1-4 バグとくノ一と本当の自分

「僕なんかやっちゃいましたぁ!?」


 ついぞ前の"怪盗乱麻"な面影一切無くて、声質同じなれど素の口調で、慌て慌ててあわわわ、な、プレイヤーシソラ。

 その姿を、二つの薄目とかっぴらいた額目に映しながら、相変わらず落ち着いた様子でよみふぃは語る。


「君のゲームでのジョブはシーフだな」

「は、はいそうですけど――え、ゲームで盗みをしたからって、それでアウト?」

「そんな訳ないだろう?」


 殺し、盗み、そして詐欺。

 これらは全てリアルでは犯罪であるが、


「ゲーム内での犯罪行為は仕様、合意の上でみなプレイしている」

「で、ですよね」


 シソラの頭の中に、さっきまで戦っていたネッ友の顔が浮かぶ。


(もしそうだったら、グドリーさんなんか真っ先に捕まっちゃうし)


 だが、シソラに、よみふぃはこう言った。


「だがその盗みスティールのために、グリッチを使ったなら別だ」

「へ?」


 ――グリッチ

 唐突な横文字に戸惑いつつも、


「グリッチって確か、裏技でしたっけ?」

「どちらかといえば、プログラムの不具合やバグを意図的に利用して、ゲーム上で利を得る行為の事だ」

「え~と」

「上上下下左右左右BAが裏技で、配管工のケツワープがグリッチだ」

「あ、なるほど」


 正確にはグリッチも裏技のカテゴリであるものの、開発者が意図的に仕込んだ物イースターエッグ等は裏技で、想定外の挙動を利用した物がグリッチと分別される傾向にある。


「グリッチ、デバッグの不完全がうむもので、プレイヤーがそれを見つける事に罪は無い」

「RTAでも使われてますもんね」

「ああ、オンライン修正もされる事のないゲームレトロゲーでならまだ許される、だが」

「だが?」

「多人数を前提としたオンラインゲームにおいてグリッチは」


 マスコットはそのかわいい表情を、

 不本意そうに歪めながら呟く。


「――世界の均衡ゲームバランスを崩壊させる、運営への反逆ともいえる」


 そう、余り許されるものでなく。

 それゆえにグリッチは、大抵のオンライゲームで、規約上不可になっている、しかし、


「い、いや僕、覚えがありません!」


 そう身の潔白を主張する、が、その瞬間よみふぃの背後にビジョンが浮かぶ。

 そこには多人数PVP――つい先程のVSグドリー戦の様子が映っていた。そして、


「――あ」


 ――ちょうど王冠を取ろうとした所

 まさに勝利が決定する直前、ハンマーを踏み台にしてジャンプしようとするシソラと、足元の石を拾って投げようとするグドリーの姿が映っていた。

 眼鏡越しの瞳を全力で開き、投擲される瓦礫は、シソラと王冠の間に、

 そのままシソラは手を伸ばすのだが、


「これが何か」

「"すり抜け"ている」

「へ?」


 ――すり抜け


「君の右手が、王冠の前にあった瓦礫をすり抜けている」


 よみふぃが言うように、シソラの手は瓦礫をすり抜けて、王冠に触れていた。

 ――勘違いだと思ってた事が本当だった

 驚きながらもしどろもどろに、シソラ、


「あの、無我夢中で、これってたまたまのバグじゃ?」

「一回だけならそう思ったが、君は度々このバグを使ってる」

「――え」

「これが証拠ログ」


 よみふぃによって次々浮かぶシソラのリプレイ思い出

 ゴブリン攻城戦にて、敵の繰り出した百の矢の内一つを、紙一重で躱したつもりですり抜けたり、

 遺跡で天井が落ちてくる仕掛け、スライディングして頭の部分をすり抜けて「ギリギリまにあった!」と仲間とはしゃいだり、

 タンスの隙間に落ちた鍵を、物理的に入らないはずの腕を無理矢理突っ込んで拾い上げたり、


「え、え、え」


 そんなバグをシソラはこれまでの3年間のプレイで、あらゆる所で繰り出していた。そして、

 問題は、その事に、


「ええ!?」


 本人は、一切気づいて無かった。


「すり抜けはグリッチの代表格、サイレント修正したのを含めて君は度々それを見つけ出して、使ってる」

「う、嘘」

「本当に無自覚なのか?」

「あ、当たり前です、だってこんなの、覚えてません!」

私達開発陣でも把握できないチートでも使ってるかと思ったが、つまり君はこう主張する訳だな?」


 マスコットの衣を借りたこのゲームの支配者は、

 眼光鋭く、冷たく、問題点を指摘する。


「知らないとはいえ、ゲームのバグで利してきたと」

「あっ」


 焦りで全身が沸騰していたシソラだったが、急激に脳髄から背筋に至るまで、ビシリと冷えた。

 無自覚ではある、しかし無知は必ずしも免罪符にはならない。知らなかったとはいえ今のシソラには、このゲームを冒涜した罪悪感が震えるように湧いてきて、


「ご、ごめんなさい!」


 だから頭を――高身長の体を折れる程に下げた。

 反省の意志はある、


「ペナルティは受けます、謹慎が必要だったらそうしてください、でもお願いです」


