第13話 解毒薬はありませんか?

「こんな私は嫌われて当然なのよー」

 家に帰り、ベッドに飛び込む私をルーカスは戸口で眺めていたが。

「姉さん、何落ち込んでんの」

「何って。令嬢のみんなに悪いことしてたんだもの。私、考えなしで、いい気になって、本当に嫌な奴で、こんなの悪役令嬢に成敗されても仕方ないのよ!」

「悪……、何?」


 ルーカスは首をかしげているけど。悪役令嬢が主役のお話のヒロインって、だいたい、男子にモテモテで最終的には王子様のハートを射止めて、悪役令嬢を悪者にして。冷静に考えなくとも、まじで嫌なタイプじゃない? だから悪役令嬢に成敗されてみんなスカッとするのよね。


 読んでても嫌な女、と思ってはいたけど、悪役令嬢と王子さま意外の人物に与える影響なんて、あまり深く考えてなくて。

目の前で悩むベシーを見て、ああ、本当に悪いことをしたなあ、って。私じゃないけど、私だし。

 考えてたら、頭の中がぐるぐるしてしまって、自己嫌悪やら嫌な気持ちに支配されベッドに倒れこんだというわけ。


「ああ、私、まじで嫌な奴よね」

「姉さん」

 とそばまで来たルーカスは、

「以前の姉さんのことはよく知らないけど、今の姉さんのことはよくわかってるよ。この数日だけどね」


 そっと顔をあげると、ルーカスはベッドの端に座った。

「前のことをどうにかするなんて無理だし、今をきちんとするしかないんじゃない? そう思って薬を飲んだんでしょ?」

「う、うん」

 そうだよね。嫌われないとダメだって思ったから。


「今からやり直せばそれでいいと思うよ、過去は過去だし、大事なのは今でしょう?」

「そう、だよね」

 頼りになる弟ができて、これも私が薬を飲んだおかげともいえるわけよね。

 起き上がってにこりとした私だが、ルーカスは厳しい顔つきに変わると、

「だけど!」

「へ、何!?」

「あんな薬の飲み方があるか!」

「は、はい?」


「あの店で聞いてきたよ」

 あの店。私が薬を買った店、今さっきまで、ベシーの話を聞いていた店。

「あ、あの店のおばあさん、いたの?」

「あの人が、そのおばあさんだよ」

「ああ、何だ、あのお姉さんが、え?! うそおお!」

 腰の曲がったおばあさんと妖艶な美女のお姉さんが重ならない。


「嘘でしょ?」

「本当です」

「でもでも」

「魔法だよ、魔法」

「そんな魔法なんてあるの!?」

 この世界の魔法は水系、火系、みたいな魔法だけで、あとは光、癒しが少しだけ存在するとか。

 だけど、テレビで見るような人の姿を変えるような魔法は存在しないと思ってた。


 ルーカスは、息をつくと、

「あの人、もともとは若い姿が本当なんだ。おばあさんの姿は変装してただけだよ。魔法って言ったのは、皺を肌につける粘土みたいなものを作って使ってたんだ。まだまだ改良中らしいけどね」

「そんな特殊メイクみたいなことをしてたの?」

「とく、しゅ? へえ、うまいこと言うね。そんな感じだよ」

 ついつい現代の言葉を言ってしまったが、結局そういうことよね。そんなものが存在しないならまさに魔法と言ってもいいかも。


「すごいのねえ」

 感心していると、ルーカスは「そんなことより!」と話を戻した。

「あの人が言うには、姉さん、薬を一気飲みしたって」

「うん、そうよ」

 あの小さな小瓶だ。

 目を見開いたルーカスは「ああ」と天井を仰いだ。

「駄目だった?」

「あの薬は、一滴でいいんだよ」

「一滴?」

 ルーカスは大きくうなづいた。


「そうだよ、一滴。嫌いになってほしい相手に会うときに一滴飲めばいいだけ」

「それだけでよかったんだ、なんだ、まずいのに無理して全部飲んだのに」

 笑いそうになる私に、ルーカスは「笑いごとじゃないよ」と睨んできた。

「あの薬に解毒剤はない」

「ええ?!」


「ああいう薬はほとんど出ないらしいよ。好かれるための秘薬とかは売れるみたいだけどね」

「ふーん」

「だからってわけでもないけど、解毒薬まで作るほどの需要がないから存在しないらしい」

「存在しない、そんなあ」

 がっくりと肩を落とす私に、ルーカスは「でもね」と、ベッドから立ち上がった。


「時間がたてば、徐々に抜けていくらしい」

「徐々に? それってどのくらいかかるの?」

 つまり、薬の効果がなくなるってことよね。なんだ、解毒剤がなくても何とかなりそうじゃん。

 にまにましてる私に、ルーカスは眉を上げ、

「一滴で、薬が抜けるまで一か月かかるんだ」

「一か月?」

「一滴でだよ。つまり、姉さんの場合は」

 ルーカスの言葉に、私はまたもやベッドに突っ伏してしまった。


 だって、小さな小瓶とは言え、一滴どころか何十滴?

 一か月一滴と言うことは一年十二か月、12滴ってことはない、よね。いくら小瓶と言えど。

 ってことは、2年、3年かかるかも。


 ああ……


 結婚させるってお父様もお母様も言ってたけど、相手なんてみつかるの? いたとしても愛のない結婚。まさにネットでよく見る、嫌な旦那に翻弄される体験漫画みたいな結婚生活? 


 どうしたらいい?


 薬が抜けるまで、引きこもろうかしら。

 うちにはルーカスと言う心強い跡取りができたわけだし。未婚の姉のひとりぐらい面倒見てくんないかな。

 いやいや、そんな小姑いたら、ルーカスの嫁に嫌われる。つか、その前に薬の影響でどう思われるやら。


 頭を抱えた私は、原作のエマのことを考えた。エマ、男爵令嬢、学園で王太子や他の男子生徒にちやほやされる。それもこれもかわいくて守ってあげたくなるかららしい。

「その技は今はない、のよねえ。嫌われ薬飲んだし」

 嫌われつつもひとりで生きていけるすべを見つけないと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る