第11話:肉質検査
宿屋や肉屋のある大通りを抜けた先には、大きく荘厳な建物がありました。それがこの都の役所であり、本日肉質検査が行われる会場です。そこには既に様々な魔人が集まっており、育てた肉や買ったばかりの肉を換金しようと意気込んでいました。
「と、とても綺麗な方ばかりですね……」
付き従っている魔人を見て、少女はゴクリと唾を飲みます。色欲の肉と判断された方が価値が高い為、少しでも見てくれを良くしようと目論んでいるのでしょう。どの魔人たちも綺麗な衣装を纏っており、メイクもバッチリと決まっています。中には少しやりすぎている者もいて、付けすぎた香水の香りが混じり合っていました。
「大丈夫。君も充分綺麗になった。髪もメイクも綺麗だよ」
「そ、そう言っていただけると、その、緊張が薄れます」
二つに結った少女の髪には赤いリボンがついており、白いワンピースによく映えていました。メイクも派手というよりはナチュラルで可愛らしいものです。少女の純粋さや愛嬌を引き立てるのに一役も二役も買ってくれるでしょう。
「大丈夫。君を見出してくれる者は必ずいるよ。自信を持って、背筋を伸ばして。役所の担当者にしっかりその顔を見せるんだよ」
「は、はい」
緊張を隠せないままですが、少女はコクリと頷きます。列の先頭では、都の役人が肉となる魔人を査定していました。色欲の肉と断定されれば喜びの声を上げ、食欲の肉と断定されれば落胆の声を響かせます。
「思いの外、次から次へと査定されていくのですね」
「ああ。それなりに基準があるのだろう。判断に迷うケースもあるようだけど……それがどうなるのかは、ここからじゃわからないね」
青年も少女も、ソワソワしながら順番を待ち続けます。その間、肉屋で見かけた魔人達が何人か査定されていきました。無事色欲の肉として断定された者もいましたが、中には食欲の肉として判断され、悲鳴をあげる者もいます。命運を分けるその瞬間は、青年にとっても少女にとっても決して面白い物だとは思えません。しかし中には野次馬としてそれらを鑑賞する市民も多々いました。
「あの中に上流階級の方がいるんだね」
空気を変えたいのか、青年がそう切り出します。確かに、色欲の肉と判断された魔人は、役人に従って役所の中へと入っていきました。
「色欲の肉と判断されたらオークション形式で上流階級に売買されると聞いているよ。売買の価格によっては、販売者の都市通貨に上乗せされるようだね」
「オークション……この身にも、良い値段がつけばいいのですが……」
ごく、と少女は生唾を飲みます。それを見て、青年がふと笑いました。
「高く買い取られる必要はないよ。いい上流階級に見出してもらえればそれが一番だ。君はシンデレラとして、このお城に来たんだろう。舞踏会さながらに、素敵な王子様に見つけてもらうんだよ」
「う……そう言われると、少し、変な気持ちになりますよ……」
少女の緊張を解こうとして、青年はささやかに冗談を交えます。しかしそうしている青年も、やはりどこか緊張しているようで長く話は続きません。
沢山の魔人が肉としての価値を言い渡されていきました。先頭に近づくにつれ、肉質検査の状況も詳しく理解できます。そうすることで流れを掴むのは勿論ですが、ここまで距離が近いと、聞きたくない声も随分クリアに聞こえます。
「やだ‼︎ 嫌だ、肉なんかになりたくない‼︎ 助けて、助けて‼︎」
「つべこべ言うな‼︎ お前の持ち主もそれでいいと言ってるんだ‼︎」
「助けて‼︎ どうかお慈悲を‼︎ どうか‼︎ どうか‼︎」
食欲の肉として断定された魔人が、涙ながらに訴えます。魔人の前には沢山の者がいますが、誰も助けようとはしません。観衆として集まっている市民も、どこか楽しそうにニヤニヤと笑っています。
「助けて‼︎ 死にたくない、死にたくない‼︎」
「うるさい‼︎ 黙ってこっちに来ないか‼︎」
役所の魔人が食欲の肉となった魔人を引っ張ります。その先には鉄の檻で構成された馬車があり、悲鳴や嘆きで溢れていました。
「……っ」
直視することができず、青年は思わず視線を地面へと落とします。
「気にしてはいけないよ。君は君の道があるのだから……」
そう青年が少女を気遣いますが、彼女はやけに涼しい顔をしていました。
「はい。大丈夫です」
やけにしっかりとした背筋。青年は昨晩から抱いていた違和感が少しずつ大きくなっていることに気づきます。
いよいよ、少女の番が来ました。少女は青年の手を取り、石造りの階段を登ります。壇上の上にいる役人達は、恰幅の良い体を揺さぶりながら束の間の冗談を楽しんでいました。
「さぁて、次は……ううん?」
「おお、これはまた……ううん」
左右に並んだ二人の役人は、顎に手を当てながら少女を見下ろします。
「あ、あの、あの、あの……」
少女は威圧されたのか、うまく言葉が出てきません。
「どう思う、右の」
「こいつぁ美しいとは言い切れないな。食欲の肉だろうか」
「なっ⁉︎ 冗談はよしてくれ‼︎」
青年はその判断に異議を申し立てます。
「よく見てくれ。目も大きいし、肌もきめ細かい。睫毛も長いし、愛らしい顔をしているとは思わないか」
「とは言えどなぁ。左のはどう思う」
「うーん。そう言われたら、こういった普通の顔を好む方もいらっしゃる……かもしれない」
「だろう。きちんとした者が見れば、必ずわかってくれるはずだ」
なんとしても色欲の肉に判断してもらうべく、青年は食い下がります。
「しかしなぁ、この体の薄さで相手が務まるものか?」
右の役人は少女の体つきを色んな角度で眺めます。
「さっきも言ったが、それがいいと言う者もいる必ずいる」
「むむ……そういえば、最近の上流階級では一般的な肉を育てる事が流行っているとも聞くし……」
「そうだろう。それにこの子は素直で、聞き分けもいいんだ。飲み込みだって早いんだぞ。上流階級に気に入られること間違いない」
右と左の役人は、視線を交わしては悩むばかり。あれこれ問答してみますがどうも結果を出しきれません。
「どうしたものか」
「どうにも中途半端で難しいな。これは謁見で判断してもらうしかないだろう」
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