短編百合小説の集まり
九十九一
1輪 行きつけの喫茶店で
私の行きつけの喫茶店は、ちょっと不思議な人が店長をしている。
「いらっしゃーい! お、やーやー! 今日も来てくれたんだね! 感謝だよ!」
と、テンション高く接客するその人は、白衣を着たちびっ子とでも言うべき女性。
本人曰く、成人済みとのことらしいけど、とてもじゃないが成人しているようには見えない。
「コーヒー一つと、ホットサンドを」
「かしこまりました! じゃ、ちょーっと待っててね、すぐに作るので!」
入店してすぐに注文を行うと、店長さんはぱたぱたと可愛らしい足音を立てながら奥の厨房に引っ込んだ。
「……今日もお客さんは私だけかー」
周囲を見回しながらぽつり、と私は呟いた。
このお店は穴場とも言うべき場所なんだけど、あまりにも穴場すぎて、基本的に人が来ない。
位置としては……路地裏的場所とも言える。
しかも、明らかに喫茶店というよりも、アレな感じのBARという見た目のせいか、寄り付く人はいない。
その上、夜の営業はしていないのだ。
正直、立地が悪いとしか言いようがないが、なるべく一人になりたいと思う私にはピッタリの空間なので、申し訳ないけどお客さんがいないのはとてもありがたい。
店内には、穏やかな曲調のジャズ系の物が流れており、聴こえて来るのは厨房の奥の調理音と、このBGMだけだ。
「はいはい、おまったせー! 店長特性ホットサンドと、コーヒー! あ、こっちはサービスのミルクレープ!」
「え、いいんですか?」
「もちもち! ほら、お客さんはいつも君だけだし、私としては唯一の常連さんは引き留めておきたいのだ!」
と、本音なのか冗談なのかわからない言葉を私に投げかけて来る店長さん。
なんというか、可愛い。
この店長さんは、正直すごく可愛らしい容姿をしていると思う。
黒髪ツインテールで、顔立ちは童顔でかなり幼く見える。
体も小さく、おそらく140センチと少ししかないのかもしれない。
着ている白衣もサイズが合っていないのか、常に萌え袖状態だ。
正直、可愛い。
ここに通っている理由はいくつかあれど、この店長さんが見たいから、というのも正直ある。
同じ女性なのに、なんとも男性的理由だ。
「いただきます」
とはいえ、熱々の内に食べなきゃもったいない。
私はいただきますと言ってから、焼き立てのホットサンドを一口齧る。
今日のホットサンドの中身はハムとチーズという、ホットサンドの定番とも言うべきものだったけど、これが美味しい。
とろ~りと溶けたチーズに、ハム、そして外側はサクッとしており、中はふんわりとしたパン。
本当に美味しい。
シンプル故に、作り手の技術が大きく反映されていると思う。
サクッ、とろ~、とただただ美味しいホットサンドを夢中になって食べる。
「ごくん……ふぅ、ごちそうさまでした。美味しかったです、店長さん」
「うんうん、その笑顔が見たくてやってるからね! いつもありがとう、お客さん!」
満面の笑みで感謝を伝えて来る店長さん。
ぐっ、可愛いっ……!
やはりここの店長さんは天使だと思う。
笑顔も可愛い、料理も美味しい、あとちっちゃい、普通に可愛い。
これで成人女性なんだから、世の中不思議である。
「まーでも……」
「ん、どうかしたんですか?」
どこか申し訳なさそうな、悲しそうな、そんな表情を浮かべる店長さんに、私はどうしたのかと声をかけた。
「いやぁ、情けない話、このお店を近々閉めなきゃいけなくなっちゃってね」
私の問いかけに、店長さんは頭をさすりながら、悲しそうな笑みと共にそう告げた。
……え?
突然の発言に、私は思わず思考が止まった。
一体どういうこと? 閉める? え、なんで? なんで!?
「ど、どうして、ですか……?」
「……お客さんも知っての通り、このお店にはお客さん意外来なくてねー。今まではなんとかかんとかやりくりして、続けて来たんだけど……もう誤魔化しが出来なくなってきちゃってさー。賃料だってもう無理になっちゃって……」
「そ、そんなっ……!」
わ、私の癒しが、なくなる……!?
この店が無くなるとか、受けいれられないんだけど……!?
