第二十三話/各地の真打
「伝令!被害多数!把握困難!」
「…クソッ!」
城内で机を思い切り叩くのは、領主ゲンキ=ヴェイングロリアスだ。
焦りの中でも、ゲンキは頭を回していた。
「…オニ党が対処しているあの男、虚空から岩を出現させたと言うが…ならば奴は転移魔法の使い手、すなわち転移師であるはずだ」
これだけの魔物がいきなり現れたのも、予め用意しておいた魔物群を領地目前まで転移させたからなのだろう。
だが転移魔法はあくまで、対象を移動させるだけの魔法だ。魔物は動物とは違う。己が意思で人の指示に従う、しかも統率のとれた大群でなど到底有り得ない。
「魔物を従わせる魔法を持つ敵が、まだ潜んでいる…まさか、な」
一方、正門前。
「キリがねぇぞクソ…」
アンナでさえ息が切れてくる頃合、手負いのテンショウは立っているのがやっとといった所だ。
「おいテンショウ、一旦引いて休めよ」
「お嬢こそ、疲れておりますぞ」
魔物は未だ取り囲むほどには残っている。
「もう、少しなんだがな」
「雷魔法…っ!」
眩い閃光と共に、二人を取り囲んでいたモンスターはたちまち雷に焼かれ倒れた。
「誰だ…?」
声のした方を探すと、森から馬が走ってくる。
背に居たのは、ギルド職員テンニンだ。だが、酷く怪我をしている様子で、馬へ必死にしがみついている。
アンナが駆け寄り、馬から降ろす。
「おい!しっかりしろ!」
「アンナ、さん…」
「どうした、ギルドでなにがあった」
「あ…」
「ん?」
「ケンムさんが、脱走しました」
「!」
「捕まえようとした、職員達を、召喚魔法で…」
「わかった、もういい喋るな」
緊張の糸が切れたのか、テンニンはそのまま気を失ってしまった。
「…テンショウ、彼女を頼む」
「お嬢は?」
「あの馬鹿がそろそろ来る筈だ」
その時、空が一瞬隠れ、直後に衝撃が走っていく。
アンナの前に、領城よりも高さがありそうな黒龍が現れた。
「テンショウ、行け」
「…お嬢、ご武運を」
テンショウは馬を引き領内へと走っていった。
「やあアンナ、待ったかい?」
「ご挨拶じゃねぇかケンム」
「これだけの芝居を打ったんだ、最後は派手にいかないとね」
「なるほどな、じゃあ」
アンナは自慢の大剣を振り上げると、腰の位置に構える。
「ド派手にボコしてやるよ!」
「マンジュ殿!」
「あ…姐さん…っ」
マンジュは苦痛に顔を歪ませながらも、メイに呼びかける。
「に、げてくださいっス…」
「マンジュ殿…」
その様子に男は高笑いする。
「カカカッ!良いですねぇ!いい苦しみだ!私の素晴らしい魔法がよく映える!」
ぴくり、とメイの眉間が動いた。
「貴方は、何のためにこんな事をするんですか」
「はて、おかしな事を聞きますね。組織の狙いはクーデターですよ、ヴェイングロリアスを乗っ取るのです。まぁ、あたくしにとっちゃ、どうでもいい事ですが」
そして男はにいっと笑う。
「あたくしは魔法で苦しみの声が聞けたならなんでもいいんですよ」
「苦しみ…?」
「ええ、苦しみです。魔法とは、苦痛を与える力!魔法使いの一番の快楽は苦痛に歪んだその顔!悲鳴!それがあたくしの生き甲斐なのです」
男は高らかに笑う。
「そんな、事のために…」
メイが俯いたまま呟く。
「はい?なんですか?」
「そんな事のために、シュテン殿を殺したのかっ!」
「!?」
思わず男が一歩引く。
「…私を一歩引かせるとは、中々やりますね」
内心、焦っていた。
メイが顔を上げた瞬間、瞳の中に見えた『なにか』。あれはなんだ。
「貴様一人の快楽のために、大勢が死に!手足が飛び!家族を失った!その責は、咎は!怨みは!どこへ向かう!」
「姐、さん…?」
マンジュも、メイの違和感に気づき始めた。
男は指を振る。
「中々言うじゃないですか、褒美に貴女は一発で殺してあげますよ」
何かわからないがこの女は危険だ。
早急に処理しなければいけない。
男はメイの上空に巨岩を転移する。
「っ!姐さん!」
気づいたマンジュが叫ぶも、もう遅い。
「ではさよなら」
岩が重力に従いメイへ降る。
大きな音と衝撃が響く。
すぐに岩と地面の間から血が漏れてくる筈だ。
「…ん?」
男は違和感に目を見開いた。
岩と地面の間は、大きく開いていた。
メイの頭上で静止していたのだ。
その岩の中心を、音を立てて亀裂が走っていく。
「な…」
じきに崩壊した岩だった石片が、メイの周りへ転がり積もる。
それらは、メイを中心に円を描くように広がった。まるで壁が彼女を囲っているかのように。
「な、なん…」
これには男は焦りを隠せなくなった。
なんだこれは、固有魔法か?
