第四十一話/コージツ・ギルド

「だーかーらー!さっきから言ってるじゃないっスか!」

「ええ、ですから申し上げてるように…」

翌日、オニ党の四人はコージツ・ギルドを訪れていた。

昨夜見た冒険者の横暴をそのまま報告し対策してもらう…だけのはずだったのだが、マンジュは身を乗り出して受付嬢に詰め寄っていた。

「なんで分からないんスか!冒険者が村を荒らしてるって、意味通じないんスか?耳聞こえないんスか!?」

「おいマンジュ一旦落ち着け」

そのままカウンターを越えていきそうな勢いのマンジュを、アンナが剥がす。

「先程から申し上げているように、冒険者の派遣を止めることは出来かねます。件のクエストは領主様直々の御依頼なので…」

「しかしその皺寄せが小さな村にいくのはどうなんだ、ギルドは何も対策出来ないのか?」

アンナが片手でマンジュを抑えながら問うと、受付嬢は難しい顔をする。

「申し訳ありませんが、ギルドも人員に余裕がなく…」

「あんな村、派兵する価値もないって事っスか!?」

「マンジュ殿落ち着いて、ほら深呼吸ですよ…すーはー」

メイがマンジュの背をさすっていると、カウンター奥の扉が開く。

「何の騒ぎだ?」

中なら長身で細身の男が現れる。

「マスター、こちらのパーティが…」

受付嬢の声を遮って、男の後ろから「あっ!」と声がする。

「ギルマス!そいつらだよ!俺らの邪魔した奴ら!」

出てきたのは、昨夜追い払った冒険者パーティだった。

「ほう…?では君らがヴェイングロリアスから来たオニ党か」

長身の男がシュテン達の方を向く。

「私はここコージツ・ギルドのギルドマスターをしている、ケンゲンだ」

メイが会釈を返していると、マンジュが後ろから声を上げる。

「あんたがギルマスっスか、コージツはこんなんでいいんスか!?」

「…話が見えないのだが」

受付嬢が手を上げる。

「こちらのパーティが、ヘイシ村での冒険者の取り締まりを要望されていて」

するとまたしても後ろから冒険者たちが割って入る。

「ギルマスさん、さっき報告した通りですぜ!」

「ふむ…」

ケンゲンは顎に手を当て考える素振りを見せる。

「あの、さっきの報告とは…?」

メイが恐る恐る質問する。

「君らがこの冒険者パーティを脅して夕食と寝床を奪ったと聞いている」

「なっ」

「はぁ!?」

面食らうメイに被せてマンジュが声を張る。

「逆っスよ逆!そいつらが村から搾取してるんじゃないっスか!」

興奮するマンジュと冒険者たちの間にケンゲンが手を挟んで制止する。

「まあ落ち着きたまえ、この場で言い争っても埒が明かない」

そして少しの間考えたあと、「ふむ」と零す。

「どちらにせよ、村に派兵は出来ないし、件の魔物が倒されなければ依頼の取り下げもできない。君ら四人の要望を叶えたいなら、君ら自身でその魔物を討伐してしまえばいい話だ」

