第二十一話/急襲

夕方五の刻。自動車があれば、そろそろライトをつけ始める頃だが、城の周りは静寂に包まれていた。

一般人は皆、地下壕へ避難している。

城下を取り囲むように展開された兵団5000人の先頭でテンショウは、渋い顔をしていた。

「さて、どうしたものか」

城内、玄関ロータリーで仁王立ちするアンナも眉間に皺を寄せる。

「親父、兄の奴来ねぇぞ」

夕方には着くはずのショージ=ヴェイングロリアスが、一向に姿を表さないのだ。

「今タイジに頼んだところだ。ともかく間に合わぬのなら、ワシらでどうにかする他ない、皆気張れ!」

領主の激励に、野太い声が呼応し反響する。

「耳が痛ェ」

「あはは」

オニ党はひとまずメイとシュテンチーム、マンジュ一人チームにし左右に分かれた。

身軽さが売りのマンジュが心置きなく戦え、メイがシュテンの援護を受けやすいようにマンジュが提案した陣形だ。

『アニキ、姐さん、手が足りない時はすぐに呼んでくださいっス』

『わかってますよ、でもなるべく頑張ります!』

ゲンキが時計に目をやる。

「皆聞け、敵の到達予想まで一刻を切った。改めて気を引き締めて…」

瞬間、爆発音が声を掻き消す。

「申し上げます!西門敵襲!今の爆発で負傷兵多数!」

伝令用の魔導無線から報告が入る。

「馬鹿な!早すぎるぞ」

「申し上げます!正門に敵影確認!」

「東門同じく!」

城下からどよめきの声が聞こえてくる。

「いかん!奇襲で統率が乱れ始めてる!テンショウ!」

「こちらテンショウ、正面より敵影多数、陣形を整えまする」

テンショウは思い切り息を吸う。

「皆の者オ!陣形じゃア!」

正門の兵団員はテンショウの声を聞くと呼吸と陣形を整える。

「来い…迎え撃ってくれるわ」

一方、城下で混乱の中にいるシュテンとメイはイアモニに念じる。

『マンジュ殿!何事ですか!?』

『今確認するっス!』

マンジュはその間にも、城下が一望出来る城の最先端へ登る。

登頂すると、魔導鞄から筒を取り出す。

サウザントスコープ、要は魔導式の望遠鏡だ。

「よっ、と…西門で爆発、戦闘音も聞こえるっスね…って、あれは…!」

マンジュは目を擦る。

「ヤバい事になったっス…!」

マンジュは直ぐに飛び降り、正門へと向かう。

『アニキ、姐さんマズイっス!』

『どうしたんですか!?』

正門では、兵団が陣形を組んで敵を待ち構えている。

「間に合え…っ!」

まだ敵影と正門とは1kmほど距離がある。

それでも急がなければ、走らなければならない理由があった。

『敵は、''魔物の大群"っス!』

兵団の陣形は、対人用に作られている。

「兵団長ーッ!」

マンジュが叫んだその刹那、正門の軍勢は轟音と共に土煙に包まれた。

「わっ…!」

近くまで迫っていたマンジュは爆風に押され、元来た道へ戻された。

「…くっ」

『マンジュ殿!無事ですか!?』

『アタシは無事っス、でも正門部隊はやられたっス』

『え…』

『アタシはここに残って侵入を食い止めるっス、姐さん達は西の応援へお願いするっス』

マンジュは愛用のダガーを抜く。

「おいマンジュ!なんだ今の音は…っ!」

後ろから、爆発を聞きつけたアンナがやって来る。

「お嬢、敵は魔物っスよ。爆弾系とアンデット系の大群っス」

「なに!?そんな報告は一度も…」

「今見てるものが全てっス」

「…クソッタレ!」

アンナも大剣を構える。

「マンジュ、裏切るんじゃねぇぞ?」

「アニキに誓って、背中を預かるっスよ」

「よっしゃ、出るぞ!」

「イダテンソックス、頼むっスよ…っ!」




「シュテン殿、我々も援護に!」

メイがシュテンの手を引き西門へと走り出す。