 だけど、


「アカウントだけは消さないでください!」


 どうしてもそれだけは偽れなかった。

 しょうがないと諦めるには、シソラには


「このゲームは、自分を」


 理由があった。


「"かっこいい"自分を、見つけてくれたゲームなんです!」

「――かっこいい」

「く、くだらない理由ですけど、大切な事なんです、お願いです!」

「くだらないか――確かにそうだ」


 よみふぃは、


「私達はそんな、くだらない理由で毎日を生き延びている」

「……え?」

「大好きな漫画の発売日とか、水曜日限定のカレーパンとか、そして」


 顔をあげると、よみふぃは笑っていて、そして、


「くだらない、たかがゲーム素晴らしき新世界とかでな」


 ――光輝き人の形になる


「――あっ」


 アバターチェンジ小動物から人間への変化

 アイズフォーアイズにおいて平場PVPとかそれ以外の状況では装備は瞬時切り替え可能、だから、シソラの目の前で起きてる事は"マスコットコスから通常装備へのチェンジ"というゲームのシステムであって、けしておかしな事では無い。

 それでも驚いたのは、単純だ、


「わぁ」


 とても美しかったから。

 ――四つ耳三つ目二つ口の一個口

 そのマスコットのデザインを落とし込んだキャラクター――175cm設定のシソラのキャラクターよりも、より高い背をした、現代風のくのいちが直立している。

 銀色の髪がダイヤモンドダストのように煌めく――猫顔の輪郭思わせるエアリーボブ、サイドヘアーが跳ねて踊る。

 猫耳は、頭上とサイド合計四つ、切れ長の瞳は碧眼二つ、額にも一つ、二つの眉もキツリと立って、唇もとても鮮やかに咲く。

 トップスは、首に紅蓮のマフラー巻いて、ノースリーブでへそだしの和装。満ちた胸を持ち上げるよう、マフラーと同じ色の和紐で、胸下を縛り上げている。

 ボトムス、デニムショートパンツから覗く眩しいばかりの太ももを、鎖帷子めいた網タイツで覆った。

 そしてよみふぃと同じく、銀の尻尾を揺らしながら、体の起伏を豊かに示す。

 ――きれいなひと

 全体的に露出度高めの衣裳意匠。けれど、シソラが何よりも”美しい”と思ったのは、その凛として、涼やかな表情からだった。

 まるで、新雪のような真っ白な心に、確かな足跡を刻まれたように、彼女の姿に目を――心を奪われるシソラに、


「脅すような真似をしてすまなかった」


 彼女は、四つ耳を揺らしながら頭を下げた。


「チートかと思い威圧的になっていた、グリッチは運営側の落ち度だ」

「は、はい、僕も今度から気を付けます」

「いや、その力が必要なんだ」

「へ?」

世界の綻びを突くデバッガーその力が」

「それ、どういう」

「――私の名はレイン」


 ステータスを表示させれば解る事を、敢えて口頭で言いながら、レインは、

 こう、告げた。




「私と一緒に、RMTリアルマネートレード業者からこの世界ゲームを救ってくれないか?」




「……え?」

「RMTについては、解るな」

「は、はい、アカウントやレア武器を、現実のお金で取引する事ですよね」

「ああ、ゲームバランスを崩し、運営に落ちる収益を横取りする"最悪"絶許だ」

「規約違反ですよね、アカウントのBAN対象」

「しかし、2089年の今になっても、取り締まる"法律"が無い」

「――あっ」

「運営側が出来る事は、販売者と購入者をBANするくらい」

「でもそれじゃ」

「売った奴は笑っている」


 ――例えばコンサートチケットの場合

 転売ヤーから購入したチケットを、使用不可にするという対策は取れる。

 しかし、買った者そうなる展開が予想出来ない者が泣いたとしても、売った者は笑っている。

 合法的に。


「被害は深刻だ、20周年を迎えられるかどうかも怪しい」


 そこまで言ったレインの背後に、文字が浮かんだ。

 ――神の悪徒あくと計画


「これって」

「バケモノにはバケモノを、悪には悪をぶつける」


 そこまで聞いて、シソラは、


「――僕に頼みたい事って」


 レインの願いを、察する。


「頼む、怪盗」


 だけどそれは、


「RMT業者から、宝物レアアイテムを盗んでくれ」


 原罪か、罪か。







 ――10分後

 現実世界でのシソラこと――白金しろかなソラは、己の部屋でデバイスを外す。VR世界からの帰還はシームレスで、違和感なんて覚えない。

 彼が暗い顔をしてる理由は、


「救うなんて――無理だよ」


 ゲームの中ではかっこよくても、そう、現実では、


「僕なんかじゃ」


 背丈も低くて体つきも華奢、そして何よりその顔は、勇ましいよりはかわいいとしか言えない、声すらも、女の子みたい。

 そんな自分だったから、

 それが"本当の自分"だったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る