いやしかし見たこともない。
「その魂、ここで精算してもらおうか!」
メイの声色に男があからさまにたじろぐ。
「姐さん!?」
マンジュも焦る。
明らかにいつものメイではない。
何かは分からないが、このままではまずい気がする。
「クソ、ここから動ければ…!」
メイの魔力が高まっていくのを感じる。
それもおかしい。メイは魔力を持たないと言っていた。
「姐さん、貴女は一体…」
「ああああああああぁぁぁ!」
メイが唸りだし、男も恐怖のあまりその場から動けなくなっていたその時だ。
メイの背後で、轟音とともに岩が砕けた。
「っ!?」
「…シュテン、殿?」
振り返ると、シュテンを下敷きにしていた岩が、既に跡形もなく吹き飛んでいた。
そして地面に空いた穴から、何かが姿を現した。
「よっこらしょ…あァ、肩凝ったァ」
「アニキ…」
シュテンが首を揉みながらよじ登ってきたのだ。
「シュテン殿…シュテン殿ぉ!」
いつの間にかメイを覆っていた高密度の魔力は無くなっており、様子もいつものメイに戻っていた。
そのメイがシュテンに飛びつく。
「おわっ、なんだァ?」
「シュテン殿の馬鹿!なんでイアモニに応答しないんですか!」
「ん?あァ、岩に当たって壊れたァ」
シュテンは手の中からベコベコに原型の無くしたイアモニを取り出した。
「死んじゃったかと思ったじゃないてすか!」
「あァ?こんなんで死ぬ奴がいるかァ」
「じゃあなんですぐ出てこなかったんですか!」
「だってよォ、土の中動きづらくてなァ」
2人のやり取りを聞き、マンジュも自然と肩の力が抜ける。
「は、はは、良かったっス…」
「…???」
対する男は固まっていた。
今、あのシュテンとかいう男はなんと言った。「土の中」と言ったのか。
つまり、岩の重みに押し出されて地面をこじ開け、地中に埋まったと言うことか。
どれだけ頑丈なのだ。もはや人間とは思えない。
「…さて」
シュテンは怒涛の展開に目が点の男へ鋭い視線を送る。
「郎党が色々世話になったみてェだし、きちんと礼しなくちゃなァ」
酒呑童子は棟梁である。
仲間を可愛がってもらったのなら、しっかりケジメを付けるのが頭の仕事だ。
「ま、まあ、今日はこの辺で勘弁しといてあげますよ…じゃ」
身の危険を本能で察した男は、転移魔法の発動を始める。
「鬼道・装技『意鬼揚々』」
「ガッ?」
気づいたら男は空を飛んでいた。
転移した?いや、全身が痛い。これは殴り飛ばされただけだろう。
「…カカッ、ヴェイングロリアス領があんなに小さく」
男は苦笑いのまま、はるか遠くまで放物線を描いていったのであった。
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