第四十話/それぞれの想い

「…と、そんな感じでマンジュは出て行っちまった訳だ」

昔話を終え、エイジが一息つく。

「アイツは強がっちゃいるが、中身は普通の少女さ。帰りたくなった時、いつでも帰れる場所が必要なんだ。俺はそんな場所になってやりたい…って、聞いてるか?」

シュテンは胡座で壁にもたれ、腕を組んで頭を垂れていた。

「なんだ寝ちまったのか…じゃ、俺も寝るか」

エイジはランタンの火を消し、布団へ潜り込んだ。





「………………」

エイジの部屋前で、今にも突入せんとノブを握ったまま止まっていたのは、他でもないマンジュだった。

シュテンを奪還しようと企んで、メイとアンナを連れてここまで来たところまでは良かった。

だが、中の会話が丸聞こえだった為に聞き耳を立てたのが良くなかった。

「マンジュ、突入しないのかー?」

アンナがニヤニヤと耳打ちしてくる。

反対側でメイもニコニコとマンジュよ顔を覗き込んでくる。

「…帰るっス」

熱すぎる顔を冷まそうと、マンジュはそそくさと踵を返す。

メイとアンナも続く。

「エイジ殿、とてもよく出来た殿方ですね」

「全くだよなぁ」

「うるさいっスよ」

早足に拍車が掛かる。

「マンジュ、大事にしろよ」

だが、アンナのその一言でマンジュの足が止まった。

「どうかされました?」

「…お嬢」

「んあ?」

呼ばれるとは思ってなかったアンナが間の抜けた声を返す。

「その…悪かったっス、召喚師の事…」

「ん?…ああ、ケンム刺したことか?」

メイがハッとして口許を抑える中、マンジュがアンナへ向き直る。

アンナは笑っていた。

「やっと謝れるようになったか、そうかそうか」

感慨深そうに何度も頷く。

「いいよ、今更気にしてねぇし」

アンナは歩き始め、マンジュを追い抜かず。

「逆にあの時の刺客がマンジュじゃなかったらって考えると、背筋が凍るところだ」

「お嬢…」

「お前と私は背中を預けあった戦友だ、そうだろマンジュ」

アンナが手を差し出す。

「…はいっス!」

マンジュは真剣な顔でその手を握った。

その後ろでメイも、肩を撫で下ろした。

「さ、早く帰って寝ましょう!明日は忙しいですよっ!」

そしてマンジュとアンナの背中を押し、3人でマンジュ宅へ入っていった。




「………」

その頃、すっかり寝息を立て始めたエイジを後目に、シュテンは下を向いたまま考えていた。

「…帰る場所、かァ」

大江山、あの場所は鬼達を恐れて離れていった人間達の物を使っていただけに過ぎない。

シュテンにとっては何の思い入れもないし、寝床など何処でも事足りる。

そもそも、エイジは「なりたい」と言った。「作りたい」ではなく「なりたい」だ。

それは、単なる建物の話ではなく、エイジそのものがマンジュの帰る場所でありたいという事。

「人間がァ、人間の帰る場所…ォ?」

シュテンは首を捻る。

帰る場所が、人間にとってどんな意味を持つのか、それを人間が担う事が可能なのか、考えれば考えるほど混乱する。

酒呑童子に対しての他の鬼は、酒呑童子に敵わないから従っているだけに過ぎなかった。

常に孤独が跋扈していた鬼社会では、エイジがマンジュを想うような感情は中々育まれないのだろう。

「人間ってなァ、まだまだ分からねェ事ばっかりだァ…」

その後も考えを巡らせながらも、じきにシュテンは眠りに就いた。

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