第2話:魔人販売店

機嫌の良さそうな鼻歌と共に、青年は魔人販売店、通称肉屋を訪れました。立派な看板や重厚な出立から、この店は随分と儲かっているのだとわかります。


「やぁ、宿屋の。後ろにいるのは旅人さんかい?」

「ああ、肉屋の。彼は先程この都に来たばかりでね」


 二人は仲が良いようで、世間話を挟みながら青年を紹介していきます。


「ようこそいらっしゃい、旅人さん。今日はもう店仕舞いをしようと思っていたんだがね。気まぐれで開けておいたのが良かった様だ」


 壁には都政府が発行している公認証がこれでもかと大きく掲げられています。きらりと光るカトラリーの細工は、恰幅の良い肉屋の主人をより大きく引き立てました。


「ああ、御二方には感謝しても仕切れない。嵐を乗り切るだけの宿代が必要なんだ。まずは予算を伝えても良いだろうか」

「ああ、それは勿論。旅人さんの都合をこちらも聞かせてもらわないとね」


 一番安い部屋で二ヶ月程。それに少し上乗せした共通通貨を青年はきっぱり伝えます。しかしそれを見た二人はゲラゲラと口を開けて大笑い。流石に低すぎると青年の肩を叩きました。


「冗談にしてはよくできているな、旅人さん。こんな端金じゃあ見切り品しか売れないよ。それも一泊二日の価値しかないはした肉が精一杯だ」

「払える手持ちはこれくらいだよ。難しいようなら、別の肉屋を当たるのだが」


 青年は強気に反抗しましたが、肉屋の主人は涼しい顔をするばかり。


「うちは随分と優良店なんだがね。まぁ、旅人さんがそうしたいならそうすれば良いさ。もっとも、この都にあるのはここのチェーン店ばかりだから、よーく考える事を勧めるよ」


 ぐ、と青年は声を詰まらせ、ドアへの歩みを止めました。恨めしそうな視線で振り返れば、二人の主人はチラリと視線を交わします。


「何かありそうな顔をしているね」

「大それた事じゃあないよ。でもまぁどうしても旅人さんがこの価格で肉を売って欲しいと言うのであれば、ちょっとした裏技を伝えるのもアリだと思っただけさ」

「恩着せがましいな。何が言いたいんだい」


 青年は少し苛立った様子で肉屋の主人をを睨みます。


「なぁに簡単な提案さ。先程も伝えたように、旅人さんが提示するこの価格だと見切り品しか購入できない。その肉をそのまま役所で換金したとして、宿屋へ借金を抱えてしまう。しかし肉は宝石なんかとは異なる点がある。わかるかい?」

「異なる点……」


 青年はその問いかけに少し時間をかけて答えます。


「……二ヶ月分の宿泊代になるまで、肉となる魔人を育てろ、と?」


 青年の推測に、二人はその通りだと頷きます。


「これからの嵐だ。旅人さんは宿屋に引き篭もるばかりだろう。ならばその間、肉を熟成させれば良いと言うわけさ」

「ああ、肉屋の言う通り。良くも悪くも時間はあるのだから悪くない話だろう?」


 なぁ、と二人は顔を合わせて笑います。そのやり取りがやけにスムーズで、青年は警戒を解く事ができません。


「幾つか質問をさせてもらおう。宿屋で魔人を育てるとしても、そいつが逃げ出したらどうするんだい」

「なに、そこは奴隷魔法を活用するのさ。奴隷魔法は旅人さんも知ってるだろう? あの魔法があれば、逃げ出す事もままならない。懲罰だってお手のものさ」

「そうそう。肉屋から主人の権限を貰い受ければ、その肉はあっという間に旅人さんの物になる。ついでに言えば肉屋の奴隷魔法は一級品でね。そんじょそこらの奴じゃあ解除できないよ」


 奴隷を持つ。その経験がない青年は得も言えない不安を抱きますが、その魔法の効果がどれだけ強いのかはよく知っています。


「ならもう一つ。宿屋で熟成させるその間、金は後払いに出来るのかい」

「ああ、その通り。肉屋とは随分長い間柄でね。契約がうまく結ばれるなら、利子はある程度まけてあげよう」

「成程、そういうビジネスパートナーというわけか」


 またひとつ、疑問や心配は解消されました。しかし青年の視線は右に左にと移ります。どこか迷いがある事を、二人の主人は察しました。


「まだ何かあるようだね」

「ああ。一番大事な問題だ。その魔人を育てて売ったらどうなるか……その末を考えると、どうにも良しとは言えなくてね」


 青年の言葉に、二人の主人は瞬きをします。肉として熟成させたとしても、高く換金できたとしても、その魔人は魔人として生きていく事はできません。魔人を肉として扱えるか。そしてそれを売る事ができるのか。その覚悟を、青年は簡単に持つことができないようです。


