第2話 悪役令嬢vsヒロイン
「エマさん」
「は、はい」
もともとのエマの記憶を頼りつつ、学園の廊下をこそこそと進んでいると、なんとも涼やかな声で名前を呼ばれた。
振り返った私は、目の前に立つ女性に目が釘付け。
黒髪は緩やかなウェーブで、切れ長ででも大きな目は漆黒だがキラキラと輝く夜空のようで吸い込まれそうだ。背は高くスタイル抜群。
つい親父のような感想をもちつつ見つめてしまう。
「あの」
「あなた、怪我されたそうだけど、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
えっと、めちゃ綺麗な人だけど。
「あの、あなたは」
と言いかけたところに女生徒が数人駆け寄ってきた。
「カロリーナ様」
「大丈夫ですか」
ばたばたと寄ってきた貴族令嬢たちにも驚いたが、私は目の前に立つ令嬢、カロリーナに目を見張った。
この人が、カロリーナ。
黒いウエーブヘアといい、夜空のような瞳といい、私、この人を知ってる。
悪役令嬢、カロリーナ。
「悪役令嬢ですが、清く正しく生きていきます」というタイトルで、ヒロインものの恋愛ゲームの中に登場する悪役令嬢が断罪されるのだが魔法の力で過去に戻る。そして断罪されないように、自分を貶めたヒロインと王太子を逆に断罪するというストーリー。
悪役令嬢物流行りの中、そこそこにヒットした。小説からコミカライズされて、かくいう私も読んでいた。作画がとにかくよくて、悪役令嬢のカロリーナがめちゃかっこよくて美しくて。
かっこい~なんて思いつつ読んでいた漫画のキャラが目の前にいる。
うわあ~
たぶん、目をハートにして見ていたのか、あとからやってきたご令嬢たちが不審そうな目で私を見ている。
「カロリーナ様、あちらへ行きましょう」
「いつも変ですけど、今日は特に目つきが変ですわ」
「本当に。いつもはすぐにべそべそされるのに。なんだか目がらんらんと」
え? まじ? そんなやばい目つきしてました?
思わず目ぱちぱちとさせると、カロリーナが、他のご令嬢たちを諫めるようにして眉根を寄せた。
「エマ様、転ばれて怪我をされたんですよ。具合もまだよくないんでしょう。そんなふうに言うもんではありませんよ」
うーん、やっぱりこのお話の主役はかっこいいわ。
なんで、私、ライバル的存在のヒロインに転生しちゃったんだろう。
悪役令嬢物のヒロインなんて、王子様やその他の男どもを手玉に取る悪女のような存在に描かれていることが多い。だいたいその他の男連中は同じ学園に通う生徒で、婚約者の令嬢や、そいつらを好きな令嬢も同じ学園に通っている。
だからよね。
さっきからやいやい言ってくる貴族令嬢の目つきがものすごく怖いんですけど。
これもものともしないヒロインってまじで強心臓だよ。
震えあがった私は、
「あの、すみません。調子がまだ悪くて、失礼してもいいでしょうか」
「あら」
と目を大きく見開く令嬢たち。まだ意地悪言われるかと思ったが。
「それは、いけませんわね」
「カロリーナ様が仰る通り、具合がよろしくないんですのね」
「もう帰られてはいかがです?」
「それとも、保健室にお連れしましょうか?」
さすが、貴族の娘、お金持ちで生まれ育ったせいなのか、このお話がそうなのか、みんな結局は人がいいようだ。
だから庶民上がりのヒロインに好き勝手されたんだろうなあ、と思わず同情してしまう。
「ありがとうございます。もう帰宅しようと思います」
大丈夫ですか、送っていきましょうか、馬車は? メイドを呼びましょうか、等々大騒ぎになりそうだったが、
「本当にご親切ありがとうございます。私、ひとりで大丈夫ですから、皆さん、授業に」
このまま、仲良くなれるんじゃない?
なんて能天気な考えが浮かんだその時、
「エマ!」
「へ?!」
「大丈夫か、エマ」
まさか、この声。
もう嫌な予感しかしない。
振り返るのも嫌だったが、廊下を駆け寄ってきたのは王太子その人と、取り巻き連中だった。
「ランドルフ様」
「カロリーナ、エマに何かしたのか」
何ちゅうこと言うのよ!?
思わず凝視した私は、カロリーナの後ろに控えてるご令嬢たちの顔が世にも恐ろしいものに変容していくのをびしびしと感じていた。
「何もしていませんわ。エマ様、身体の具合がお悪いそうですの。馬車を呼ばれた方がよさそうですわ」
「何と、大丈夫なのか、エマ」
「エマ嬢、大丈夫ですか」
「すぐに馬車を呼びましょう」
「おぶってつれていきましょうか」
またもとんでも発言のノアにバーナードとフレディが「それなら自分が!」なんて大騒ぎ。
絶対、ここにいる令嬢は、この3人の婚約者か幼馴染みか片思い中なのか、ともかく全員がこそこそと、
「いやねえ」
「本当に」
「わざと仮病まで使うなんて」
と言い合っているのが目に見えるようにわかる。
まじで勘弁してほしい。
そのうえ、カロリーナ様が、
「王太子様、エマ様のことお願いしたしますわね」
失礼しますとばかりにくるりと踵を返すと廊下を去っていった。
ちらちらとすごい視線をこちらに向けつつ、カロリーナの後ろをついて去って行く令嬢たち。
そして、私は、送ると言う王太子たちを何とかなだめて、馬車に飛び乗って帰宅した。
まさか、毎日こんなことが続くんだろうか。
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