「…おィ、メイ」

「はい?…む?」

シュテンが引き止め目線を流すのでメイも見ると、建物の影からスケルトンがわらわらと湧いてきていた。

「もうこんなところに!?行きましょう!」

「あァ」

スケルトンが溜まっていたのは少し開けた広場だった。

好都合である。視界が開けて刀が振りやすい。

「はああああっ!」

メイは抜刀し次々にスケルトンを薙ぎ倒す。

「コイツら骨なのに剣で斬れるんだなァ」

「ええ、効率は悪いですが…ねっ!」

メイが大きく振るも、足元の小石に気づかず躓いてしまう。

「わっ!とととっ」

姿勢を崩した瞬間、スケルトンが剣を振りかぶった。

「しまっ!」

振り下ろす瞬間、空気が破裂するような音と共にスケルトンが吹き飛んだ。

「あっ…」

気づくと、シュテンが後ろで拳を突き出していた。

「…気をつけろォ」

「ありがとうございます…」

「…ふむ」

シュテンは周りのスケルトンの数を確認するように見渡す。

「少ししゃがんどけェ」

「え?あ、はい」

メイがシュテンの腰より低い位置まで屈んだのを確認し、息を吸う。

「鬼道・震技『元鬼溌剌』」

シュテンが印を結ぶと、周りのスケルトン達がカタカタと震えだし、その上半身が一斉に弾けた。

「えっ、わっ、えっ!?」

意味不明な光景にメイは頭を保護して蹲るしか出来ない。

しばらくポップコーンのように周りのスケルトンたちが弾け飛ぶ時間が続き、仕舞いにはメイが涙目で震える音が聞こえるほど静かになった。

「よォし、もういいぞォ」

「な、な、なんですか今の怖い技はぁ!」

あまりの恐怖にシュテンをポカポカと叩く。

「あァ?だってああすんのが手っ取り早いだろォが」

「そうですけど!そうですけど!!」


「あーあー、やってくれましたねぇ」


「あァ?」

「っ!」

敵の声に気づき、メイは刀に手をかける。

「何者ですか!出てきなさい!」

「とっくにいますよ」

その声はメイの背後、間合いの中からだった。

軸足を回転し刀を抜く。

「っ…!」

「遅いね」

確かに間合いに居たはずのそいつは、その一瞬で大きく距離を取っていた。

「このスケルトンを率いてるのは貴方ですか」

「さあね、そうだと言ったら何なんでしょうか?」

「捕らえさせていただきます」

「カカッ、貴女には無理でしょう、その実力では」

「なっ…!」

「後ろの方は多少出来るみたいですが…」

その男は頭に乗せたハンチングを直すと、人差し指を前に出す。

「先に消えてもらいましょうか」

「なにを…」

その時シュテンが何かに気づき、メイの背中を突き飛ばした。

「わっ!?」

前にのめって地面を肘が擦る。

瞬間、重いものが落ちる音と振動を感じた。

振り返る。

「…へっ?」

先程まで自分とシュテンがたっていた場所に、巨大な岩が鎮座していた。

「…シュテン、殿?」

「おや、貴女を助けて自分が潰れるとは、あまり面白くない男でしたねぇ」

「潰…いやそんな」

シュテンに限ってそんなはずは無い。

メイはイアモニに問いかける。

『シュテン殿、何処ですか?』

応答は、ない。

『シュテン殿、返事をしてください!』

鼓動が早まるのを感じる。

『シュテン殿!シュテン殿ッ!!』

呼吸も浅くなっていく。

「あ、ああ…」

「安心なさい、貴女もすぐに彼の元へ行けますよ」

男の言葉など最早耳に入らない程に、思考が加速する。

あのシュテンが?自分を守って岩に?

「シュテン殿…シュテン殿ぉぉー!!」

虚空にメイの声だけが反響していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る