「……それに、実は自分の生活もままならなくなりそうなくらいお金も無くてね。住む場所もいよいよもってやばいぞ!? と、なって、店長さん超ぴーんち! なんて、そんな状況なのさ!」
どこかおどけたような口調で、店長さんは努めて明るい声でそう言う。
どう見ても無理して笑っている。
いつもの天真爛漫とした笑顔じゃなくて、苦しそうな、だけど私のために無理して笑っているようなそんな表情が、きゅっ、と私の心を絞めつけた。
「まあ、なんとか生きていく方法を見つけないとねー。それでお金を溜めて、また喫茶店をやりたいなって」
「……」
「……なーんて! あはは、店長さんは常連さんに何を言ってるんだろうね! あ、でも大丈夫! 店長さんはしぶといからね! Gみたいなもんです!」
辛そうだ。
すごく、辛そうだ。
きっと、このお店が大好きなんだろうということはよく伝わって来るし、何より閉めたくない、そんな気持ちが強く伝わって来る。
本当は今にも泣きたいはずなのに、常連である私にそんな姿は見せまいと、強がっているんだろう。
なんて強い人なんだろうか。
「……店長さんは、ご家族とかは?」
「んー、店長さんの家族は……あはは、いないんだー。このお店は亡くなったお爺ちゃんとやっててねぇ……そのお爺ちゃんが亡くなってからは店長さん一人。お婆ちゃんはとっくにいなくなっちゃったし、お父さんやお母さんもいない。まー、あれだね、天涯孤独って奴です! ……あ、天涯孤独って、字面はカッコよく見えない!? つまり、店長さんはカッコいい!」
暗くさせたくない、しんみりさせたくない、そんな気持ちで明るく、どこかふざけた言い方になっている店長さん。
たった独りで今までこのお店をやっていたんだ……。
店長さん以外の従業員を見たことはないし、なんでいつも一人なんだろう、って思ったことがあったけど、理由が理由だった。
「まぁ、店長さん可愛いし? 最悪、そう言うお店でも――」
「それはだめですっ!」
店長さんはが全てを言い終える前に、私は叫ぶようにそれを否定しました。
「ひにゃ!? な、なな、なんだい、お客さん!? 急に大きい声なんて出して?」
突然私が声を出してきたことに、店長さんはびっくりして、困った顔で私をまじまじと見てきた。
「たしかに、店長さんは可愛いです。きっとそう言うお店でもある意味では上手くやっていけるかもしれませんけど……けど、店長さんは、震えてますよ!」
「っ!」
私が指摘すると、店長さんはびくっ、と震えて、さっと手を隠した。
だけど、体は震えているから、全然隠せてもいない。
「無理して笑わなくていいんです! どうせ、ここには私しかいません。ほら、常連とはいえ、付き合いはもうそこそこですよ? もうお友達以上の関係と言ってもいいと思うんです」
「……っ」
「だから、そんなに強がらなくていいんです。泣きたい時は泣いてもいいんですよ。私、胸の大きさには自信があるんです! どうですか? 今なら私の胸で泣き放題ですよ?」
なんて、私も店長さんのようにどこかおちゃらけたような言い方でそう言うと、店長さん作り笑いをやめて、今にも泣きそうな表情を見せた。
「……じゃ、じゃあ、胸を借りても、いいかな……?」
「はい、遠慮なくどうぞ。この際、涙で汚れる、とか、鼻水が、とか、気にしなくていいです。ひたすら泣いていいですよ。大丈夫。ここにいる大人は私と店長さんだけ。外には誰もいませんよ」
にっこりと優しく微笑むと、店長さんはカウンターから出て来て、ぎゅっ、と私の胸に顔をうずめるように抱き着き……、
「う、うぅっ、ぐすっ……うぇぇぇぇぇぇぇぇんっっ!」
まるで子供の様に泣き始めた。
抱きしめてみると、猶更小さく見えた店長さん。
私は店長さんの頭を優しく撫でたり、ぎゅっと抱きしめ返したり、背中をぽんぽんしてあげたりと、ひたすらに泣き続ける店長さんに寄り添った。
そうして、しばらく泣き続けると、店長さんはようやく落ち着いたのか、すっと離れる。
「……ありがとう、お客さん。なんだか、すっきりしたよ」
「いえいえ。というか、どんだけ溜め込んでたんですか、私の服がすごいことになっちゃってますよ」
なんて、笑いながら私はそう話す。
思った以上に泣いた店長さんが顔をうずめていた私の服の胸元部分は、それはもうびしょびしょだったから。
よっぽど辛かったんだろうなぁ、とこれを見て余計に思わされた。
「うっ、だ、だって、今まで独りだったから……本当、初めての常連さんであるお客さんが出来て嬉しかったんだよ……しかも、こんな店長さんを慰めてくれたし……」
と、恥ずかしそうに、だけど、嬉しさを滲ませた声音で、そう私に言って来る店長さん。
頬を染めながらのそのセリフはとてつもなく可愛かった。
というか、やっぱり好きだわー……この店長さん。
いや、でも、店長さんはきっとノーマルだしね……それに、弱みに付け込むような形になりそうだし、告白はしたくないなぁ、今は。
なんて、そんなことを場違いにも考えていると、店長さんがじっとどこか潤んだ瞳で私を見つめて来た。
「ん、どうしたの? 店長さん」
「……いや、あの、実は一つお別れ前に、言っておきたいことがある、な、って……」
「言っておきたい事? あれ、もしかして私……お代払い忘れたときありました!?」
まさか、私が知らぬ間に無銭飲食を!?
