第13話:謁見①
役所の中に入った二人は、すぐに別々の入口に向かうことになりました。青年は販売者として二階に、少女は販売される肉として一階へと案内されます。
「……行ってきます」
「……頑張ってくるんだよ」
少女も青年も何度かお互いを振り返りました。しかしそれぞれの役人達は、足早に彼らを連れて行ってしまいます。
「あの肉に随分と目をかけているようだな、旅人さん」
青年を案内をしてくれる役人は、どこか楽しそうにニヤリと笑って振り返ります。
「そりゃあ同じ時を過したら、少しは気にするものだろう」
何を当たり前のことを、と青年は不快そうな顔をします。
「初めのうちはみんなそうさ。そうしてだんだん慣れてくる。あの魔人、肉屋の奥にいたやつだろう。随分と上手く育てたな。旅人さんは素質がある」
いらない世辞だ、と青年は呟きました。他者を育ててその肉を売る。そんな素質は、青年にとって欲するものではありません。
青年が階段を登った先には、ガラス張りになっている物見席がありました。そこには青年と同じ販売者達が集い、酒やつまみを手にして談話を楽しんでいます。
「あそこで謁見が行われるのかい」
青年はガラスの向こうに見える一階の様子を指さします。そこには札のかかった沢山のショウウィンドウがあり、それを眺めながら買い物ができるよう、ゆったりと広い廊下が伸びていました。
「ああ、そうさ。旅人さん達販売者が引き離されるのは、裏で変な取引をされないようにする為でね」
「役所からしたら面倒な事になるからな」
青年はそれだけ言うと、すぐに一階の様子を気にし始めました。もう既に肉とされている魔人達が沢山います。少女と同じくどっちつかずとされた彼や彼女は、一同に不安な表情を揃えていました。
「ほらよ、旅人さん」
青年は役人から、ワイヤレスのイヤホンを手渡されました。聞けば、一階の様子をこれで確認することができるようです。
「レンタル品だよ。向こうの様子を聞くだけの一方通行なものだけどな。何にも分からないより良いだろう」
「……使わせてもらうよ、ありがとう」
「いいってことよ。うまく売れるといいな、あの肉」
案内してくれた役人は、そのまま他の仕事をする為に立ち去って行きました。賑やかな物見席に一人ぼっち。談話に混じる気もなかった青年は、すぐにそのイヤホンを付け、一番前の席に座りました。
小さな機械の向こうから聞こえるのは、どうやら廊下の様子です。イヤホンの性能が良いのでしょう、それはショウウィンドウの中の声も拾い上げてくれます。
「あの子は、どこだろうか……」
役人たちが準備を進めている一階。嘆きや頑張らねばと延々呟く異様な空気。その中で、青年は少女の姿を探します。
「……あ」
幾分か視線を彷徨わせていると、一列に並んだショウウィンドウの中心あたりに少女が押し込められました。少女は手荒い役人に怒ることもなく、ポツンと一人、紙の束を抱えています。
『お姫様に、ならなくては……』
少女の小さな声が聞こえます。それが何とも哀愁が漂っているように感じられ、青年は思わず胸が痛くなりました。
一人、二人とまたショウウィンドウの中に詰め込まれ、とうとう最後の一画もどっちつかずの肉で埋まりました。空気がピリ、と変わります。謁見の時間が近づいてきたようです。
「今日は一段と多いなぁ」
「おいおい、場所が悪いよ場所が。なーんでおいらの肉が端っこに置かれるんだ」
「お前んとこの肉はいつも良く見えるよな。同じ期間をかけているってのに、なんでそんなに育てるのが上手いもんかね」
「はっはっは、企業秘密ってやつさぁ」
背後では魔人の販売に慣れている者たちの笑い声が聞こえます。神妙な顔をしている者は青年以外誰もおらず、ひと仕事終えた後だとリラックスしていました。
「さぁ、始まるぞ」
誰かがそう呟いた瞬間、ベルの音が響きます。同時に廊下の端にあった立派なドアが大きく開かれ、着飾った上流階級達がわらわらと姿を現します。
今がチャンス。そう言わんばかりに、ショウウィンドウの中にいる魔人達は、己の魅力を伝えようと必死に動き始めました。ある者は心地よい歌を口にし、ある者は滅多に見ることのない魔法を使ってみせます。肉屋と同様に姿格好の珍しさをアピールする者もいれば、ギリギリのラインを狙って肌を露出する者もいました。
