1-3 「何故呼ばれたかわかりますね?」「え!」
「――引退?」
グドリーの放った言葉に、シソラ達だけでなく、グドリーのパーティーである四人も驚きの様子をみせて、その中で、
「キイテナイ!」
カリガリーが一番動揺したようで――その巨躯が前に踊り出すと、
重装兵の胴体部が、左右にパカッと開いた。
「ドウイウコトデスカ、グドリーサン!」
中には操縦桿をもった、黒髪をツインテールにした、スパナやバールを前ポケットにおさめたオーバーオールを身につけた、メカニックの顔が現れた。
「え、中から女の子!?」
「レア職のドールマスターだよ、ロボットを操るジョブ」
「ロボットなのに、筋力アップのバフってかかってたん?」
「それはゲームの仕様だし」
アリクとアウミの会話は勿論、カリガリーの声にも答えずに、シソラをグドリーはみつめて、
「リアルの事情でね、来月にはもう私はいないです」
「――そうなのか」
「最後に貴方に勝利して、武器を手に入れ、皆と最後に
カリガリー達に目をやった後、寂しそうにうつむいて、
「有終の美は飾れませんでしたね」
そう言ってからグドリーは、顔をあげて手を差し出した。
「この3年間、貴方の
その言葉と、その掌に、
シソラは無言を貫く。
「……どうしました?」
グドリーがそう呟いた途端、
「アリク、いいか?」
「ああ、もちろんだぜ」
「え、二人とも?」
アウミが戸惑う中、アリクは手に持った炎の剣をシソラへ手渡す。そしてシソラは、
――メニューウィンドウ
【別パーティー間のアイテムの譲渡】を選びながら、
グドリーの差しだした掌に、炎の剣を握らせた。
「――なっ」
驚くグドリーに、二の句を告げさせず、
「貸すだけだ、引退する日まで、仲間達と
「い、いやシソラ君、解っているのですか? 【アイテムの譲渡】がどういう意味を持つか」
「大丈夫だよ」
シソラは笑って、
「お前は卑怯だけど、卑劣じゃないだろ」
そう言った。
◇
――それから30分後
NPCでなく、プレイヤーが経営するドワーフの酒場。ドラゴンステーキをつまみに、エールやワインを飲みながら、樽で出来たテーブルを囲んで、三人は打ち上げの宴に"気分だけ"酔っていた。
リアルで腹が満ちる事は無いし、酔っ払う訳でもない。しかし、雰囲気は存分に味わえる。
洋風だけでなく和風、時折現代風の装備もした様々な種族達が騒ぐ中で、アイドルジョブ、アウミが口を開いた。
「ほんまよかったん?」
「何が?」
「何がさ?」
口に泡髭を作る二人に、アウミ、
「アイテム譲渡、ポイントメインで貯めてたの二人やから、うちがどーこー言う権利ないよぉ? だけど」
「借りパクの可能性言ってんのか」
「ほうよ、それ」
アイテム譲渡は、全ての権限を相手に渡す事。
即ち、返さないという選択肢も当然生まれる。
「
「わかってねーなぁアウミ、俺達抜きで冒険させたいだろ」
「ああ、アリクの言うとおりだよ」
「せやけど――」
アウミ、心配そうに、
「もしグドリーさんが、引退撤回して、借りパクしたらどないするん?」
と言った。
「あの人、
アウミのもっともな心配に、シソラは、
「その時は我が盗み返すさ」
笑って言った。
「そういう条件でのPVPを申し込むのか?」
「そない挑戦を受けるメリット、グドリーさんに無さそやけどねぇ」
「受けるさ、だってあいつは我を憎しむのが楽しいんだから」
そう言ってからシソラは立ち上がり、エールの入ったジョッキを空にしてから立ち上がる。
「さてと、そろそろ我ログアウトするよ」
「え、おいおい、まだ午前2時だぜ?」
「ショートスリーパーアプリ使えば3時間睡眠でいけるのに」
「明日の1限目の数学、小テストがあるから少し復習しておきたい」
「あ、忘れてた」
「2限目には税金の授業もあるし」
「やべ、それも忘れてた」
「……明日デジタルノート貸して! と言われてもうち助けへんしね」
「わ、わーってるよ!」
アウミのじと目に、声上げるアリクを見て苦笑を浮かべた後、シソラはウィンドウを開き、ログアウトを選ぶ。
「それじゃあまた明日!」
「ああ、助かったぜ!」
「勉強がんばって!」
二人の言葉を受け取った後、【本当にログアウトしますか?】という表示にシソラは、OKを出す。
(――ああ、今日も楽しかったな)
現実世界への帰還、周りが白くなったあと現れるのは、UIが浮かぶ自分の部屋の、
はずだった。
「――あれ」
ログアウトが出来ない、周囲が光に包まれたままだ。
「おかしいな」
理由を探ろうとした瞬間、耳に答えが響いてくる。
『プレイヤーシソラ様』
機械音声が、
『ログアウト前に、強制召還致します』
そう告げ終わった、その瞬間――
シソラを取り囲むのは、自分の部屋ではなく、岩で出来た小さな牢獄。
そして目の前には――ふよふよと浮く、銀の毛並みを持つ手足短しの胴長猫、
――四つ耳三ツ目二つ眉の一個口、
二つの目は細くして、額の目でシソラをギョロリと睨み付けて、
こう言った。
「何故ここに呼ばれたか、わかりますね?」
「え!」
声は女性、ただしマスコットらしからぬ強い口調。
長い胴から、長い尻尾をだらりと下げる、マスコットの頭上には、このゲームの運営スタッフである事を指し示す、GMという文字が浮かんでいる。
「え、えっと」
シソラは、先程までの泰然とした態度から色をすっかり無くして、
「あの、
そう、お伺いをたてる。
「――ああ」
マスコットの声は、相も変わらず力強く。
シソラは――心すっかりビビったままに、
「ゲームの違反者を取り締まる」
「ああ」
「ここっていわゆる、お仕置き部屋ですよね」
「ああ」
情けない顔と、情けない声で、
こう言った。
「僕なんかやっちゃいましたぁ!?」
異世界転生主人公が、無自覚チートを爆発させた時のセリフではなくて、
純粋な焦りからシソラは、ゲームプレイ中だけに使う一人称を忘れて、そう言った。
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