共にシュテンは消えた。
「…………」
ケンゲンは五秒程呆けた後、受け取ったメモを確認する。
そこにはアンナの名前で、岩の魔力残滓鑑定を依頼する旨が書かれていた。
「マスター、メモには何と?」
「…………」
ケンゲンは目を瞑り深呼吸をする。
「馬車を、呼ぼうか」
雨はまだ降りしきっている。
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