「おやおや、旅人さんは随分と優しい方ですな」


 宿屋の主人は顎髭に手を伸ばします。


「エゴなだけだ。そういった文化を受け入れなければならないことはわかるけど、俺自身の心はどうにも良いと思えないんだよ」


 店の外で風が低く唸ります。青年は小さく頭を振って、再びドアへと向かいました。


「世話になった。あとは運に任せてみるよ」

「まぁまぁ待て待て。そうは言ってもこの嵐だ。死んでしまうぞ、旅人さん」


 流石に看過できなかったのでしょう。宿屋の主人は焦りを見せます。対して肉屋の主人はふぅむと唸って腕を組みました。


「成程成程、旅人さんの気持ちはよくわかった。貴方は自分の行うことが悪いことだと思っているようだが逆にこう考えてみないかい」


 彼は人差し指の先をくるりと回して話します。


「あの価格で買えるのは、見切り品だと言っただろう。それもかなりギリギリでね。一番長く売れ残っている代物で、もう時期処分しようと思っていた物が限界さ」

「処分って……食欲の肉にもならないのかい」


 青年はその話に思わず聞き入ってしまいます。


「ああそうさ。都政府によって肉質管理は徹底されているからね。質が悪ければペット用魔獣の餌にもならない。ただの生ゴミとして燃やされて、無駄な人生だったと烙印を押されるのが結末さ」


 青年の視線が宿屋の主人に向けられます。嘘だと言って欲しいのでしょう。しかし彼はそれがこの都の文化だからと笑います。


「けど旅人さん。貴方がその肉を育てれば、そいつの生きる意味を見出すことができるだろう」

「無駄な死より、意味のある死を与えることができるって? 何とも上から目線のやり方だな」


 青年は首を振るばかりです。


「食欲の肉になるならね。でもこの都での肉は一種類だけじゃあない。言っただろう、肉には色欲の物もあるわけだけだ」

「それもまた肉であることは変わりないのに?」


 青年は未だ納得がいかない様子で尋ねます。


「そりゃあそうさ。肉は肉。その定義は揺るがない。しかし色欲の肉になれば随分とマシな未来がある。正直言って上流階級のペットになるようなものだろう。しかしうまく気に入られたら、召使として扱われたり、ひょっとすれば妾として迎えられる事だってあるわけだ」


 肉を育てると言うことは、価値を上げるだけではありません。その存在意義そのものを変えることができると主人達は伝えます。


「旅人さん。貴方が肉を上手に育てる事ができたなら、そいつの意味も未来も役割も全て、丸ごと変えることにも繋がるのさ。生ゴミからお姫様になることだって夢じゃない。旅人さんは肉の売買に後ろめたさを感じるだろうが、それは全くの大違いさ。寧ろ肉にとっては、チャンスをくれる有難い存在だと思われるだろうよ」


 肉屋の主人と宿屋の主人は共に青年を見つめます。二人とも実に綺麗に澄んだ目で、しかしその奥にはどこか狂気が含まれていました。


「随分優しくて惨たらしい提案だ」

「別に断っても構わないよ。ただその肉は何の役割も意味もなく、ただの生ゴミになって終わるだけさ」

「どうにも変えることは出来ないのかい」

「全てを救える程一般魔人の手が大きくないと、旅人さんもわかっているだろう?」


 誰しも神様ではないのだから。その言葉に、青年は項垂れます。


「……聞いた以上、断ることなんて出来やしない。それをわかっての仕打ちかい」

「それもまたエゴと言えばエゴだろう。しかしこちらは道を提示しただけの事。考え方の一面を伝えただけさ」

「ああ、肉屋の言う通り。決めるのは旅人さんなのだからね」


 さぁ、どうする。二人の視線に、青年は小さく唸ります。一人の魔人の未来を自分が大きく変えてしまう。その重圧に彼は潰されそうでした。しかし彼が動かなければ、その魔人は肉にもならずただの生ゴミになってしまいます。決して納得はできない。でも放っておくこともできない。ならばもう……覚悟を決めるしかありません。


「……わかった……その魔人の所に案内してほしい」

「そう来なくては」


 肉屋の主人はとても嬉しそうに手を叩きます。


「旅人さん、貴方は自分を誇るべきだ。一つの肉の存在意義を、肉としての役割を、そしてここまで生きてきた意味をそいつに与えることができたのだから」

「勘弁してくれ……色欲の肉にできなかったらと思うと、今にも吐きそうだ」


 眩暈がするようなその決断。しかし二人の主人はとても嬉しそうに手を叩きます。やがて肉屋の主人が、ベルトから鍵の束を取り出しました。

じゃらりと鳴ったそれらの数だけ、商品となる肉が用意されているのでしょう。


「行くとしよう、旅人さん。貴方の肉が待っているよ」


 にや、と笑う肉屋の主人。青年は宿屋の主人と共に、店の奥にある倉庫へと向かう事になりました。

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