第11話 ベシー嬢の理由

 少しばかり、こちらに寄ってきたベシーとルーカスが話している。

「馬車を呼びましょうか? お連れの方はいないようですよね」

「はあ、でも」

 言いにくそうなベシーに、私は手を上げた。

「ここに何か用があるんじゃありません?」


 こんなとこ、貴族令嬢が一人でふらふらと来にくい場所だ。今みたいに変な男に絡まれることだって不思議じゃない。

 またもや目をまん丸くしたベシーは、長いまつ毛をゆらゆらとさせると、

「はい」

 と小さくうなづいた。


「何があるんですの?」

 勢い込んで聞く私をルーカスが首根っこ掴んでベシー様に背中を向ける。

「姉さん、余計なことですよ」

 小声でこそこそと言うルーカスに、私は口を突き出した。

「だって、このままだと、ベシー様、またおひとりでここに来られるかもしれないでしょ! なにかあるなら助けて差し上げないと」

「それはそうかもですが」


「あの」

 と背中に声がかかり振り返るとベシーが、

「私、話します」

 と眉を下げた。

 近寄りすぎたのか、下げた眉が吊り上がりそうになるベシーからあわてて距離を取った私。

 そんな様子を横目で見ていたルーカスは、ベシーに向き直ると、

「ここでは何なので、あちらで聞きましょう」

 と促した。


「姉さんも、行くよ」

「はい」

 何だか、扱いがどんどん雑になっているような。弟ってもっとかわいいもんかと思ってたのになあ。

 ベシーをレディとしてある家へと促していくルーカスに距離を取ってついていった。


「え?! ここ?」

 顔だけ振り返ったルーカスは、

「入るよ」

 と一言、家の上に向かって、

「開けてください!」

 と声をかけた。2階の窓で人影がゆらりと動く。

 人いたんだ。この家は、私が嫌われ薬を出してもらったところ、もう閉店して誰もいないと思っていたのに。


 ドアがギ~っと音を立て奥へと開く。

 薄暗い部屋は、以前来た時のまま、カウンターにテーブル、だけど、カウンターの奥に置かれていた缶は姿を消してその代わり、飲み物の瓶やカップが並んでいた。

 しかも、おばあさんではなく、若くて妖艶な美女がベールをかぶってこちらを迷惑そうに見ていた。


「まだ何か用かい」

「ちょっと場所を借りたいだけです。お茶代は出すから紅茶をお願いします」

 ルーカスはつらつらとおねえさんに注文してるけど。

「ちょっと、ルーカス、ここって」

 私はルーカスの服の袖を引っ張った。

「そうですよ、ここは姉さんが言ってたとこです」

「おばあさんは?」

 ちらりとお姉さんを見やったルーカスは、

「今はそれはいいでしょう。まずはベシー嬢のお話を聞きましょう」

「あ、そうか、そうよね」


 離れた席に着いた私はベシーに、

「ベシー様、どういう御用でいらしたんです?」

 と声をかけた。

 奥から紅茶を運んできたお姉さんが、ベシーとルーカスの前にティーカップとクッキーが乗った皿を置いた。

 イチゴのジャムが挟まってるらしい美味しそうなクッキーだ。

 ちらりと私を見たお姉さんは嫌そうに顔をゆがめると、水の入ったコップをドンと私の前に置いた。

 えーっ……、理不尽。

 恨めし気に見る私に、

「自業自得」

 と一言、奥に引っ込んでしまった。


「う~」と言いつつ、水を飲む私を見ていたベシーは、

「エマ様は、バーナード様をお好きではないんですか?」

 飲んでた水を吹きそうになる。

 バーナードというと、王太子の取り巻き3人組の一人だ。

「まさか、そういう感情はありません。バーナード様も私を嫌ってるはずです」

 薬の効果で近寄っても来なくなったし、遠くからでも嫌そうな顔が見て取れたんだから。


 ベシーは「そうですよね」と小さく言いつつ紅茶に口をつけた。

「私、バーナード様の婚約者なんです」

「ええ。そうですよね」

「だけど、バーナード様はエマ様に夢中で、私の代わりにカロリーナ様がご注意してくださったんですけど、聞く耳持たなくて」


 うっ。耳が痛い。

 原作通りだと、確かにそうなのだ。エマがうまいのか、まわりがおかしいのか、とにかくエマに夢中になってしまう。それをカロリーナが注意するんだけど、エマに夢中の王太子はカロリーナを疎ましく思って、というよくあるお話に進んで行くのよね。


「今はそんなことはないでしょう?」

 と耳をふさいでる私をちらっとみたルーカスが代わりに聞いてくれる。

「ええ、それは、それに」

 とうつむいたベシーは、

「バーナード様が謝ってくださったんです」

 ぽっと頬が赤みをさす。


 バーナードはベシーの家へと花束を持って現れた。

 そして、片膝をつくと、

「すまなかった、ベシー。自分はどうかしていたんだ。君と言う素晴らしい人がいると言うのに。なぜあんな、あっ、失礼、彼女に惹かれていたのかまったくもってわからない。今は本当に顔を見るのも嫌なんだ」

 と言ったらしい。

 そんなこと言ったのか、バーナード。

 わかっていてもムッとするなあ。


「よかった、それじゃあ」

「いいえ」

 いきなりベシーは声を荒げた。

「あ、ごめんなさい。私、前のようには」

 そう言って、またもやうつむいてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る