第2話 私の婚期が遅れた理由
今は相手がいるとはいえ、50歳で独身、私の婚期が遅れた理由と思われるものをお話しようと思います。
人のせいにしているように聞こえるかもしれないのですが、長い間、私の家庭が父の女性問題で荒れていたことは、こちらにとっては大変迷惑どころか、少なくとも終わりが見えない、長い長い深刻な悪影響でした。
私は今は東京に住んでいます。けれどこれは、3年前までは思いもよらないことでした。
自分の生い立ちを話すなら、私はずっと前、この世の楽園で生まれ育ちました。
とある田舎の、事実上独立した土地に生まれ、7歳になるまで、ほとんどそこから出たことがなかったのです。
これは、うちが中小企業の経営をしていたことと、よそから離れた土地だったことと関係があります。この中ではうちの父が一番偉いのでした。私はその娘です。
私の一番小さい頃の記憶は、母とともにあります。そのほかの記憶も、ほとんどが母とともにあります。
母を追いかけて階下まで行って転んだこと、母が「深雪ちゃん!」と下で大慌てで叫んでいたこと、それが私の一番古い記憶です。
その時、幸せなことはなんでも、いくらでも母がくれました。苦しいことは何もありませんでした。すべて母がうけとめてくれて、私のところには届かなかったのでしょう。
そのころの父の記憶はありません。私の憶えていることに父が登場するのはもっとずっとあとのことで、回数も少ないです。
小さい頃楽園だった家も、私が成長するにしたがって、大きく変わりました。
自分で立ち上げた商売がうまくいった父は、世間にとってはよくあることですが、女遊びに走りました。そのうち、決まった人をつくって、子供も産ませて、そちらばかり可愛がりました。
帰ってくると私たちに罵詈雑言を浴びせるのに、マッサージはほぼ毎日母にさせるので、私はずっと、部屋に飾ってある人形におびえながら一人で寝ていました。ほとんどどこにも連れていってもらったことはありません。
母はそれを我慢するほかない立場にありました。遠いところから一人で嫁いできたせいもあります。
私が反抗すると、母にまで、
「どうしてお父さんにあんなこと言うの、お父さんの期限が悪くなったら私が困るじゃないの、我慢しなさい、我慢」
と言われて押さえつけられます。
私は母の愚痴の聞き役で、大量のゴミ捨て場のような存在でした。
「向こうの子とは一緒にお風呂に入ったり、旅行に行ったりするんですって」
と言われたこともあります。
だから私は義務教育を受けるまで、ほとんど家の敷地から出してもらったことがありませんでした。
父はほとんどいないので、母がけなげに軽自動車で私と兄をショッピングモールに連れていってくれたり、運動会に一人で来てくれたり、ちぎったカレンダーの紙の上に二人で座っておべんとうを食べている時にさみしくて泣きそうになったり、そんな話はいくらでもあります。怖いのは、ずっとそれが続いて私は何も抵抗できないことでした。
ある時、会社の女の子に気のいい子がいて、私とちょっと遊んでくれて、ボールペンを貸してくれました。私はそれをその子に返してくれるよう父に頼んだのですが、会社に行って渡してくれればいいだけの話なのに、いつまで経っても無視しているのです。
「ボールペン、あの子に返してよ」
と後ろを向いている父に言うと、父は新聞を私に投げつけて、
「うるさいよ。お前さえいなきゃ、俺は誰かと一緒にどこかに行けるのに」
と冷たい声で言いました。私はみじめに泣くだけでした。
当時はちょっと変わっていて暗い子だったので、いじめにも遭いました。不思議なのは、年の離れた兄はそういう目に遭わないのです。父母の新婚時代に生まれて祖父の家で長子で長男としてみんなに可愛がられたので、性格が明るいからだと思います。
「うちは父親不在の家だからね」
とある日、母は言いました。
そのうちに、思春期になって、誰それを好きになったという話が同級生から聞こえても、私はその気持ちが分かりませんでした。
私は、自分がどういう男の人を好きなのか分からなくなっていました。
それはたとえて言うのなら、おいしいものを食べたことがなくて、味覚が発達していない人が、その時点では優れた料理人になるのが難しいことに似ていると思います。
父を含む男の人に愛されたことのない、密室で、毎日毎日ひどい目にあっているばかりの私は、自分がどういう人が好きか分からないのでした。
兄はあっさりした優しい人でしたが、年が離れているので、ある程度の年齢になると自分と釣り合う年の人と遊ぶという健全な方向に行ったのでした。
母はその時、不安定ながらも私を愛してくれましたが、いつもさみしい私は、外国のスターに強い執着を抱くようになりました。
韓国の時代・韓流ではなく、華流・中華圏のスターたちが世界を舞台に活躍している時代でした。
香港・中国大陸・台湾のスター、主に映画俳優に私は夢中になりました。
その中にも不幸はいくらでもありましたけれど、私をひどい目に遭わせる人達を思い出させる人は誰もいませんでした。
自分と似た顔をしていても、華流の映画の中は別世界でした。私は、あそこに行きたい、そうしたら何もかもが違って私はいい思いができるような気がしました。すくなくとも私はその世界が大好きで、ほっとするのでした。
思春期にもう1つ、変化がありました。私は自分なりに美しくなったのでした。
のちに20代でなかなかいいミスコンテストに応募し、2位になって、滅多に会えない人にも会えましたが、20歳になっても、男の人が私を口説こうとしても、私は、男の人がそういうことをすると不吉な、悪いことをしているような気がして、ぽかんとしていました。女の人に対してはそうでもないのに、とにかく相変わらず自分がどういう男の人が好きなのか、何をすればいいのか分からないのでした。
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