「いいねぇ。この体つき。こいつは買いだな」
「またぁ? 貴方、何人色欲の肉を買っているのよ」
「お前だってそうだろう。ペットがもう六人はいる」
「隣の令嬢に比べたらまだ全然よ。彼女十人は肉を持ってるみたいだし」
「じゃあ俺もまだいけるってわけだ。おい、こいつを色欲の肉として包んでくれ」
ひとつの取引が行われている間に、別のショウウィンドウの前でも話が進みます。
「うーん、白い森産か……これはパスだな」
「えーなんでよ」
「あの辺は最近、毒の水が流れているそうだよ」
「でもこの肉、王族の血が入っているそうよ。元王族ならその辺気を使っているだろうし、結構貴重じゃない? ねぇ少しだけでも食べてみたいわ」
「そうだな。ま、ヤバけりゃ途中で捨てればいいし。おい、これを食欲の肉として包んでくれ。今夜すぐ食べるからそのまま精肉にしてくれよ」
上流階級の各々は、楽しそうにショッピングしています。ある者は色欲の肉となって喜び、ある者は食欲の肉とされ、泣き叫びながら慈悲を請います。中にはその反応を楽しんで、どっちにしようかあえて迷う反応をしたり、行ったり来たりと弄ぶ者もいました。
「おお、山向こうの上流階級がいるじゃないか‼︎ あいつは高く買ってくれるんだよなぁ。目をつけてくれよ‼︎」
「うわー、お前が買うんじゃねーんだよ‼︎ やめてくれ、しっしっ‼︎」
一方の物見席では、会話が聞こえないのをいいことに、あれやこれやとヤジが飛んでいました。賑やかになる一方、青年はその中でも気が気じゃない様子で少女の事ばかり見つめています。
─あの子は、大丈夫だろうか……─
少女は雰囲気に飲まれてしまい、オロオロと周りを眺めるばかりです。仕切られているとはいえそれもまたガラス製なので、隣から聞こえる嘆きに顔を青くしたり、向かい側から響く喜びの声に焦りを募らせたりと、ころころ表情が変わります。
「頑張れ、ちゃんとアピールするんだよ……」
ショウウィンドウの中で、シンデレラの物語を抱くばかりの少女。その様子を見て、青年は思わずそう呟きます。
『……っ、あ、あの、あの……』
そんな青年の思いが通じたのか、少女もアピールをし始めました。
『こ、これ、この身が、書き写しました。少しだけですが、文字……読んだり書いたり、できます……‼︎』
少女はガラス越しにそれを見せて必死に声をかけました。しかしそんな少女に興味を示す上流階級は殆どいません。大概が素通りするか、一瞥して通り抜けるだけ。たまに覗き見る者がいても、ショウウィンドウに記されたプロフィール欄を見て踵を返してしまいます。
─そんな、どうして……─
青年はその様子を悲しく見つめています。売れていくのはやはり物珍しい姿をしている者や特技がある者ばかり。上流階級の魔人たちはその希少性に価値を見出しているのでしょう。
「お前さん、あのちっこいヤツの販売者かい?」
酔っ払った販売者が酒を片手に絡んできます。
「初めて育てたからわかんねーだろうがよ。雑種はなかなか売るのが難しいんだ。しかも髪の毛も瞳もよくある色ときた。あんなんじゃ、一つ二つ特技がなけりゃ売るのは難しいってもんさ」
「でも、あの子は愛嬌もあるし素直で良い子だ。必ずわかってくれる者はいる」
「見てくれ第一の謁見で売れるきっかけになるとは到底思えないけどねぇ。旅人さんの瞳の方が、少しは珍しいと思ってもらえるんじゃあないのかね。紫なんて久々に見たよ。お前さん、いったいどこの生まれだい?」
そう言いながら、販売者の魔人は青年の肩を組もうとしました。青年は間髪入れずにそれをはね除けると、怖い怖いと揶揄ってきます。
「まぁ、俺ならこんな所で油を売らず、さっさと帰って太らせるがね。持ち帰り期間だってそう長いわけじゃあないんだからよ。早く動いた方がいいぞ、旅人さん」
「まだ食欲の肉になると決まったわけじゃないだろう。向こうに行ってくれないか」
青年がそう睨むと、販売者の魔人はゲラゲラ笑いながらどこかへ行ってしまいます。彼は暫くの間奥歯を噛み締めていましたが、何度か深呼吸を重ね、またガラスの向こうを注視しました。
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