「はぁ?」

遂にアンナまでもが不満気な声を出し始める。

「ギルマスよぉ、半年間討伐されてない魔物を私ら四人一党で狩れってか?」

「そう言っている」

ケンゲンは平らな声でそう返し、更に続ける。

「少なくとも、黒龍を何十体も相手にするよりは楽な話のはずだ」

「む…」

コーシ・ギルドのマスター、ゲンオーはオニ党の情報をギルド間で共有しておくと言っていた。

つまり、ギルドマスターレベルになるとヴェイングロリアスでの戦いを少なからず知っていても不思議では無いという事だ。

「あー!もう話にならないっス!倒せばいいんスね!?倒せばいいんスよね!?」

マンジュは捨て台詞のように吐き捨てる出口へ向かって歩き出した。

「あ!待ってくださいマンジュ殿ー!」

メイ、アンナも追いかける。

シュテンもその後に続こうとしたときだ。

「…ちょっと君」

「あァ?俺かァ?」

ケンゲンは何も言わずにシュテンをまじまじと観察する。

「……んだァ?」

「いや、何でもなかった。すまないな引き止めて。討伐、頑張りたまえ」

「………討伐、かァ」

ふと、シュテンの顔に陰りが出る。

「どうかしたのか?」

シュテンはケンゲンに問いかける。

「…なァ、なんで人間は魔物を狩るんだァ?」

ケンゲンは鳩が豆鉄砲を食らった顔になる。

「…面白い質問だな。考えた事もなかった」

ケンゲンは「そうだな」と考え始める。

「魔物が人間に害をなすから、では納得出来ないか?」

「んァー…」

シュテンは考える。

同じように討伐された自身は、人間にとって害だったのだろうか。

鬼が率先して人間に手を出すことはあっただろうか。

少なくとも、酒呑童子はしていない。

人間を脅かすことがあるとしたらそれは、と考える。

「それはァ、人間が魔物を害するからじゃァねェのか?」

人間が攻撃してくれば鬼も反撃する。

それを「人間への害」と言われたのでは溜まったものじゃない。

しかしケンゲンは笑う。

「鶏が先か卵が先かって話だな。どちらにせよ、現状魔物を放置すれば被害が出る。それを放っておく訳には行かないだろ」

「…じゃァ、今お前が倒せっつった魔物はァ、どんな害があんだァ?」

「む…」

ケンゲンは黙り込む。

そしてしばらくしてから口を開く。

「それは君の目で確かめるといい」

「…………」

シュテンは眉を顰める。

だが、言い返そうにも言葉が見つからない。

そうして沈黙を貫いていると、外から声がした。

「シュテン殿ー!行きましょうー!」

シュテンは、若干の気持ち悪さを押し殺して、踵を返した。




「…シュテン殿、どうかされたのですか?」

村への帰路、やたら不機嫌そうなシュテンへメイが声を掛ける。

「んー?あァ…なァ、メイ」

「はい?」

「その魔物はァ、本当に討伐しなきゃならんのかァ?」

「へ?」

ケンゲンと同じく、メイは目を丸くする。

「…討伐依頼が出てるからには、討伐しなければならないかと」

「ん?なんだ何の話だ?」

アンナが割って入る。

「いえ、シュテン殿が討伐に疑問を…」

「あー?なんでだよ」

シュテンが返す。

「そいつァ、何の悪さをしたんだァ」

「…確かに少し妙っスね」

やっと落ち着いたのか、マンジュが顎に手を当てて割り込んでくる。

「討伐対象は、巨大な四足の魔物っスよね?」

「ああ、ギルドの依頼書にそう書いてあるな」

ギルドを出る前に、アンナが依頼書を一枚持ってきていた。

それをマンジュへ手渡す。

「こんな目立つのが村近くに出れば、エイジが何も知らないはずないっスよ」

アンナは思い出す。昨日エイジは、討伐対象については何も知らないと言っていた。

「それにここ、見るっス」

「ん?報酬欄か…って」

そこには銀2枚と書かれていた。

「流石に安すぎるっスよね」

討伐報酬としては、ゴブリン一体の相場が銀1枚だ。

未知の巨大な魔物相手にゴブリン2体分の報酬というのは、ほぼボランティアに等しい。

「どういう事だ?依頼主は領主だろ?」

依頼は依頼主のポケットマネーから行われる。

報酬金額も依頼主が決定し、ギルドが仲介をしてマージンを取る仕組みだ。

「誰も受けたがらないような依頼と、それを受け続ける冒険者が居る構図…なんだかきな臭くなって来たっスよ」

「とにかく、装備を整えて一度行ってみよう。現場に行けばまた何かわかるかもしれんからな」

マンジュとアンナがやり取りを続ける後ろで、メイはシュテンの袖を掴む。

「…シュテン殿、大丈夫ですか?」

「…あァ」

返事を返すも、モヤモヤは解けないし、マンジュ達の会話にはついていけない。

そんなシュテンにメイが微笑む。

「場合によっては、討伐しなくても済むかもしれませんよ。一緒に頑張りましょうね」

「…………」

シュテンはひとつ深呼吸をして、とりあえず今はまだ、人間の行動を見て学ぶ事にした。

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