第二十五話/敵

シュテンが拳を突き出した時「ガキン」と金属音がした。

その右腕はケンムの鼻先を掠め、空を切っていた。

直後、地面を金属が転がる音がする。

「あれは…!」

メイは音の主に見覚えがあった。

鯉口に手を掛ける。

「アンナ殿!敵の転移師がいます!」

「っ!」

シュテンはケンムを攻撃したのではなかった。

奇襲でケンムの頸を狙った投げナイフを弾いたのだ。

「今のを捉えますかぁ」

メイとアンナがハッとする。

誰もいなかったはずの場所、メイから見てケンムを見据える目線の先に、ハンチングの鍔を調整する男の姿を捉えた。

「邪魔しないで頂きたいですねえ」

ワドゥはため息混じりに呟くが、直後ピリッとした殺気を感じた。

「こっちの台詞だァ…」

殺気の主はゆっくりとこちらに視線を向ける。

「サシの勝負に水差すような奴ァ…」

ワドゥの眉が動く。

表情を抑えても伝わってくる、あの男のドス黒いオーラは一体何なのだ。

「俺ァ、大嫌いなんだァ」

頬まで引き攣って来た。

さっさと済ませよう。

「ホエンさん」

「あいよワドゥ」

シュテンの足元に、いつの間にか少女が現れていた。

「なっ…」

メイも、アンナも全く気づかなかった。

おそらく転移魔法を使い、この瞬間に現れたのだろう。

「あァ?」

少女は攻撃の素振りは見せず、地面にへたり込むケンムの肩に手を置いた。

「もうひと頑張り、して貰うよー」

「おい…」

アンナが一歩、踏み出して声を張る。

「ケンムに、何するつもりだッ!」

「よっ」

少女、ホエンが力を込めると、ケンムの身体に魔法陣が浮かび上がる。

「うっ…がああああああ!」

直後ケンムが唸り声を上げ出す。

「シ、シュテン殿!」

ハッとしたメイが抜刀して走り出す。

それを見たシュテンは、ホエン目掛け踵を振り落とした。

周囲に立ち込める土煙。

「おー、おっかないねー」

声はワドゥのすぐ近くからした。

「貴女ねぇ、あたくしが転移しなきゃ直撃でしたよ?」

「ワドゥは転移するでしょ?ウチを死なせる訳にはいかないだろーし」

シュテンが足元を見ると、ケンムが一人で悶えているばかりで敵の姿は無かった。

「…チッ」

「シュテン殿!」

メイが駆け付ける。

ケンムの状態に狼狽している様子だ。

刀をワドゥ達へ向ける。

「何をした!」

「何って、単純な強化魔法付与だよ?」

ケロッとした顔でホエンが返す。

「強化魔法…?」

「そそ、ウチ強化師だから。ケンムくんには、召喚魔法を最大出力し続ける魔法を掛けたんだ」

「なんだと…!?」

遅れて追いついたアンナが怒りに眉を震わせる。

その時、大きな唸り声とともに黒龍が三体現れた。

「そんな馬鹿な…もう召喚する魔力は残っていないはずですよ!?」

「関係ないよー」

メイの疑問にホエンが笑う。

「魔力とは即ち生命力、生命維持に使うエネルギーを魔法に回せばー…あら不思議!」

「そ…っ!」

絶句するメイ達を余所に、新たに五体の黒龍が召喚される。

「テメェら…なんの為にこんな事をッ!」

「ケンムくんもワドゥもだらしないからー、こうするしかなかったよねー?」

「ふざけんなッ!」

剣を上げようとするも、アンナの腕は上がる事を拒む。

「クソっ…」

「アンナ殿、とにかくケンム殿を止めなければ、街もケンム殿も危ないです!」

黒龍がまた四体増えた。

「私とシュテン殿で黒龍は食い止めます!アンナ殿はケンム殿を…!」

メイが立ち上がる。

「シュテン殿、龍はまだ増えます!ケンム殿が正気に戻るまで、龍がここから先に進めないよう、私と共に戦ってください!」

「……分かったァ」

シュテンとメイは黒龍の方を向き直る。

既に見渡す限りを覆い尽くす黒龍が召喚されている。

「ではシュテン殿…参りましょう!」

「あァ…」

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