「ち、違うよ!? そういうことじゃなくてっ!」
私のセリフに、店長さんは強く否定。
あ、よかったぁ……てっきり、無銭飲食したのかと思った……。
「……あ、あー、その、だね…………い、今ので、色々、とじ、自覚しちゃった、んだけど……いや、違うか……実は割と早い段階で思ってた、んだけど、ね……?」
「はい」
わー、もじもじする店長さん可愛いー……。
うぅ、こんな可愛い店長さんのことが見られなくなると思うと……いや待てよ?
私には店長さん一人を養うだけの財力はあるし……一時的に私の家に避難という名目で一緒に住むのはありなのでは?
あ、いいっ! それすっごくいい!
そうすれば、可愛い店長さんを見られるし……あ、でも、さすがにそれは嫌、だよね……。
うーん、でも、どうにかしてあげたい。
なんて、一人で変なことを考えていると、意を決した店長さんが、顔を真っ赤にしながら、私に告げた。
「じ、実は……ずっと前から好きでしたっ!」
と。
……………………ん!?
「はいぃぃぃぃ!?」
「だ、だって、ボクのお店に通ってくれて、いつも美味しいって笑顔を見せてくれるし、さっきはボクのことを慰めてくれたし……いやもう、本当に好きっ! 大好きっ! だ、だけど、ボクはちんちくりんだし、女性だし……だから、こ、これだけはお別れ前に言わせてほしくて……あ、も、もちろん、き、気持ち悪いと思われても――んひゃ!?」
色々と誤魔化すように言葉を話し続ける店長さんを、私は無言で抱きしめていた。
そして、勇気を出してしてくれた告白に、私は……
「店長さん、私もずっと……あなたが好きでした。だから、店長さんさえよければ、私と付き合ってくれませんか?」
と、それはもうシンプルな返事をした。
「……ぇ」
「私がこのお店に通うようになった理由は……あー、まあ、実は店長さんが原因なんですよ」
「ぼ、ボク……?」
「はい。私が初めてお店に来たこと、憶えてます?」
「う、うん……それは憶えてるけど……」
正直な所、私は店長さんに救われた身なのだ。
私は実はアイドルをしている。
これでも売れっ子と言っても過言ではないし、何度もテレビにだって出ているほどだ。
だけど、そんなだからと言うべきか……街中では私のことを付きまとって来る雑誌記者やらストーカーやら、厄介ファンやら、ただ周りに便乗したいだけのにわかよりも酷い人やらに追いかけられたりすることもあった。
というか、割と連日で。
別に仕事が嫌だとは思ったことはないけど、一人になることが出来なかった私は、そこだけが嫌で、ある時嫌になって逃げだした時があった。
今思えばもっとやりようがあったとは思うけど、当時の私はかなり追い詰められていたんだと思う。
そうして、行く当てもなく彷徨っていると、ふと薄暗い路地裏に迷い込んだ。
すると、白衣を着た小さな女の子が一つの扉の前で何やら掃除をしているのが目に入った。
ぼーっと私はその光景を見ていると女の子は私の存在に気付き、にこっ! と思わずこちらも釣られて笑ってしまうほどに魅力的な笑顔を浮かべて、
「『すごく疲れた顔してますよ! ボクのお店で休んでいくといいです! お代はいりませんから!』って、そう言ってくれましたよね?」
「うん、そうだね……」
「あれ、すごく嬉しかったんですよ」
別に味方がいなかったわけじゃない。
同僚の人とは仲がいいし、マネージャーとも不仲じゃなかった。むしろ、割と仲は良かった。
だけど、それでも……プライベートの時間がなんだかんだで削られていた私は不安定になったし、周りが自分の欲望を押し通そうとするのを散々目の当たりにしていた私には、その時の店長さんの善意が眩しかったし、すごく、温かかった。
それで、ふらふらとした足取りで入って、そこで出されたコーヒーとホットサンドが美味しくて、思わず泣きだした。
その後はまぁ、店長さんに悩みを聞いてもらった。
美味しいコーヒーとホットサンドに、可愛い店長さん、それがきっかけで私はこのお店に通うようになったし、一人になれて、同時に自然体にもなれるこのお店が、私は気に入った。
そして……そこを経営している店長さんのことも。
「だから、私も店長さんが好きなんです。大好きです。だから、私と付き合ってくれると、私はすごく嬉しいです」
