第二十四話/タイマンの流儀

マンジュの足が下敷きにされていた岩を、シュテンが転がす。

「マンジュ殿、大丈夫ですか?」

「痛っつつ…あははは、面目ないっス…」

マンジュは笑ってみせるものの、額に脂汗を浮かべており、顔色も心做しか悪い気がした。

メイが足を観察してみるも、その状態は酷いものだ。

膝から下は一部形が変わっており、地面には血溜まりが出来ている。出血がない場所も内出血で腫れ上がっていた。

両脚がその状況だ。もはや歩く事もままならないのでは無いかと、メイは血の気が引いた。

「あちゃー、こりゃ直ぐには歩けないっスね…お二人とも、後で追いつくので先に西門へ」

「何言ってるんですか!マンジュ殿を早く回復師のもとへ…」

「必要ないっスよ」

マンジュは魔導鞄を漁る。

「姐さん忘れたんスか?アタシには、コレがあるっスから」

魔導鞄から手と共に出てきたのはヨーローの杖であった。

「あ…」

「さ、時間が掛かりそうなアタシは後回しにしてまずはお二人を…怪我は何処っスか?」

マンジュが杖をシュテンの方へ向ける。

「ん?俺ァどうもねェ」

「私も無傷ですよ!早く御自身を治して下さい!」

「…姐さん、治せる内に治した方がいいっスよ?」

マンジュは念を押すが、当のメイは首を傾げる。

「本当に無傷ですよ?それよりも早く御自身を!」

「…あ、はい!了解っス」

マンジュは足の治療を始める。

「時間掛かるので、お二人は先に西門へ加勢に行ってくださいっス」

「ですが…」

メイが渋っていると、正門の方から馬の足音と声が近付いてきた。

「御三方ー!ご無事かー!」

乗っていたのはテンショウであった。

誰かを抱えているようだ。

「テンニン殿!?何故ここに…」

テンニンは意識を失っていた。

「メイ嬢、マンジュ嬢はどうされたのだ」

テンショウへ事の次第を伝える。

「なるほど、災難であったな。そんな中で悪いが、御二方には正門へ向かって貰いたい」

「正門、ですか?しかし西門は…」

「アタシが治り次第向かうっス!姐さん達は急いで正門に向かってくださいっス!」

マンジュは何かを察したようだった。

「ギルド職員が早馬で戦地に飛び込む…それも手負いでっスよ?こんなの、考えられるのは…」

メイはそれを聞いて血の気が引く。

「ま、まさか…」

テンショウを向くと、頷いた。

「お嬢が今、お一人でケンム殿の黒龍と交戦されておる」






「ハァ…ハァ…」

アンナが剣を杖代わりに地面に刺すと、轟音を立てて黒龍の首が地面へ落ちる。

門の前、先の爆発で広場になったその空間を、五体の黒龍の死体が埋めていた。

「結構…やるじゃないか…」

対するケンムも魔力の消耗で疲れが見られていた。

「黒龍を連続召喚できるだけの力…身に付けてきたってのに…」

「ったりめーだ…ハァ…」

アンナは目線だけで睨む。

「こっちだって…強くなってんだよバーカ…」

「へぇ…じゃあまだやれるかな?」

「上等だ」

アンナがゆっくりと、大剣を持ち上げる。

「アンナ殿!」

急行したメイとシュテンが正門から飛び出す。

「今助太刀を…」

「来るんじゃねぇ!」

あまりの剣幕にメイの肩が一瞬上がる。

「アンナ殿…ですが!」

「あのクソ野郎の頬っぺた引っ叩くのは、私の役だ…」

「そうかい、やれるならやってみなよ」

ケンムが煽りながら、新たな黒龍を召喚する。

「くっ…」

堪らずメイが刀を抜こうとするのを、シュテンが制した。

「シュテン殿…」

「これァあの二人のタイマンだァ、外野が手ェ出して良いもんじゃねェ」

「ですが…」

「アンナを信じんだったら、黙って見てろォ」

「……アンナ殿」

メイは柄から手を離した。





「おーいワドゥ、死んじゃった?」

「…誰がですか」

ヴェイングロリアス領から遠く離れた森の中、大木に背中を預け、天地逆さまに自分のつま先を眺めていた男ワドゥは嫌味に対し不快な表情を返す。

「とりあえず早く立てば?それともウチのスカート覗いてるの?」

「そんな趣味はありませんねぇ」

ワドゥは横に転がって立ち上がると、ハンチング帽を拾い土を払う。

