第12話 相手の気持ち

「ベシー様?」

「ごめんなさい。バーナード様にあんなふうに言っていただいて、うれしかったんです。でも、でも、私、前のバーナード様のことを許しては……」


「つまり信じられないんだろ」

 いきなり声がして驚いたが、引っ込んだままだったお姉さんがカウンターで頬杖をついていた。


 驚いて目をしばしばさせるベシーに、お姉さんは、

「いっぺんは、裏切り行為をしたくせに、もう嫌いになったから元に戻ろうなんて虫が良すぎるんだよ、そうだろ」

 ベシーは大きくうなづいた。

「そうなんです。私、バーナード様が裏切ったこと許してないんです。謝っていただけたけど、今はあんなことを言ってるだけで本当は違うんじゃないかって。だから本心を知りたくて、そんな秘薬があるんじゃないかって」

 わーっと堰を切ったようにしゃべったベシーは、こちらを見ると、

「ごめんなさい、エマ様。エマ様にたいしてもすごく怒っていたんです」

「そりゃそうです。こっちこそすみません」


 頭を下げた私に、ベシーは、

「もういいんです。エマ様は何だか前と違いますし、それに」

 目をうるませつつ言うベシーに、ルーカスは、

「ベシーさん、秘薬はここで手に入ると思いますよ」

 ととんでもないことを言い出した。途端、お姉さんが、

「よしとくれ!」と大声をあげる。


「だけど、使わなくてもいいと思います」

 ルーカスはこちらに視線を向けた。

「最近の姉さんは以前の姉さんと違う、そうでしょう?」

 ベシーに向き直るルーカスにベシーは「ええ」とうなづく。


「以前も今も呪いがかかってるんです」

 とんでも発言に、ベシーだけでなく、私も

「はあああああ!?」

 と大声をあげていた。


「の、呪い!?」

「のろい……」

 ふたりの声が重なる。ルーカスは平然とした顔で、

「呪いと言うか、変な薬を口にしたのか、とにかく本人のせいではないんですが、そのせいでまわりも本人もおかしくなってたというわけです」

「おかしくですか?」

「ええ、学園の男子が姉さんに夢中になり始めたんでしょう? あの王太子様まで」

「ええ」

 とうなづくベシー。


「そんなことおかしいじゃないですか」

「はあ、でもエマ様はかわいいし、お綺麗だから」

 思わず「いやあ」と顔がにやける私。ルーカスも店のお姉さんも呆れ顔を向けてくるのは納得いかないが。


「ねえ、そんな呪い」

 口を挟もうとする私をルーカスは遮ると、

「今はその薬か呪いの副作用でみんなから嫌われているんです」

「まあ!」

 ベシーが口を覆ってすぐさま眉を下げた。

「おかわいそうに、エマ様。だからカロリーナ様もそんなふうにおっしゃってたんですね」

「カロリーナ様が?」


 ええ、ええ、とうなづいたベシーは、

「生徒会の手伝いにエマ様に入ってもらうけど。今のエマ様は悪い薬の作用で近寄るものを不快にさせてしまうのだと。でも本人にはなんの責任もなく、薬のせいだから、なるべく遠くから無理せず応援してあげてほしいと」


 嘘ーっ、何てすてきな方なの。

 まじで男前。いや、超絶美人なんだけど。


「それに」

「それに?」

「とても愛らしい方だといわれれましたわ」

 思わず恥ずかしくなって頬を両手で押さえてしまう。

 

 ベシーはにこりとすると、

「私も今日、よくわかりました。エマ様って本当はとても素敵な方なんだと」

 目をキラキラさせるご令嬢に思わず目をぱちくりさせていると、ルーカスが「ほら」とクッキーの皿を突き出してきた。

「え? いいの?」

「食べたいでしょ?」

「うんうん」

 水とともにかっ込む私を、ベシーはなぜか目をうるうるさせて見つめていた。


 結局、その日は、ベシーをうちの馬車に乗せ家まで送った。

 ルーカスが着替え用にと馬車を区切っていてくれたおかげで、ベシーが私を見ていらつくこともなく家まで送れてよかったが。


「先ほどの話で分かったと思いますが、バーナード様は姉にかかった呪いでおかしくなっていただけなんです」

「そうですよ。みなさんおかしくなってて、まあ今もまた副作用でおかしなことになってますけど。バーナード様がベシー様をお好きな気持ちはずっとかわっていないはずです」

 ルーカスの言った呪いの話に便乗した私は仕切り越しに力説した。

 板の向こうから、ベシーの「はい」と小さな返事が聞こえてきた。


 まだ気になるのかも。そりゃそうよね。今の私がしでかしたことではないが、なんとも申し訳なくなってくる。

「ごめんなさい、ベシー様。私が一番悪いんです。いくら呪いと言っても、もっときちんとした行動をしていれば、ベシー様を傷つけることも悲しませることもなかったのに」

 板の向こうで、

「そんな、いいんです、いいんです」

 と何だか涙声のように聞こえて、ますます申し訳なくなる。

「ベシー様、本当にごめんなさい」

「……」


 板の向こうでどんな表情をしているのか、やきもきしつつも本当に申し訳なくて、うつむいて自分の手を見つめていた。目の前に座るルーカスは、眉を下げてこっちをじっと見ていたが小さく息をつくと、馬車の窓に顔を向け外を眺めていた。


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