「……い、いいの? ほ、ほら、ボク、もう家無しになっちゃうし……」
「構いません。というか、店長さん一人を養うくらいのお金はあります。それで、できれば私を料理などで支えてくれたらなって。どうですか? 今なら、あなたの好きな女性と一緒に暮らせますよ?」
「……あはは、実はこれが夢なんじゃないか、って思っちゃうよ」
困ったような、だけど嬉しさを隠しきれない店長さんが、すごく愛しく見える。
「それは私もです。好きだなー、告白したいなー、なんて思ってたら、まさか店長さんから言ってくれるなんて思わなかったですから。……それで、お返事は?」
「――もちろんっ! 不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
「喜んでっ!」
店長さん――姫花さんのお返事に、私は満面の笑みで答え、私たちはぎゅぅっ、と強く抱きしめ合いました。
最終的に立場が色々と変わったような気もするけど、結果オーライだね!
◇
「えへへー、雪乃さーん♥」
「姫花、くっつき過ぎだよ?」
「だって、大好きなんだからしょうがないよー。ボクの初めての恋人で、僕を助けてくれた、そんなすごく素敵な恋人さん、なんだから」
「まさか、店長さんだった姫花が、こんなに甘えん坊だったなんてね?」
「今まで独りだったんだもん。ボク、人の温もりに飢えてたんだよ」
「そっか。それで、喫茶店の目途は立った?」
「うん! ばっちり! でも、よかったの? あんなにいい場所……」
「もちろん。私の可愛い可愛い恋人さんの頼みとあらば、いい場所を取らなきゃ、ね?」
私と姫花が付き合い始めてから一年。
その間に姫花は色々頑張り、無事に喫茶店をするための資金を集めることに成功した。
そうして、その喫茶店の経営場所と言うのが……
「でも、まさか雪乃さんの所属する事務所内なんて」
そう、私の所属する事務所内なのだ。
姫花の料理は美味しいし、コーヒーも最高だし、スイーツもびっくりするほど美味しい……それに、喫茶店ならそこまで大きくなくてもいいと言うことで、事務所内でオープンすることになった。
ちなみに、事前に姫花の料理を試食してもらっての結果であり、提案は私からだったけど、その場所を勝ち取ったのは姫花の実力だ。
あと、スイーツはやっぱり女性受けがすごかったので。
「うちの事務所大きいし、何気に他の社員さんとかもいるから。所謂、社員食堂みたいな感じだよ」
「それは感謝してるけど……雪乃さんの本音は?」
「お仕事中でも姫花のご飯が食べたいっ!」
だって、私の恋人の料理美味しいもん! 正直、これがないともう生きていけない!
「えへへ、そう言ってもらえるのは、恋人冥利に尽きるよ! うん、今後もいっぱい、雪乃さんを支えていくからね!」
「ありがとう! じゃあ、早速ベッド行こう!」
「きゃっ……!」
あまりにも姫花が可愛すぎて、私は問答無用で姫花をお姫様抱っこして、寝室へ。
「ふふふ、今日もたくさん、可愛がってあげるからね……」
「きゃー♪」
私が寝かせた姫花の上の覆いかぶさると、姫花は嬉しそうな、それでいて楽しそうな悲鳴を上げた。
今夜も長くなりそうだ。
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はい、初めましての方は初めまして、某VTuberの作品やら他の作品を読んでくださっている方々はどうも。
この作品は、『百合! 百合が書きてぇ! 純粋な百合が書きてぇぇ!』となった私が、短編集という形で書くことを決めた作品です。尚、書き始めたのはこの話が投稿される3時間くらい前。
基本的に短編集と言う形になるので、1話完結型にする予定。たまーに、後日談とかも書くかなー、くらいでしょうか。
あと、あらすじに書かれているように、この作品は常にシチュエーションを募集しております! こんな百合が見てぇ! とかあれば、遠慮なく言っていただければ幸いです! まあ、この作品はガス抜き的な意味が強いので、投稿頻度は不定期ですが、それでも読んでいただければ幸いです!
短編百合小説の集まり 九十九一 @youmutokuzira
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