「まさか貴方が吹っ飛ばされるとはねー」

「あたくしを笑いに来たんですか?ホエンさん」

「いーや?ここからどうするのかなーと思って」

「勿論戻りますよ、やり残した事もありますしねぇ」

「…」

ホエンと呼ばれた少女は、いまだハンチングをはたいているワドゥを凝視していた。

「…なにか?」

「その帽子、ハゲ隠しじゃなかったんだ」

「怒りますよ」





黒龍が地面に伏す。

あれからアンナは2体の黒龍を斬った。

「ハァ…ハァ…」

すでに視界さえもぼやけ始めている。

「はは…やるじゃ、ないか…」

だがそれは、ケンムも同じ事であった。

「いい加減降参しやがれ…ケンム…」

「いいや、アンナこそ…限界じゃないのかい?」

その様子に、メイはやきもきしていた。

「シュテン殿…!」

シュテンに訴えるも、シュテンは腕を組んだまま動じない。

まだそのときでは無いという事だろうか。

「…っ」

メイは飛び出したい気持ちを抑え、戦闘を見守る。

「アンナ…そろそろ終わりにしよう…」

「あ?…!」

ケンムが今までに無いほど強く魔力を込めた。

アンナは察する。

おそらくこれが最後で、最強の召喚だろう。

「…アンナ…君はいつも先を行っていた」

ケンムの魔力がどんどん高まっていく。

「召喚魔法が発現した僕も追いつけないほど高みへ…どんどんと進んで行った…」

アンナは剣を持ち上げる。

「パーティメンバーの僕に見せつけるように…剣の腕をメキメキと上げ…遂には黒龍でも太刀打ちできない程に」

召喚された黒龍が雄叫びをあげる。

その巨躯は、今までの個体の数倍は見上げるほどであった。

ケンムはその額に跨り、叫んだ。

「僕が今まで感じた劣等…思い知れ!」

黒龍がアンナ目掛けて爪を立てる。

「…大馬鹿野郎が」

アンナは自分の身長ほどある大剣でそれを受け止めた。

「私が冒険者登録した時…大勢パーティの誘いが来てた」

そのまま黒龍の手を払い、剣を振りかぶる。

「全部蹴ってお前をスカウトした理由、わかるか!?」

アンナが跳ぶ。

「それは…幼い頃から弱かった僕に、自分の強さを見せつける為だろう!」

「馬鹿タレが!」

剣を振り下ろすと黒龍の腕が飛んだ。

黒龍の悲鳴が木霊する。

「魔法の成長を嬉しそうに話すお前に!私も刺激されていたからだッ!」

空中で振り下ろした剣は勢いに乗り、一回転して再び攻撃の構えとなる。

「この剣は…私と、お前の二人で作り上げたんだッアアアアアアア!」

黒龍の頸を捉えた大剣は閃き、火花を上げながら硬い龍鱗を削っていく。

「ラアアアアアアアアアア!」

アンナの声か、黒龍の叫びか、二つが入り交じった凄まじい音がヴェイングロリアス領全体に響き渡る。

「うわっ!」

メイは思わず目を瞑り耳を塞いだ。

そして暫くの後、音が止んだ。

メイが恐る恐る目を開けると、剣にしがみつき膝を付いて肩で呼吸するアンナと、へたりこんで動かないケンムの姿がそこにあった。

黒龍は首が切れ、他の死体と共に地面の召喚陣へ戻っていく。

召喚した魔物が陣へ戻るのは、魔力切れの証拠だ。

つまり、アンナが勝ったのだ。

「や、やった…」

メイが喜びの声をあげようとした時である。

「鬼道・濫技『神出鬼没』」

「え?わっ!」

シュテンの声が聞こえたかと思い横を向いた時には既に姿はなく、遅れて突風がメイの身体を押した。

「シュテン殿!?」

「は?」

気づいたのはアンナだった。

シュテンは何故か、ケンムの真横に立ち拳を振りかぶっている。

メイも気づく。そして混乱した。

あれほど自分の乱入を止めたシュテンが、勝負が付いた瞬間に攻撃に入った?

何が起きているのか分からない。

しかしその矛先は、明らかにケンムを向いている。

今のケンムがシュテンの一撃をマトモに喰らえばどうなるか分からない。

メイとアンナが同時に叫ぶ。

「シュテン殿!」

「シュテンやめろ!」

シュテンはそのまま拳を放った。

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