第3話 妙薬アリマス

 お話の通りに進むと、カロリーナは卒業パーティで王太子から婚約破棄を言い渡される。

 そして私が新たな婚約者としてみんなの前で紹介されるのだが。

 時間を逆行したカロリーナは、王太子と私が一緒になるために禁忌の魔法、秘薬を使ったことを暴き、王太子は塔の中に幽閉、私は僻地の修道院に送られる。

 主役はカロリーナ、私は敵役なのだ。


 どうしたらいいの。

 家に向かう馬車の中、私は頭を抱えていたが。

 いきなり、馬車が止まった。


「うわっ」

 馬車の中でひっくり返った私は、窓から外を見た。

 御者さんは、こちらを見ると「すみません! あのばあさんが飛び出してきて」と怒った顔を路上に向ける。

「ばあさん! 危ないだろう!」

 ベールをかぶった腰の曲がったおばあさんが、こちらをちらりと見上げ道路わきに移動しようとしていた。


 慌てた私は馬車から飛び降りると、

「大丈夫? おばあさん、こっちに」

 と道路わきに移動させた。

「すみませんねえ」

「怪我はしてませんか? お家は? 送りましょうか」

「家はほら、すぐそこですから、もう大丈夫ですよ。お嬢さん、あんたいい人だね」

 私の側から、離れたおばあさんは、ぺこっと頭を下げ、路地へと入っていった。


「お嬢さん、ほら、馬車に乗ってください」

 御者さんが嫌そうに顔をゆがめる。

「ここらへんは、怪しい店が多いから」

 と言いつつ馬車を進めた。

「怪しい店?」

「ああ、それこそ怪しい本やよその国の酒やら、魔法道具やら怪しい薬やら王室から認められてないようなものが売っていたりするからお嬢さんにはよろしくないよ」

「へえ~」

 怪しい本ってそういうのかなあ、なんて思いつつ、怪しい薬にハッとする。


 それって、原作で王太子とエマが秘密裏に購入したとかいう薬?

 こんなとこで売ってるんだ。

 そういえば魔法使いみたいなおばあさんだったが。


 この世界には魔法が存在する。

 学園でもその手の授業が何コマかあった。

 火、水、木、土、金の魔法を教わる。火をおこし、水を発生させ、木を成長させたり小さくさせたり、土を塀のようにも山のようにもする。金だけは難しい魔法らしく、王家の人間以外には習得するのが難しい。

 そのほかにも癒し魔法が存在し、この話のヒロインは癒し魔法の力を持っている。


 持ってるはずなんだけどなあ。

 ためしにやってみたが、転生したばかりのせいなのか、たいして威力のない癒し魔法しか使えない。

 魔法の薬や魔法の道具もあるらしいけど、人の心を惑わすようなものは基本的に禁止されていて、そういうのは学園では習っていない。

 といっても、禁止されるようなものは、何やかや需要があって秘密裏に売られるものだ。

 だから王太子とエマは王様やお后様、多くの大臣の賛成を得るために薬を手に入れた。

「人心を惑わす薬かあ~」

 過ぎていく通りを見つつ、私は薬に頼るのもありなのでは、と考え始めていた。


 数日後。

 私はメイドのメイベリンから私服を借りた。

 黙っててほしいと約束させて。

 学園に行くと嘘をつき、例の怪しい薬を売っている店を目指した。


「ここらへんよね」

 馬車でおばあさんと接触しそうになった場所。

 このあたりに怪しい物が色々と売っているって御者は言っていた。

 姿かたちはどう見てもどこかのメイドか町娘な私だが、行きかう人に怪しい薬を売っている店を訪ねるわけにもいかず、あたりをきょろきょろ。


「怪しいものを堂々と売るわけないわよね」

 そう思った私は、路地をあちこち覗いて回った。どの路地も、狭い通りの窓から窓に洗濯物がはためいていたり、お茶を売る店先でお茶が飲めたりと、そんなに怪しい感じもしなかった。


 だが、

「あのおばあさんが入っていったとこだ」

 と覗いた路地は一味違っていた。


 どんよりとした空気。レンガが敷き詰めた通りは一見おしゃれにもみえるが、レンガとレンガの隙間から湯気のような白い煙が紫煙のように漂い出てる。

 いったい何の煙なのやら。

 家と家の間から真っ黒な猫がすいっと飛び出してきて、思わず尻もちをついてしまった。


「あんた、大丈夫かい」

「はい、すみません、猫が飛び出してきて驚いてしまって、ってあれ?」

「おや、あんた」

「おばあさん、この家の方でしたか」

 見ると、小さな木の看板に「お茶」と言う文字と「妙薬アリマス」の小さな文字。


「妙薬……」

 ちらりとこちらを見たおばあさんは、

「お茶飲んでいくかい」

 と言った。


 中はこれまた古い感じだが、古民家風カフェと言えば言えなくもない。カウンターがあり、奥の棚にずらりと並んだ缶は古びているがくすんだ緑色や青い色でいい感じだ。

「さあ」

 と出してくれたお茶は、濃い紅茶でかなり甘いが私好みだ。

「美味しい」

 ごくごくと飲み干す私にふふふと笑ったおばあさんは、

「それで何が欲しいんだい?」

 と単刀直入に聞いてきた。

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