第12話:どっちつかず

「謁見、ですか……?」


 少女の疑問を聞き、右と左の役人は同時に視線を向けました。


「そうさね、どっちつかず。お前みたいによくわからない場合や主人からの強い異議申し立てがあった場合、上流階級の方々に直接謁見してもらう手段が用意されているのだよ」

「ああ、右の言う通り。オークションより安く良いものが手に入る場合があるから、色々な方が見に来てくださるぞ」

「そうか。それは助かるよ」


 青年はほっとした様子で胸を撫で下ろしました。しかしそれを見た右と左の役人は、少し意地悪そうな顔でそれはどうかなと呟きます。


「安心するのはまだ早いぞ、旅人さん。そこでは色欲の肉を求める方々ばかりだとは限らない。食欲の肉と判断されると、もう覆すことは叶わないんだ」

「左の言う通り。売れ残った場合もまた同じだ。誰の目にも敵わなかったのだから、食欲の肉になるしかないな」

「そんな……」


 そう、それは一か八かの選択でした。少女は青年を見上げます。彼女は全ての判断を彼に託すようです。


「さて、どうする旅人さん」

「どうするもこうするも、色欲の肉になる道がそれしかないのならそうする他あるまいよ」


 青年は苦しそうに伝えます。


「顔に似合わず潔いね。ついでに言うなら食欲の肉として購入されると、もう少し太らせてから料金を釣り上げるということもできなくなるぞ」

「ああ。売れ残った場合はその限りではないけどな」

「……その時は、もう仕方がない」


 青年は小さく唸るように呟きます。対して少女は落ち着いています。主人である青年がそう言うのならと素直にこくりと頷きました。


「ようし、わかった。では、お前達は向こう側の建物に行くといい。どっちつかずの肉は、その建物で謁見を行ってもらうとしよう」

「ああ、ちなみに肉と主人とは別室での待機となるから気をつけるように。おめかしを直したいなら、建物に入る前にやっておくんだな」


 右と左の役人はそう言って、別の係に案内を頼みます。青年は少女を連れて、建物まで向かうしかありません。


「チャンス……まだ、ありますよね?」


 少女はしっかりとした眼差しで青年を見ます。


「ああ。上流階級に直接見てもらえるなら、ある意味1番良い結果になっただろう。君ならきっと、色欲の肉になれる筈だ。絶対に間違い無いんだから」

「そうですね。もし食欲の肉として買われてしまったら、この身の価値は低くなりますし……ご主人様の心持ちが悪くなってしまいます。頑張って色欲の肉にならないといけませんね」


 どこか淡々とした口調。その言葉を聞いて、青年は足を止めました。


「……待ってくれ。君……食欲の肉になって死ぬことは怖く無いのかい」


 そう、少女の抱える不安の中に、その恐怖が含まれていないことに気づいたのです。少女は綺麗な瞳で青年を見上げます。それは2ヶ月ほど前に見た、宿屋と肉屋の主人たちの眼差しによく似ていました。


「死ぬのはもちろん怖いです。でも、何の意味もなく死ぬのでは無いのですから……何かしらの肉になるのならと、少し安心もしています」

「……なんてことを考えているんだい……」


 青年は額に手を当てて項垂れました。生き物は基本、命を失うことに恐怖を感じるのが普通です。しかしこの少女は、肉としての役割だけを考えているようでした。


「肉屋の調教のせいか……やけに素直だと思っていたが……いや、今はそんなことどうでもいい。君はシンデレラになるんだろう。さっきも言ったように、君は愛らしい顔をしている。理解のある王子様が、ちゃんと君のことを見つけてくれる筈だから」

「それはその、勿論です。その方が価値も上がりますし、ご主人様の心も救われます」

「俺のことはどうでもいい。君自身の幸せの為に考えてくれないか」


 青年の必死な声に、少女は何度も瞬きをします。


「君は確かに肉として育てられた。俺も肉として購入した。でも、君は今、肉ではない存在になることもできるんだよ。魔族なんだ。君は魔族の1人なんだ。色欲の肉から始まることになるだろうけど、君は魔族の1人としての幸せを目指すこともできるんだよ。今はその最後のチャンスなんだよ。わかるかい?」

「……それは……」


 少女は青年との食い違いに視線を泳がせることしかできません。そんなことを言われてもと、困ったようにすら見えます。


「……っ、これ」


 青年は鞄から何枚かの紙を取り出します。それは魔動式タブレットを見ながら書いた、少女の字が記されている物語です。


「シンデレラ様の……持ってこられていたのですか」

「そうだよ。君がロマンチックで素敵だと憧れた物語だ」


 手渡されるそこには、王子様と共に幸せになるお姫様の物語が彼女の手によって結ばれています。


「君はシンデレラになれるかもしれないんだ。誰かにとって必要とされ、愛し合える者と出会えるかもしれないんだよ。一定の価値が保証されるからと、この先に掴めるかもしれない未来を諦めないでくれ……」


 少女は紙の束を見つめます。再度青年を見上げたその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいました。


「ご主人様は優しい方です」


 そう言いながら、涙が頬を滑ります。


「この身にまだ未来があると夢を見せてくれるなんて……優しくてとても酷い方です……」

「…………ごめん……」


 青年は己の言葉を恥じました。確かにそれは、少女にとって毒にもなる願いでしょう。

 しかし少女は、その紙の束に手を伸ばしました。もしかすると叶うかもしれない夢物語。それをぎゅっと抱きしめます。


「……もう一度、夢を見てみます。シンデレラ様のようになれたらと……魔法使い様がこんなにも頑張ってくれるのですから、この身も頑張って変わります」

「……ごめん……」


 青年は自分がしでかした事に、情けなくて涙が出そうになりました。


「何をしている。早くしないか」


 案内係の役人が面倒くさそうに青年達を睨みます。


「すぐ向かいます」


 少女は己の髪や服の皺を改めて直し、外見を最大限に整えます。


「……1つだけお願い……よろしいですか」

「うん……なんだい」


 青年は鼻声になりそうなのをどうにか堪えつつ返事をします。


「この身が売れるその時まで、どうか待っていてください。色欲の肉になったとしても、食欲の肉になったとしても……どちらにせよこの身がどう役割づけをされるのか、見守っていて下さい」


 少女は深く、青年へと頭を下げました。


「……勿論だよ」


 青年も少女に対し、深く深く頭を下げます。

 少女は何度か深呼吸を繰り返します。役人がさらに怒鳴り声を上げました。少女は青年と共に、茶色の革靴をその建物へと向けました。

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