第3話:見切り品コーナー
鍵の音に従うように、三人は店の奥の方へと進みます。肉屋の主人が先導し、宿屋の主人がそれに続き、青年は最後尾に従います。
ガチリ。ギィ。鉄製の扉が唸りを上げると、中からわぁと声が聞こえました。驚きで構成されたものではありません。歓迎による黄色、嬌声による桃色を空気いっぱいに混ぜ合わせたような有様です。
「ご主人様、ご主人様‼︎ どうか私をお選びになって‼︎」
「いや、僕こそ貴方の肉に相応しい‼︎」
煌びやかな衣装を纏った魔人達は青年の服を掴もうとします。美しい顔で笑みを向けたり、柔らかな肌を見せつけたりとその空間は妖しい美で溢れかえっていました。
「すごいな、これは」
青年は目のやり場に困りながら、伸ばされる手を掻い潜ります。
「うちの自慢の品々さ。色欲の肉として高く売れること間違いないよ」
確かにどの魔人も目を惹くほどに美しく、その声もうっとりするほどなめらかです。珍しい目の色や髪色をアピールする者も多く、その手の趣味があれば希少だと判断される者ばかりでした。
「旅人さん達の間では自身の土産として購入することも珍しくないよ。道中の慰めとして充分価値あるからね。どうだい、何か気に入ったものがあれば。こいつなんか可愛げがあるよ」
肉屋の主人は耳の尖った魔人を青年に提示します。彼女は自分が選ばれるよう、谷間を寄せて大きな胸を主張します。
「必要としていないよ。恋人だって欲しいと思わない」
「そうかい、まだまだ若いのに珍しい。旅人さんなら随分と可愛がってくれそうだとは思ったんだがね」
その言葉に、青年は再度首を振ります。
「そういうのはいらないんだ。俺は一人でいなければいけないから」
ボソリと呟いたその言葉は、どこか自分自身に対して伝えているかのようでした。肉屋の主人は勿体無いと手を広げ、どんどん先へと進みます。対して宿屋の主人は振り返りながら、その表情をこっそりと覗き見をしていました。
落胆の声を背にしつつ、三人は更に奥へと続く鉄製の扉を潜りました。次に聞こえたのは怯えた声。いやむしろそんな声すら殺すように、嫌な静けさが満ちています。
「ここにいるのは、食欲の肉となる者達かい」
青年は檻の中を見て察します。確かにこの部屋にいたのは先程とは大きく異なり、かなり肉付きの良い魔人ばかりです。
「その通り。最終的にどちらの肉になるかは肉質検査という役所の判断を仰ぐ訳だが、こいつらは初めから食欲の肉として認定されるだろうと見込んで、あえてまるまると肥えさせているのさ」
ご覧、と肉屋の主人が檻の中を指さします。
「うちの肉は脂のノリも最高でね。こっちのブースに置かれている奴らなんかは高級レストランでも取り扱われるくらいだよ」
そこにいる魔人達は、怯えながら自らの体を隠します。食欲の肉になる以上、ここから出ればその先は考えての通りです。存在感を消そうとしたり、息を殺してやり過ごそうとしたり、皆必死になって影の中に隠れました。
「ああそうそう、食欲の肉は色欲の肉より価値が低いとされているんだが、時期によっちゃそれに並ぶこともあるのさ」
「ああ、特に秋の頃合いは最高だな」
「俺は春先のが一番好きだがな」
宿屋の主人も覚えがあるようで、わかるわかると頷きます。
「旅人さんは、魔人の肉はお好みで?」
「食べたことがないよ。食べるつもりもない」
青年はゲンナリとした様子で肩を落とします。
「それはそれは勿体無い。折角肉の都に来たのだから一度は口にしてもらいたいものだがね。噴水の近くにある政府公認のレストランなんかオススメだよ。値段は張るが、色んな種族のアラカルトが準備されていると聞く」
「そうだな。好みの部位や種族を探すのにもうってつけだ」
肉屋の主人と宿屋の主人は、どの種族がどんな味で、どんな調理法がおすすめなのかを楽しそうに語ります。魔人の肉は一般市民にとってそう簡単に手に入るものではないようで、食することはとても豪勢で特別なのだと伝えました。
「ああ、うん……そうかい……」
青年は頷きながらも、どんどん視線を下げていきます。これまでにも様々な文化や文明に頭を抱えてきた彼ですが、ここまで拒絶したいものはそうありません。美味しく食されるために。栄養となるために。その役割や意味を定義づけられた肉達は、誰もが絶望に満ちた瞳をしていました。
三人の足取りは更に奥へと向かいます。恰幅のよかった魔人達は次第に痩せ細り、骨張っている者が多くなってきました。虚な瞳や聞き取れない言葉が背筋をなぞり、青年は口の端を歪めます。
「ここにいる者達が……」
「そう、お待ちかねの見切り品コーナーさ。ここにいる奴らは色欲の肉はおろか食欲の肉とも言い切れないはした肉でね。運よく見出されるのを待つだけの生ゴミ寸前の命だよ」
見切り品。その言葉を示すように、奥へ進む毎に空っぽの檻が増えてきました。掃除も手入れも殆どされていないのでしょう。異様な香りが漂う中、青年は自身の靴先を見つめるばかりです。
「見ていられないだろう、旅人さん。可哀想で仕方がないって顔をしている」
そんな青年に、肉屋は楽しそうに笑います。
「でも旅人さん、貴方はこの中の一つを救うことができる。意味のない命に役割を。捨てられるだけの存在に価値を。旅人さんはまさに見切り品コーナーの救世主だな」
「よしてくれ。本当に気分が悪い」
青年は今にも逃げ出しそうになるのを我慢しながら、前へ前へと進みます。三人が通り過ぎていく中、檻の間ではボソボソと何かを口にする者もいました。聞き取れないほどの音量でしたが、それが青年に向けての命乞いであったことは確かです。青年は耳を塞ぎそうになりながらも、早く辿り着かないかと願います。しかし見切り品コーナーは細長くグネグネと曲がっており、なかなか目的の檻にまで辿り着くことができません。
─ああ、気分がとても悪い……─
ふら、と倒れてしまいそうになったその時、ついに肉屋の主人達はその歩みを止めました。
「さぁ、着いたよ」
そこは見切り品コーナーの中でも一番暗く澱んだ場所。薄汚い木を組み合わせた檻には、沢山のバツマークが記されています。
「さて、ご覧いただこうか旅人さん。これがあの金額で紹介できる唯一の肉さ」
「……この子が……」
青年は思わず言葉を失ってしまいました。中にいたのは、小柄で痩せている、肌も髪もボロボロの少女です。ここまで見た中で、一番見劣りがする魔人と言ってもいいでしょう。
「骨と皮ばかりじゃないか……この子が本当に二ヶ月ぽっちで育つのかい」
失礼を承知の上で言いますが、青年には目の前にいる少女が、色、食共に欲を満たせる存在だと思えません。眉間に皺を寄せ続ける彼に対し、背後の男達は満面の笑みでこう返します。
「ああ、そうさ。しかし何度も言うようだが、この肉がどう成長するかは旅人さんの育て方次第だね。よく太らせよく磨けばきっと上質な肉として売れるだろうよ」
「その通り。今は例えみすぼらしい肉だとしてもね」
青年は難しそうな顔のまま檻の中を見ます。少女はそんな彼を見て、小さな口を開けました。
「ご主人様……どうかこの身を買ってください。この身はよく育ちます。何でも言う事をよく聞きます。必ずご主人様のお財布を満たす、上等な肉に育ちます……」
乾いた声。命乞いにしてはどこかズレている台詞。しかし少女は本気そのもので、どうにか青年に自身を買ってもらおうと必死でした。
少女が薄汚れた手を伸ばします。青年はそれをじっと見つめます。そんな二人の様子を、男達はどこか嬉しそうに眺めていました。
主人達が笑みを浮かべるのを感じる中、青年は少女に問いかけます。
「君は本当に、ここから出たいのかい」
その言葉に、少女はパチリと瞬きします。
「今ここを出れば君は処分を免れる。でも食欲の肉として殺される未来も否めない。そうはならないように努めるけども……力が及ばないこともあるだろう。それでも、君は出たいのかい」
少女は震える視線で青年を見つめます。暫くの間、目尻を潤ませていましたが、やがて彼女は微かに頷き始めました。
「出たい、です……この身は何の肉になっても構いません。ただ、処分だけは……何の役割も意味もなく死ぬことだけは、耐え難いほどに怖いです……」
か細いその声に、青年も小さく頷きます。
「よく考えた上でのことなんだね」
「はい……この身はずっと、そう考えておりました」
青年は少女の瞳を覗き込みます。確かにその目の奥に嘘や迷いは含まれていません。
「わかった……同意があるというのなら、俺は君を買わせてもらう」
「よしよし、旅人さん。その意気だ」
その言葉を聞いて、肉屋の主人はご満悦です。宿屋の主人も口角を緩く上げたまま、その様子を眺めていました。
「やぁ良かったなお前。あと一日でも旅人さんが来なかったら、お前は生ゴミになっていたんだぞ。肉として買ってもらったことに感謝して、ご主人様の言うことをよく聞くんだぞ」
「は、はい……それはもう、勿論です……」
少女はポロポロ泣きながら、何度も深く頷きます。重々しい錠が外され、少女がヨタヨタと出てきました。栄養がうまく行き届いていないその姿は今にもポキリと折れそうです。
「ありがとうございます、ご主人様……立派な肉として、育ちます」
「うん。険しい道かもしれないけども……俺も頑張るよ」
「はい、あの、はい……はい……」
少女は涙を止めることができず、何度も嗚咽を繰り返します。どう声をかけたらいいのかわからない青年。そんな彼らの背後では、肉屋の主人と宿屋の主人が中間マージンについて話しています。
「ほれ、今回の」
「おいおいふざけるな。前回の賭け金を上乗せするって話だったろう」
「はて、そうだったかな。払ったような気がするが」
その場の空気にはそぐわない会話。青年たちの神妙な顔つきに比べ、それはなんとも明るく楽しげなものでした。
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